魔界
ディスベルさんとともに向かった先は、もちろん魔界。ホーメウス帝国だ。巨大な門と壁に囲まれたその国は要塞国家と呼ばれており侵略されたことは過去、一度もない。この頑丈で巨大な壁もその理由の一つだが、主な理由は魔族の兵力にある。一人一人が百戦錬磨の強者。その中でもリュートさんは一目置かれる存在らしい。
僕たちを前にして重々しい城門が開き、馬車が入っていく。
「そういえば、援軍のほうはどうなっているんですか?」
「他の部族は知らないが魔族としてはそのまま獣人族と合流させて向こうで鍛えてもらっている」
「そうですか」
「あちらは砂漠などこちらではない環境や魔物が多いからな。訓練にもってこいだ」
リュートさんはどこか楽しそうにそう言った。
馬車が通った後門は落ちるように閉まる。門の向こう側には広大な草原が広がっており想像していた毒の沼ややけに暗い森やなかった。どこにでもある、のどかで自然な風景が広がっている。
「この景色を守るために、先人たちは死ぬほど努力してきた」
ディスベルさんが急に語りだした。
「実際に死んだ奴もいる。そうやって守られた自然なんだ」
「どうしたんですか?」
「…オレは、魔王になんて興味ないんだ。というか、そんな称号が当てはまる器じゃない」
ディスベルさんは決意したように拳を握る。
一体何があったのだろう…魔王に興味ない?当てはまる器じゃない?だったらなんで魔王候補に…いや、想像はつくね。この話をし始めた理由も分かる。
「もしあいつを、オレの弟を王にしたら戦争になる。世界を巻き込む大戦争に」
「どういうこと?」
べリアちゃんがディスベルさんに質問をする。
「オレの弟は、いいやつなんだ。バカみたいに素直な奴だ」
ディスベルさんは悲しそうに目を伏せる。その声は震えており、怒りで拳が震えていた。
「弟はオレと違って武術が得意でな。その才能はリュートすら目を見張るものだ」
リュートさんが頷く。成程、ディスベルさんは戦術に長けていて弟さんは武術に長けているのか。それも衝突の理由になりそうだね。
「三か月前、母が急死してな。後宮にいた女の一人が側室になった」
ディスベルさんだけでなくリュートさんの顔までもが険しくなる。
「そいつがどうも信用ならなかったオレは色々な手段で調べ上げた。そしてたどり着いた正体が、昔親父が滅ぼした一族の娘だった。しかも族長のな」
「生き残り?」
「あぁ…一族は『黒、魔』とよばれる非常に好戦的な種族でな。内乱の原因はだいたいあいつらだった。だから最後の内乱、統一戦争において黒魔は滅ぼされたんだが…生き残ってたらしい」
「それで、復讐しようと?」
「いや、違う」
あれ?違う?
予想を外れた俺たちは混乱する。
だって今の流れから言ったら間違いなく復讐に走ると思ったのだが…違うのか。よくわからないな。
「あいつは黒魔のことなんてどうでもいいんだ。ただ自分の欲望を満たすためだけに弟を丸め込んで王座に着かせようとしてる」
「弟を王座につかせれば自分の思い通りに政治ができるから…」
「あぁ。そしてあいつはやる気なんだよ」
ディスベルさんの言葉は耳を疑うものだった。しかしそれは本当だと分かるほどディスベルさんの表情は真剣だった。
「世界侵略を、世界を巻き込む戦争を起こす気なんだ」
どうやら何とか手を撃たないと事態は一年を待たずしてかなり危ない方向に進んでしまいそうだった。
草原を走ること三十分、ようやくホーメウスの都市に着いた俺たちは馬車を降りて辺りを見回す。さすがホーメウス。聞いていたけれど確かに他種族が多い。獣人族や電脳種、あと人間もいる。みんなが活気に満ちていて嬉しそうに笑っている。
人間領も、こんな風にできたのだろうか…いや、今できていなくてもいつか、そう遠くない未来に実現すればいい。
「なぁユーヤ。お前はこの街、どう思う?」
ディスベルさんが小さく俺に質問してきた。俺は素直に思ったことを口にする。
「笑顔があって、活気があって、いい場所だと思いますよ」
「…あぁ、オレもそう思ってる」
ディスベルさんに続いて俺たちは都市の中心部にそびえたつ魔王城に向かう。魔王城は黒く、よくゲームなどで見るあのデザインだった。これが魔王城だと言われれば地球でRPGをやったことがある人は誰もが納得するだろう。
「あ」
城の城門の前でリュートさんが小さく声を上げた。リュートさんの目を追ってみるとそこには優しそうな微笑みを浮かべる男性と小さな男の子がいた。男の子はこちらを見てにっこりと笑うと、こちらに走ってきた。向かった先は、
「ママー」
「ママ!?」
そう言って男の子はリュートさんに抱き着いた。
えぇ!?リュートさん結婚してたの!?ていうか子持ち!?
ディスベルさん以外全員が驚きの表情を浮かべる。そんな俺たちを無視してディスベルさんは夫と思われる男性に挨拶をする。
「ただいまホト」
「今回は本気で焦りましたよ…護衛もつけずに一人で…」
「大丈夫だよ。あいつはここにいねーからな」
どこか悲しそうにディスベルさんは呟く。あいつと言うのは弟さんのことだろうか。ここにいないということはどこにいるのだろう。
「初めまして。ホト=ユーと申します。魔王城の執事長をしております」
「そしてリュートの夫」
ディスベルさんが補足する。
あぁ、やっぱり。この人がリュートさんの夫なのか。
楽しそうに子供と話しているリュートさんを見てなんだか普段とのギャップで驚いたがリュートさんも女性。こういう一面も―
「そこ!」
ファイアボールを発射する。発射されたファイアボールは空間にある何かに、いや誰かに当たった。全員が一斉にそのほうを向くとそこには黒いローブを来た誰かが立っていた。
敵か…殺気があったから攻撃したけれど…暗殺者か?
「敵襲!?」
「みたいだね」
俺たちはそれぞれ武器を構える。しかし暗殺者と思われる黒ローブは動こうとせず、ただじっとしているだけだった。
「回復呪文をかけろ!」
リュートさんが叫ぶ。驚いて目を離したすきに黒ローブは光の粒子となって消えた。
自殺か…胸糞悪い…!
「これは…」
男が立っていた場所に何かが落ちていた。それはを拾ったディスベルさんは忌々しそうに舌打ちをする。
落ちていたのは黒い手紙。書かれているのはただ一つ、崩壊する魔王城だった。
「随分とくだらない宣戦布告じゃないか…!」
いきなり不安が立ち込める。どうやっても避けられない俺たちの運命を決める戦いは急速に近づいている気がした。




