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女嫌いの公爵様に嫁いだら前妻の幼子と家族になりました  作者: 青空一夏


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36 職人養成学校と魔導圧縮収納バッグの開発

 それからの行動は早かった。かつて先々代公爵が、趣味で芸術家を集めて建てた「工房付きの離れ館」があった。芸術庇護の名目で建てられたものの、本人の死後は使われず、長らく人の気配がなかった。私たちはそこを、職人養成学校として活用することにした。


 教室に集まった生徒たちは、手先が器用ということで幼いころから職人を目指してきた者たちで、年齢も背景もさまざまだ。けれど、皆が同じ制服に袖を通し、同じ机を前に並ぶことで、不思議な一体感が生まれていた。


 刺繍の講師はルカが務め、さまざまな刺繍の技法を丁寧に教えていく。アンナはときおり生徒たちに、実践的な商人の立場から、素材や原料の仕入れにまつわる話などを、笑いを交えながら語ってくれた。これは、将来大きな工房に勤めることなく、自分で刺繍職人として生計を立てていく人たちにとって、きっと大いに参考になるだろう。


 このふたりを中心に、ドノン商会のベテラン職人たちも入れ替わり立ち替わり授業を担当した。ルカやアンナも、ドノン商会の経営者一族としての仕事があるし、職人たちにとっても若手育成に携わることは良い刺激になっているようだった。


 やがて、ドノン商会には職人が多く集まるようになり、より多くの刺繍を施した生地が作れるようになった。さらに、生徒たちの作品も市場に出すことになり、私たちは嬉しい悲鳴をあげていた。


「アンナ、王都や他の貴族の領地からも、生徒たちの作品がほしいって、問い合わせが殺到していますわ。かなりの高値で買ってくれそうですけれど、問題は確実に先方に生地が届くかどうかですわね?」


「んー、ジャネット奥様。あの生地は恐ろしく高値で取引されていますので、信用ならない配達人や使用人には到底任せられませんわ。なにか魔法で依頼主に直接送り届けられる方法でもあればいいですねぇ」


「そうですわね……旦那様に聞いてみますわ。公爵様は瞬間移転魔法が使えますからね。なにか良い案を考えてくださるかもしれないわ」


 この頃には、私とアンナはすっかり打ち解け合っていて、私は彼女を呼び捨てに、彼女は私をジャネット奥様と呼んでいた。私は公爵様もサロンにお呼びして、よい知恵を絞ってもらうために相談をすることにした。


「なるほどな。そんなことなら立場的に問題はあるが、俺がその生地を買い主の住所に移転魔法で届けてもいいが――」


「え? それはダメですわ。公爵様が生地を届けに行ったら、購入した貴族の方々が萎縮してしまいます。購入者のなかには裕福ではあっても、平民の方だっておりますのよ? 旦那様が玄関先に立っていたら、失神してしまいますわ。公爵様はこの国の英雄なのですから、お立場をお忘れなく」


「美貌の英雄公爵閣下が瞬間移転魔法で届けてくれるって、どんな特典ですか? 生地の値段が100倍になりますわ。若い令嬢や奥方なんか、殺到するでしょうねぇ」

 アンナは爆笑していた。私は思わず、綺麗な令嬢が頬を染めて旦那様から生地を受け取る場面を想像してしまった。


「公爵様! だめです、……絶対にだめですわ! 他の女性にドレス生地を届けるなんて。そんなこと、絶対に嫌です」


 私はなぜか涙をこぼしていたようで、アンナはしきりに謝っていた。


「申し訳ありません、ジャネット奥様。冗談ですわ、冗談。公爵様にそんなことさせられるわけがないじゃありませんか? それに公爵様だって、他の女性にドレス生地を届けるなんて、したくありませんよね! ね! 公爵様! あぁ、まったく、あたしとしたことが純真な乙女心をわかっていませんでしたね。ジャネット奥様は想像上の令嬢たちに焼きもちを焼いておられるのですわ。早く、公爵様、慰めてあげてくださいよっ」


「ん? 焼きもち……そう……なのか? ジャネット、大丈夫だ。君以外にドレス生地なんてあげたりしないし、届けたりしないから」


 そう言われて、私は真っ赤になってうなずいた。

 恥ずかしい……。


「た、例えば、圧縮して小さくまとめて……受取人だけが安全に生地を取り出せる、そのような仕組みを作れないかしら? それなら、その荷物を奪おうとする人はいなくなるし、確実に買った人の手に渡るわ」


 私は恥ずかしさをごまかすために、賢明に考えた。すると、公爵様はとても良い案だとほめてくださった。


「圧縮、封印、魔力認証か。すべてやろうと思えば可能だ。素材と構成を練れば、実用化もできるな。これなら、どんなに高価な物でも安心して人に配達を任せられる。転売したり、自分で使えない物を奪っても意味がないから、輸送時に盗賊に襲われる心配もなくなるな」


「だったら、それを“魔導圧縮バッグ”と名づけましょう。公爵家とドノン商会の共同開発、ということでどうかしら?」

「最高ですね、ジャネット奥様! これで安心して生地をどんどん生産できるってもんですわ」


 そんなわけで、私たちは “魔導圧縮バッグ” を開発することができた。これは、刺繍付き高級生地やドレスに仕立てた完成品を、湿気の影響を受けず、汚れる心配もなく、魔導圧縮して安全に輸送するもの。しかも、買い主しか開けられないという優れものだ。だからこそ、これ自体がかなりの高級品でもあった。


「注文主に渡す時は、“返却特典あり”にしたらどうかしら? 使い終わったら送り返してくれれば、次回割引とかにするのよ」

「まぁ。ジャネット奥様は、お貴族の奥方というより、私たち商人寄りかもしれませんわねぇ」

 アンナはコロコロと笑った。





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