39 白銀竜の誕生
「反応源は……宝物室! あの謎の宝石が、共鳴しています!」
鑑定官のひとりが叫んだ。それは、かつて遺跡から発見され王家へ献上された巨大な宝石だった。異様なまでの硬度をもち、いかなる加工も受け付けなかったため、やがて装飾品としての用途すら諦められ、宝物室の奥に長らく放置されていたものである。
誰も、それが魔力を秘めた存在だなどとは、夢にも思っていなかった。
けれど今、白銀の光はまるで糸を引くように大広間へと流れ込み、アベラールの頭上で渦を巻いている。
「ジャネ、なんかこの光……あたたかいね」
アベラールがぽつりとつぶやいた、その瞬間だった。轟音とともに天井の一角が割れ、光の中心からゆっくりと大きな貴石が現れた。それが目の前で真っ二つに裂け、中から七色の翼をもつ小さな竜が姿を現す。その子竜は誰にも目もくれず、まっすぐアベラールのもとへと飛び込み、その小さな腕の中に収まった。大広間にどよめきが広がる。小さな竜は親鳥に甘える雛のようにアベラールの腕の中で、小さな声を上げた。
「ミュウ」
凛とした白銀の光を宿すその姿に、誰もが圧倒された。
「まさか……神殿の壁画に描かれている白銀竜様にそっくりですわ。なんて可愛い……成長したら巨大な竜になるのでしょうか」
小さくつぶやいたのは隣にいたデュボア伯爵夫人だった。その声には恐れではなく、感動と敬意がこもっていた。
「まさか本当に“伝説の白銀竜”が存在していたとは……アベラール卿の膨大な魔力が、目覚めさせたのかもしれませんな」
「いやはや、さすがはキーリー公爵家の公子様。英雄アンドレアス・キーリー公爵閣下のお子様ですな」
周囲の貴族たちが感心している一方で、アリシアがアベラールに近づき、迷わずその子竜の頭をそっと撫でた。
子竜はじっと、アリシアを見つめ、一声鳴く。
「ミュウ」
「わぁ、すごく……かわいい! アベラールさまをママだとおもっているのかしら」
アリシアの言葉に、デュボア伯爵夫人もにこやかにほほえんだ。
「竜は、ただ魔力量の大きさだけでは懐きませんわ。おそらく、アベラール様の清らかな心に惹かれているのですわね」
私と公爵が触れてみても、同じように鳴いて、大きな目でこちらをじっと見つめてきた。私たちを仲間と認識しているようで、全く友好的な生物だ。
やがて貴族たちがひとり、またひとりと拍手を始める。最初は恐る恐るだった拍手が、次第に場全体へと広がり、まるで王家の戴冠式のような盛大な拍手となった。
だが、そのなかで、たったひとりだけ機嫌の悪そうな人物がいた。
王座に座る王は、不快な表情を隠しもせず、アベラールが抱く子竜へと近づく。
「……グルゥゥゥ……ギィィィィィ!!」
喉の奥から搾り出すようなうなり声が響き、続けて爆発的な咆哮が大広間に轟いた。
子竜の視線は王にだけ鋭く固定され、怒りの光を宿している。
王は思わず身じろぎし、手を引っ込めた。
それでも王としての体面を保とうと、咳払いをひとつして命じる。
「この竜は王家が庇護する。騎士たちよ、この竜を保護してさしあげろ」
私の隣に立つ公爵が、一歩前へ進み出た。
その気配に、大広間の空気がピンと張り詰める。
「ここにお集まりの皆さん。測定器の破損は、キーリー公爵家で責任をもって修繕させよう。宝物室に影響が及んだ件も、不測の事態ではあったが、然るべき費用は負担するつもりだ。そして、この子竜は我がキーリー公爵家が預かり育てる」
低いけれど、よく通る声。戦場で大部隊を率いた者だけが持つ威厳に満ちていた。
騎士たちは王の命令には従わず、沈黙したまま動かなかった。
「国王は余だぞ! この竜を保護するのだ!」
「では、陛下。あの竜を、あなたが懐かせてみてはいかがですか?」
「……なに?」
「我が子に懐いたそれを、無理に取り上げるというのなら、まずは陛下が懐かせてみればいい」
冷たくも穏やかな微笑。
かつて四万の敵を蹴散らした英雄の風格が、そこににじんでいた。
無謀にも、王が嫌がる子竜を抱き上げようとした瞬間――子竜の口から炎が放たれ、王の髭が焦げる匂いが辺りに漂った。
子竜はアベラールの腕からすたっと床に飛び降り、戦闘態勢に入る。
次の瞬間、その倍もの炎が大広間に広がった。だが、貴族たちには一切危害を加えない。
これは威嚇だ、と誰もが理解した。
周囲のカーテンや壁は焦げたが、大火事にはならないよう手加減されている。
知性ある竜だ、と貴族たちは確信した。
水魔法を得意とする貴族たちが協力して炎を消し止め、場の空気が一段落する。
「この竜はアベラール卿の魔力で目覚めたのです。王家は宝物室に押し込んで、その存在すら忘れていたのに」
「全くです。あの白銀竜様をあれほど怒らせて……いずれこの国を滅ぼされかねませんわ。成長すれば国ひとつ焼き尽くすほどの力があると聞きます」
「白銀竜様の望まれる場所で、静かに暮らしていただくのが最良の策です」
貴族たちの意見がまとまると、王も観念したようだった。
「……ふ、ふん。ではしばらく、竜はキーリー公爵家に任せてやろう。……だが、こやつの行動には責任は取ってもらうぞ」
王はしぶしぶ認め、奥の間へと退いた。例によって王妃が私たちに謝罪にする。その様子を見届けた子竜は、ひとつ「ミュウ」と鳴いたあと、アベラールの胸元に顔をうずめ、そのままコテンと眠ってしまう。
まるで、自分の帰る場所をようやく見つけたかのように――。




