競争
蟹をすべて倒し、近くにあった水源を見つけた。そこで水分補給とこの先のことも考えて水を貯えておく。
「便利だな。これ」
「そうだな」
土屋たちの魔法の授業で使うためにフェルが買ってきた物の中にあったウォーターバルーンに水をためる。水風船を連想させる名前と外見をしているものの割れにくく、水を最大三リットルまで貯められるという優れものだ。
フォーラスは魔法の授業で魔導科学の授業もしていたのでこれも持っていたらしい。
「行くか」
十分な休憩を取り僕たちはまた走り出した。洞窟を抜けるまでは特に魔獣に出会うこともなく平和なものだった。
しかし、タマモの言うチームの連携と言うのは洞窟を出てから発揮されなければいけないものだった。
洞窟を出て、真っ先感じたのは肌に押し寄せるような熱気だった。汗が吹き出し洞窟の中に戻ろうと思ってしまえるほどだ。
「分かってはいたが…暑いな。さすが砂漠と言ったところか」
「水がなければ行き倒れていたかもな…」
「暑さは感じません。機械ですから」
僕とリュートの尻目にフォーラスは汗をかくことなくしれっとしている。
こいつも一応、僕たちと同じ生命体なんだよな…いや、心があれば生命体なのだろうか。
「愚痴を言っても仕方がない。先に進むとしよう」
「そうだな」
僕たちは砂漠を進む。砂漠にあるのは黄色い砂と赤い太陽、容赦のない日光と熱風。そしてたまにあるサボテンなどの植物。魔物はおろか魔獣すらいそうにない灼熱の大地。一歩一歩進むたびに顔を伝う汗が地面に落ちて砂を濡らすことなく渇く。
これは辛いな…
「水はあまり消費できないな」
「そうね。水も限られているし」
持っている水は一人三つ。フォーラスは必要ないにしても僕たちには死活問題だ。できるだけ早くこの砂漠を抜けたいところだが…見渡す限り砂しかないな。これは骨が折れそうだ。
「生命反応、発見」
洞窟から十分ほど歩いた時、フォーラスが僕たちの進行方向を指さしてそういった。
「砂に潜って狙ってる」
「フールヒーズかユグヅルか?」
フールヒーズは両手がハンマーになっている巨大な人間型の魔獣だ。大きさはゴーレムくらいで気性は荒い。避けて通っても襲ってくる。
ユグヅルは手が六本あるかなり巨大なネズミ。鋭い爪が特徴で嗅覚も優れている。しかし気性は荒くはなく近づかなければ襲ってはこない。
そして両方にある最大の特徴は砂に潜るということと、水を一日コップ一杯しか飲まなくてもこの砂漠で生きていけるということだ。
「避けて通るが警戒するように」
リュートが僕たちに注意を促す。僕たちは警戒しつつフォーラスが教えてくれた場所から大きく右に迂回して進む。
そして右のほうから聞こえる砂をかき分けるような音と舞い上がる砂煙。
「フールヒーズか?」
「いえ、違います」
砂がだんだんと晴れていき、見えたのは―
「グロウグロウ!」
グロウグロウという巨大な黒い鳥だった。グロウグロウは砂漠に生息する魔獣で、砂の中に潜れる飛べない鳥だ。頭や体つきは鳥であるものの羽は退化していて前方にあり、足も四本あるという鳥なのかどうか定かではない鳥だ。退化した羽は力が強く、大の大人でもまともにくらえば骨が折れるという。
そして、気性が荒い肉食鳥である。
「逃げられないよな…」
「足が速いから追いつかれる。全員戦闘用意!」
できるだけ体力を使いたくはないが仕方がない。とっとと倒して先に進むとしよう。
「ギャァガ!」
グロウグロウは奇声を上げてその場で足踏みを始めた。どんどんと砂が舞い上がって視界を潰す。
いい手だ。だが効かない。
「フォーラス視点右斜め前方三十度より秒速五メートルで迫ってきます」
「了解!」
リュートにアウトオーバーをかけ、槍を両手に突っ込んでいき、砂煙の中からすごい速さで出てきたグロウグロウに当たる直前に地面を踏みしめ思いっきり上に跳んだ。グロウグロウの頭上を越え、そのままグロウグロウの頭に向かって右手に持っている槍を突き刺す。しかしグロウグロウはギリギリでそれを避け、右目に傷を負って落ちてくるリュートを殴ろうと身構える。
「やるな」
僕はエアステップという空中に透明な足場を創る魔法でリュートの足元に足場を創り、リュートはそれを踏んでグロウグロウのパンチを躱す。そして着地して左手の槍をグロウグロウののど元に向かって突き刺した。グロウグロウは喉を潰され声を上げることもできずに粒子となって消えた。
「すぐにここから離れるぞ」
戦闘が終わってすぐに僕たちはその場を離れるために走る。グロウグロウは死ぬ間際に特殊な超音波で周りの仲間を呼び寄せる習性がある。これ以上の体力の消費は避けたい。
十分ほど走り、少し水分補給をして周りに敵がいないことを確認して歩く。砂漠の暑さは弱まることなく僕たちを照り続ける。
さすが砂漠。結構辛いな。
「他のチームは無事だろうか」
「心配ないだろ。戦力差は全チーム同じくらいだ」
最悪でも死ぬことはない。問題はオアシスに着くまでに一日以上かかるということだ。
「一応、携帯食料は渡されたが」
だから食料は問題ない。問題なのは夜だ。砂漠は夜になると気温が一気に下がるし魔獣も出てくる。見張りを立てて休もうにも休める場所がない。こういう時ここらの地形を知っているタマモが有利か。
「洞窟とか探せるか?」
「近くにあれば可能です」
どちらにせよ進むしかないってことか。
僕たちは炎天下の中、砂漠を進む。
そういえば、フェルはどうしているんだ?
ゴール地点のオアシス。私、フェルはそこにいる。使えているトーギさんとミツキさんと離れるのは気が引けたがこればかりは仕方がない。
『大丈夫?』
「問題ありません」
生霊写し。キクウさんのスキルで意識だけこちらに飛ばしてもらった半透明のタマモさんが私に声をかける。そろそろ約束の時間のはずですが…
「やぁ」
背後から急に声をかけられ私とタマモさんが身構えつつそっちを向く。そこには私たちに連絡をよこした、あの管理室でモニターに映っていたあのフードの男だ。
「何の御用でしょうか」
「ちょっとお願いにね」
フードの男の体は透けていいる。おそらく映像なのだろう。
「君たちは気が付いているはずだ。君たちのスキルと観察眼でね」
フードの男はそう言ってため息をついた。
そう。気づいている。管理室の時は分からなかったがもう分かっている。だからこそこのフードの男は私たちの前に現れた。
「道は示す。邪魔をするな。それだけさ」
「その道は進むことも困難な茨の道。あなたたちがなにを考えているのかは知りませんが私の主をそこに進ませるわけにはいきません」
フードの男は「だろうね」と言って再びため息をついた。そして、映像なのに分かるあからさまな殺気をこちらに放つ。
「歩みを止めれば崩れる道だよ。茨の道に進まなければ落ちて終わりさ」
フードの男から殺気が消え、「頼んだよ」と言って映像も消えた。
勝てないな。と思う。従うしかない。それに、この状況を打破するには相手側の行動が必要不可欠だ。
「タマモさん」
『分かってるわ』
タマモさんも面倒なことに巻き込まれた。とため息をついて消えた。残ったのは私と静寂のみ。
分かっていながら何もできない私をお許しください。
私は一人、寂しさとともにトーギさんとミツキさんを待つ。




