52 プロポーズと結婚式・公爵視点
【公爵視点】
俺は深く息を吸った。このまま黙っていては、二度とジャネットの信頼を取り戻せない気がした。
「……ジャネット」
皇后の腕の中で彼女が顔を上げ、涙に濡れた瞳で俺を見つめた。
胸が締めつけられる。
どれほど女として寂しい想いをさせてきたのか、今なら痛いほどわかる。
「……君が嫁いできたあの日、俺は最低だった。傷つけた自覚もあった。でも……それを詫びるには、あまりにも時間が経ちすぎた」
俺はそう言いながら、ゆっくりと彼女の前に膝をつく。
視線を逸らさず、ありったけの想いを込めて言葉を紡いだ。
「君がそばにいてくれる日々が、どれほど大切か。君が俺にとって、どれほど最高な存在か。ずっと伝えたくて……でも、怖かったんだ。こんな俺が、今さら何を言っても届かないんじゃないかって……愛してる、ジャネット。心から、君を愛してる。……君のすべてを、俺に預けてくれないか」
差し出した手は、ほんの少し震えていた。だが……その手に込めた想いは――まっすぐだ。
ジャネットと未来を歩いていきたい。それだけなんだ!
皇后はほほえんでジャネットの背中をそっと押す。
ジャネットは一瞬目を伏せたまま動かなかったが、やがておそるおそる顔を上げ、俺を見つめた。
潤んだ瞳が揺れている。
「……ほんとうに……そんなふうに、思ってくださっていたのですか?」
声は震えていたが、はっきりと俺に届いた。
「……ああ。心からだ。君を、君だけを……愛しているよ」
そう言い切ると、ジャネットの頬にひと筋、涙がこぼれた。
ゆっくりと俺の差し出した手に、彼女の指先が触れる。
それは小さく震えていたが、確かな意志が感じられた。
「私も……愛していますわ。公爵様の妻として、これからも一緒に歩んでいきたいです」
その言葉に、胸の奥が熱くなる。
俺は彼女の手をしっかりと握りしめた。
すると、それを聞きつけた執事と侍女長が、わっと押し寄せ涙ながらに、「おめでとうございます!」と口々に言ってきた。あたりを見回せば、侍女たちやメイドたちまでが俺たちを取り囲んでいる。まさか、使用人一同が俺の告白を見守っていたとは。
それからジャネットは侍女達に連れられ、あっという間にウェディングドレスに着替えさせられ、俺も白いタキシード姿に変わった。アベラールもミュウと駆け寄ってきて、「けっこんしきって、なんかいしてもいいの?」と聞いてきた。
「いや、俺はこれで最後さ。いいか? アベラール。結婚式は心から大事に思う女性と、ただ一度だけ行うのが、最高に幸せなんだぞ」
アベラールに向かってそんなことを言っていた俺に、皇帝はまるで兄にでもなったような口ぶりで声をかけた。
「ほらほら、誓いの言葉を言わなくてはだめだぞ。……汝、ジャネットを、健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しき時も、そのすべての日々において愛し、敬い、慈しみ、生涯の伴侶として誓うか?」
「……誓います」
俺は静かにそう答える。
「汝、アンドレアス・キーリー公爵を、健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しき時も、そのすべての日々において愛し、敬い、慈しみ、生涯の伴侶として誓うか?」
「誓います」
ジャネットも震える声で答える。
皇后が『誓いのキスを』と急かすまでもなく、俺はジャネットを抱きしめキスをした。
やっと、俺の最愛に愛をささやくことができるんだ!
皇帝夫妻は俺たち夫婦に満面の笑顔で、祝福を与えてくれた。
「新婚旅行は帝国に招待しましてよ。アベラール卿もミュウ様もね。絶対に飽きさせませんわよ」
皇后はよほどジャネットが気に入ったらしい。
「今後はジャネット様を私の妹と思ってくださいませね。また夫人を泣かせるようなことがあったら、容赦しませんわよ」
皇后からそう言われたジャネットは、『長女だったからずっと姉が欲しかった』とうれし泣きしていて、さらに皇后から抱きしめられていた。
ジャネットは不思議だな。出会う人々をみんな味方にしてしまう力があるようだ。
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※次回、アベラールが皇女と遊んであげるお話です。アリシアも一緒に遊び、交流が深まります。その次の最終話は身も心も本当の夫婦になった公爵夫妻の、幸せな日々の一コマをジャネット視点で描きます。最後までお楽しみいただけると幸いです。




