47-2 頭を撫でられたいミュウ・腹を立てる王
「あら、まぁ、かわいい。陛下、白銀竜様から『頭を撫でよ』とのご命令ですわ。さっそく、私も撫でてさしあげましょうね。あら、このキラキラした鱗はやわらかいのですわね? まだ子供だからでしょうか」
などとおっしゃって、そっとミュウの頭を撫でた。皇帝も後に続き、大きな手でミュウの頭を撫でると、豪快に笑いながらおっしゃった。
「今回の訪問の目的のひとつは、無事成し遂げたようだ。白銀竜とアベラール卿をこの目で確かめ、噂通りかを見極めたくてな。賢い公子と伝説の白銀竜。素晴らしいものを見せてもらった。ミュウよ、朕とも仲良くしようぞ」
そして、皇帝は公爵に騎士団のことなどをお尋ねになり、話を弾ませていた。私がアベラールを子供たちが集まる大広間に面した庭園に向かわせると、皇后は私に親しく声をかけてくださる。
「キーリー公爵夫人、あなたの噂はマルケイヒー帝国にも届いておりますよ」
「お目にかかれて光栄に存じます。マルケイヒー帝国、皇后陛下のお姿を拝見する機会が得られ、感激しております」
私はカーテシーをしながら、礼節を崩さず、けれど言葉には柔らかさを添えた。
「まあ……ご丁寧に。ですが、私のほうこそあなたにお目にかかりたかったのですよ」
皇后はふと、視線を横に流しながら言葉を続けた。その先には皇帝がいらっしゃる。
「陛下は、最近あなたのことばかりおっしゃっていますわ。『キーリー公爵夫人は実に見どころのある人物だ』と。公子アベラール様とは素晴らしい親子関係を築いてらっしゃるし、職人養成学校の設立、その刺繍技術の活用まで……あなたのお名前が出ない日はないくらい」
「もったいないお言葉でございます。すべては、公爵様の後押しがあってこそ――」
「まあ、なんてご謙遜。私はそういう方が大好きなのですよ」
皇后は、まるで長年の友人に語るように、そっと私の腕を軽く取った。控えめながら、確かに親しみを示す仕草だった。
「皇女たちはまだ小さいので、ここには連れてきておりませんが、ぜひアベラール卿と仲良くしていただきたいですわ。親バカではありますが、可愛らしい皇女たちです。ひとりは今年三歳になり、下の子はまだ六ヶ月ですの」
私は胸の奥で、静かに小さなため息をついた。
これまで、さまざまな場を経験してきた。嘲りも、羨望も、褒め言葉の裏にある見下しも。けれど今、目の前にいるこの女性は、心から私に好意を抱いてくれているし、尊敬の念さえ感じられた。
この方となら、素直に話ができるかもしれない。そう思ったけれど、アベラールに皇女達を引き合わせたいという意図を感じ取ると、ほんの少し戸惑ってしまう。
もし、マルケイヒー帝国側からアベラールに、正式に縁談を持ち込まれたら……断ることは難しい。もちろん、公爵はアベラールの気持ちを尊重してくれるはずだと信じていても、貴族としての義務もある。国と国を結び、両国民の生活の安定のために、結ばなければならない縁も存在するのだ。
公爵家の嫡男として生まれたからには、たとえお互いの気持ちが通じ合っていても、好きだからという理由だけで、デュボア伯爵家のアリシアと結婚することはできない。そんな現実が、少しだけ暗い気持ちを呼び起こした。
皇后は私の表情の変化を敏感に感じ取り、にこやかにほほえまれた。
「はっきり申し上げて、キーリー公爵家のアベラール卿は、皇女の嫁ぎ先としては、もっとも私たちが希望するところですわ。ですがね、当人同士の問題もあります。アベラール卿や皇女に、どうしても添い遂げたいと思える異性が将来現れ、それが身分不相応でない限りは、母親としてはそちらを応援したい。キーリー公爵夫人も同意見でございましょう?」
「えぇ、それこそが私の願いでもありますわ。貴族としての責務は大切ですが、子どもたちにはできることなら、心からの幸福も掴んでほしい。……そんな甘い理想を抱いておりますの」
「ふふふっ。同じですわよ。ですから、私たちは仲良くできると思いますわ。無理に結婚しなくとも良いのです。幼い頃から交流を図り、ともに仲間であり友人だと認識できれば、マルケイヒー帝国もステイプルドン王国も安泰ですわ。例えば、将来のキーリー公爵夫人と皇女達が親友になれれば、そんな未来も素敵ではありませんか?」
皇后との会話は、まるで春の日差しのようにあたたかく和やかだった。
その様子を遠巻きに見ていた貴族たちは、さまざまな反応を見せていた。
「まさか帝国の皇帝夫妻があそこまで熱心にキーリー公爵夫妻と友好関係を築きたがるなんて」
「キーリー公爵家なくして、ステイプルドン王国はあり得ませんわね。公子様は白銀竜様と仲良しですし……」
尊敬と羨望の入り混じった視線が、私と公爵に注がれていた。アベラールとミュウは庭園で、同じ年頃の子供たちとにこやかに話していた。そこにはアリシアの姿もあって、子供たちは気さくにこの場を楽しんでいるようだった。
晩餐会の部屋に移動し私たちが席につくと、周囲もようやく落ち着きを取り戻し、軽やかな会話が響き始めた。アベラールもミュウを抱きながら、私と公爵の間に設けられた席に座る。
けれど、そんな穏やかな雰囲気を、ぴしゃりと断ち切るような、大きな声が響いた。ステイプルドン王国の国王が、どこか怒りを込めた苦笑いを浮かべながら、文句を言い始めたのだ。国王の視線は皇帝夫妻に向けられたままで、明らかに腹立ちを隠しきれない様子だった。
「まったく……あなたがたは、キーリー公爵夫妻とばかり話しておりましたな? 国王である余をさしおいて……これがマルケイヒー帝国の礼儀なのですか?」
国王の声には、抑えきれない苛立ちが込められていた。




