49 学園視察
帝国皇帝夫妻がステイプルドン王国に滞在して二日目。本日は、陛下たってのご希望により、職人養成学校の視察が組まれていた。
もともとは皇帝陛下の興味から始まった話だが、皇后陛下もぜひ見学したいとおっしゃってくださり、私もご案内役として同行することになった。
朝、帝国からのお付きの方々とともに、皇帝夫妻がキーリー公爵邸に到着した。前の晩は王宮に泊まられており、本日から数日間はこちらにお泊まりになる予定だった。私と公爵は両陛下をお迎えするために屋敷の前でお待ちしていた。
魔導高速馬車から降りてくる皇帝夫妻へ、公爵が一歩前に進み恭しく頭を垂れた。
「皇帝陛下、皇后陛下、ようこそキーリー公爵家へ。わが領を訪れてくださり、歓迎します」
「うむ。朕も楽しみにしていたぞ」
「ようこそ、お越しくださいました。まずは客間にご案内いたします。まぁ、かわいらしい皇女殿下ですこと。」
私はカーテシーをしてから、やわらかく微笑んだ。とても愛らしいお子様たちだった。
「こちらはステファニー、三才になりますの。乳母が抱いている子はグレイスで、まだ六ヶ月ですわ」
皇后は嬉しそうに子供たちを紹介してくださった。
「皇后陛下に似ていらっしゃいます。きっと愛らしく、美しい女性に成長なさることでしょう」
「ふむ、朕も皇女たちは皇后に似てほしいと思っている。これほど愛らしく賢く女性はいないからな。ところで、朕の国でも職人養成は課題のひとつでな。どのような仕組みで進めておられるのか、ぜひ学ばせていただきたい」
皇帝は真剣な眼差しで答えられた。
この時、公爵様がうなずき、静かに言葉を添えた。
「畏れ入ります。養成学校の運営につきましては、妻ジャネットが深く携わっております。詳しい案内は妻からさせていただきますので――」
「まあ、それは楽しみですわ。私はこちらの美しい刺繍に魅了されておりますのよ。昨夜、夫人がお召しになっていたドレスも本当に素晴らしかったですわ」
皇后陛下がやわらかく微笑まれた。
「ありがとうございます。あれは養成学校の講師ルカが、心を尽くして仕上げてくれたものですわ。細やかな刺繍を鮮やかに仕上げる達人です」
そう答える私の声は、自然と誇らしさがにじんでいた。
客間に案内し、軽くお茶を召し上がっていただく。皇女殿下たちはきっと飽きてしまうだろうと、乳母や侍女たちとともに公爵邸でお留守番ということになった。
アベラールは、最近雇った優秀な家庭教師のもとで講義を受けている。高位貴族としての高度な知識を、今のうちから少しずつ身につけさせなくてはならない。ミュウもアベラールとともに家庭教師の言葉に耳を傾けるのが日課になっていた。
職人養成学校に到着すると、皇帝陛下は校舎の外観をじっと見上げられた。
「これが学校? 裕福な貴族の立派な館にしか見えんが……」
「えぇ、こちらは先々代公爵が趣味で芸術家たちを集め、『工房付きの離れ館』として建てたものですわ。芸術庇護を名目に建てられましたが、長らく使われておりませんでした。この機会に有効活用することにいたしましたの。新たに建てるより既存の館を活かす方が効率的ですし、来年からは陶磁器などの職人養成にも取り組む予定です。中をご案内しますね」
私がそう申し上げると、両陛下は小さくうなずかれた。
校舎に入ると、ちょうど生徒たちの刺繍実習の最中だった。職人養成学校は現在、生徒総数およそ五十名。教室は三つに分かれ、それぞれ生徒の習熟度や目的に応じた指導が行われている。
第一教室では、すでに一定の技術を身につけさらなる技術を磨くために通っている職人たちが、思い思いに自分の作品を仕上げているところだった。さまざまな年代の者たちが机に向かい、繊細な糸を器用に操っている。
皇帝陛下はじっと見つめた後、静かにひとりの生徒のもとへ歩み寄られた。
「……見事な花だ。まるで香りまで届きそうだな」
「あ、ありがとうございます。陛下におほめいただいて、いっそう頑張る気持ちがわきあがりました」
緊張しながらも、若者はきちんと答えていた。
「うむ。朕の国の者にも学ばせたい技術であるぞ」
一方、皇后はひときわ鮮やかな鳥を刺繍している生徒に、優しい口調で話しかけていた。
「まあ、可愛い子鳥がまるで今にも羽ばたきそうですわ」
「ありがとうございます、陛下……自分で作ったもので喜んでもらえて、お金までいただけるので、こうしてがんばって作っています」
ほほえむ生徒には、誇りと少しの照れが浮かんでいた。私はその様子を見守りながら、皇后の生徒たちへの接し方が、とても自然であたたかいことに気づいた。
――この方となら、きっと良い友人になれるかもしれない。そんな思いが、ふと胸にわいた。
見学は和やかな雰囲気のうちに進み、皇帝夫妻は隣の教室に移動した。第二教室では、初心者の生徒たちに向けたルカの基礎講義が行われていた。そこでは……




