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女嫌いの公爵様に嫁いだら前妻の幼子と家族になりました  作者: 青空一夏


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38 魔力測定

 屋敷に一通の封書が届けられた。王家の紋章が刻まれたそれを見て、公爵は自然と眉を上げる。開封すると、王家主催の『魔力測定会』の案内状だった。


 それは、貴族の子供がある程度物心ついた頃に受ける初めての通過儀礼のようなもので、だいたい五〜七歳ごろに王宮で受けるのが通例だった。


「まぁ、かつては俺も魔力測定会に行ったが、測定魔導器を三台壊して、大騒ぎになったな」

「え? 測定器を壊したのですか? たしかに、アベラール様も三台ぐらいは余裕で壊しそうですわね? それは……やはりキーリー公爵家の伝統ですか?」

「そういうことだ」


 公爵は涼しい顔をして紅茶を一口含む。昼下がりの公爵家のサロン。私と公爵は向かい合って座っている。私の隣にはアベラールが行儀良く座り、キョトンとした顔をしていた。


「またあの国王がおかしなことを言ってこなければいいですけどね」

「あぁ、あの国王は空気が読めないところがあるからな。だが、何を言ってきても俺がアベラールを守る。ジャネットは心配しなくていい」


 ***


 魔力測定当日、私と公爵は正装してアベラールを連れて王城に入った。アリシアはデュボア伯爵夫人とともに、すでに大広間にいた。


「お久しぶりですわね。お義母様のお加減はいかがかしら?」

「ええ、おかげさまで。高齢ということもあって、相変わらずの状態ですけれど……元気だった頃は、私のことを実の娘のように可愛がってくださいましたの。だから、どうしても自分でお世話をしたくて。今日は主人が義母を見ておりますのよ。侍女やメイドに丸投げしてしまうには、私たち、義母のことが好きすぎるのですわ」

「まぁ、家族の仲がいいのは素晴らしいことですわね」

「ですが、そのせいでアリシアをあまり構ってあげられなくて……キーリー公爵家に頻繁に伺いたがるようになってしまって、本当に申し訳ありません」

「とんでもないです。アリシア様なら、いつでも大歓迎ですわ。そういえば、とても可愛らしいお話があるのですよ。アリシア様が『おおきくなったらおよめさんにしてくれる?』とアベラールに尋ねたそうですわ。するとアベラールは『うん。ぼく、おとなになったら、おむかえにいくよ』と答えたのですって。侍女長が教えてくれました。うふふ、将来が楽しみですわね」

「まぁ! それは本当に素敵なお話ですわ。キーリー公爵家になら、アリシアを安心してお嫁に出せます。ジャネット様と公爵様が義両親になってくださるのなら、アリシアもきっと幸せになりますわ」


 私たちは嬉々として未来のふたりの話に声を弾ませていた。ちょうどそのとき、大広間の奥に設けられた壇上に、紺色の制服をまとった魔法省の職員たちが整列する。年配の鑑定官と思われる人物が一歩前に進み出て、淡々とした口調で測定会の開始を告げた。


「これより魔力測定会を開始いたします。順番にお名前をお呼びいたしますので、お子さまをお連れの保護者様は、前へお進みください」


 さっきまで未来の話に花を咲かせていた雰囲気が、すっと引き締まるのがわかった。和やかだった空気が、一瞬で測定会の厳粛さに包まれる。私も自然と背筋を伸ばし、アベラールの手を握り直した。



 壇上には、魔石を組み込んだ測定魔導器が据えられていた。無機質な光沢を放つその装置は、子どもたちには少しだけ威圧感があるかもしれない。


 呼ばれた順に子どもたちが前に進み、手を魔導器の中央へかざす。赤、青、水色と、反応の色が一人ひとり異なり、貴族たちはそれを見ながらああでもないこうでもないと小声で語り合っていた。


 アリシアの名前が呼ばれたとき、彼女は真っ直ぐに壇上へ進み、少し緊張した顔で装置に手をかざした。 装置の魔石が、淡い氷のような青に染まる。会場が「おぉ」と静かにどよめく中、鑑定官が感心したようにうなずいた。


「アリシア・デュボア嬢。魔力量――上位相当。年齢を考慮すれば極めて優秀です。属性は氷。制御も良好。将来が楽しみですな」

 壇上を降りたアリシアは、ほんのり頬を赤らめていた。私は思わず拍手を送り、彼女に微笑みかける。アベラールも隣でぱちぱちと拍手をしていた。


「アリシア、すごいねー」


 そう言ったアベラールの表情には、まったく曇りがなかった。 けれど、私の胸の奥には、言葉にならない不安が広がっていた。

 アベラールの魔力は、アリシアや他の子どもたちと、同じ尺度で測っていいものなのだろうか?

 測定器に何も起きませんように。魔力が暴走しませんように。ただ静かに、終わってくれますように――。

 そうひたすら祈っていると、鑑定官がアベラールの名を読み上げた。


「キーリー公爵家の公子様、アベラール卿」


 静まり返った大広間に、その名が響いた。私たちは、手を繋いでゆっくりと壇上へ向かう。階段を一段ずつ踏みしめながら、私はアベラールの手をしっかりと握っていた。けれど彼は思いのほか落ち着いていて、逆に私の方が不安を悟られないようにと、指先に力が入っていた。壇上の中央に立ったアベラールは、鑑定官の指示に従って装置の魔石に手をかざす。


 その瞬間だった。魔石が、青でも緑でも赤でもなく、眩い白銀の輝きを放ったかと思うと、装置全体が震え始めた。


「なっ……!?」


 貴族たちがざわめき出す。魔力鑑定官たちが慌てて何やら緊急停止の呪文を唱え始めたが、それすら装置の暴走を止めることはできなかった。


 パキッ、パキパキパキ――ッ!


 魔石に亀裂が入る音が、鮮明に響く。続いて魔導器本体から白い蒸気のような魔素が立ち上り、あたりの空気が熱くなったり冷たくなったりと、不安定な状態が続いた。アベラールはただびっくりしたように私に抱きついてきた。

「やっぱりな……」

 公爵は当然のようにつぶやいた。


「これは……完全にオーバーフローしている! 魔力量が膨大すぎるのです」

「測定不能……測定不能。アベラール卿の魔力量は上位を突き抜け、もはや測定できる数値ではありません」

「えぇーー! 強い魔力反応が……この大広間の上階あたりで感じられますぞ! いったいなにが起きているんだ?」


 騒ぎの中心で、私はアベラールを守るように抱きしめていた。公爵はそんな私とアベラールの側で周囲を警戒している。

「不思議な魔力がアベラールの魔力と共鳴したようだ。なにがあってもジャネットとアベラールは守るから、安心しろ」

 優しく力強い声に不安が少しずつ小さくなっていく。


 そのときだった。直後、まるで大気がわずかに震えるような不可思議な感覚が広がった。空間の中心が引き寄せられるような気配とともに、大広間の天井全体がふわりと淡い光に包まれた。





 

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