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女嫌いの公爵様に嫁いだら前妻の幼子と家族になりました  作者: 青空一夏


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29 お茶会

 帰ってきてすぐにアベラールが眠る子供部屋に向かう。最近は夫婦の寝室で親子三人で寝ていたけれど、今夜のアベラールは子供部屋にひとりで寝かせた。寝顔を見るだけでいいと思っていたのに、扉をそっと開けた瞬間、アベラールがむくりと起き上がった。


「……ジャネ?」


 ぼんやりした顔でそう呼ばれた途端、胸がいっぱいになった。


「ごめんなさい。起こすつもりじゃなかったのよ」

「ううん……ぼく、ねむれなくて……おとーしゃまがかえってきたのがわかって……サロンにいったらこえがして、おとーしゃまがしつじにはなしてた。ジャネがぼくをまもってくれたって……」


 私は公の場で怒りをあらわにした。

 国王にすら逆らった――ただ、この子を守りたかったから。


 そのことのお礼を言われているのだと気づき、胸がいっぱいになった。

 私はそっとアベラールの額に手を当てる。


「えぇ、私と公爵様で守ったわ。どんなことがあっても、あなたを手放すものですか」

「……うん。ずっといっしょだね」

「もちろんよ」


 ***


 それから数日後、サロンにいた私のもとに、いくつもの封筒が届いた。

 丁寧な手書きの差出人の名――どれも、昨夜の夜会に出席していた社交界の高位貴族たちだった。


「ほう……さっそく、“お茶会のお誘い”か?」

「えっ? まぁ、ほんとうですわね」

 私は何通かを手に取り、開封してそこにお茶会への招待、という文字を見つけた。


「サンディ公爵夫人にルピノ侯爵夫人……他にもたくさんきていますわ」

「ぜひお話してみたい、と書いてあるのだろう? 昨夜の君の振る舞いが、相当印象に残ったらしいな」


 私は目を見開き困ったように微笑んだ。特に目立とうと思ったわけではなく、ただアベラールを守りたい一心(いっしん)だった。


「私はただ母親として当然のことを申し上げただけですのに……困りましたわ」

「いや――それが『誰かのために怒れる強さ』だったからこそ、だろう。君は、自分が思っている以上に、もう『キーリー公爵夫人』としての道を歩んでいるんだよ。俺は君が誇らしいし、自慢したくて仕方がないほどさ。ジャネットは俺には最高の妻だよ」


 最高の妻、これも家族としての言葉よね?

 なのに、ほんの少しだけ、胸がざわめいてしまう。

 

 その日はサンディ公爵夫人からの招待を受けた。子供たちの社交も兼ねた親子同伴の社交茶会。

 私はアベラールを伴い、淡いブルーのドレスに身を包んで、会場となるサンディ公爵邸の庭園を訪れた。


「今日は子供がたくさん招かれているはずよ。ご挨拶できるかしら?」

「……うん、ぼく、がんばる」

 庭園の奥には、すでに何人もの子供たちが集まっており、色とりどりの衣装で小さな輪がいくつもできているのが見えた。笑い声と、はしゃぐ声が風に乗ってこちらまで届く。 


 緊張気味のアベラールにほほえみかけながら、私は邸宅の門をくぐる。 くぐったとたん、ふわりと場の空気が華やいだ。

 貴婦人たちの視線が一斉にこちらに向けられる。誰かが小声で「キーリー公爵夫人よ」とささやき、その声が次第に広がっていく。


 その中心――薔薇のアーチの下にいたサンディ公爵夫人が、こちらに目をとめた瞬間、にこやかな笑みを浮かべた。

 彼女は周囲の客たちに「失礼」と一言だけ告げ、ドレスの裾を優雅にさばいて私たちの方へ歩み寄ってくる。


「まあ……キーリー公爵夫人、お越しいただきありがとうございます。お会いできるのを楽しみにしておりましたのよ」

 その笑顔のまま、やわらかな視線が私の背後へと移った。

「そして……このお子様が、アベラール卿ですわね」


 私は軽く会釈して応じる。

「ごきげんよう、サンディ公爵夫人。お招きいただき、ありがとうございます。アベラールにとっても貴重な経験になると考え、ぜひ参加させていただきたいと思いました」


 その間に、アベラールが私の後ろから一歩、静かに前へと進み出る。


「ご、ごきげんよう……ぼく、アベラールです。キーリーこうしゃくけの、こうしです」

 可愛らしい声で、一生懸命に挨拶をする幼い子に、思わずサンディ公爵夫人の頬が緩んだ。


「まぁ! とても丁寧にご挨拶できて、なんて立派なお坊ちゃまかしら」

 アベラールはわずかに頬を染めながらも、しっかりと顔を上げ、精一杯の笑顔で言葉を続ける。


「きょーは、ぼくとおなじとしのこが……たくさん、くるって、ききました。だから、たのしみにしてました。およびいただいて、ありがとうございます」

 

 その可愛らしさに、まわりの視線が自然と柔らかくなるのを感じる。サンディ公爵夫人は、ひときわ優雅な所作でうなずいた。


「本日はどうか、お二人ともごゆっくりお過ごしくださいませ」


 私はアベラールの手をそっと握り直し、胸の奥で静かに安堵と誇らしさを噛みしめた。


「まぁ、噂に違わぬ凜とした美しさ。さすがはキーリー公爵夫人。国王陛下に立ち向かったとか……」

「えぇ、とても勇気がおありになるわ。母として子を守る姿勢、素晴らしいですわね。しかも、アベラール卿の可愛らしいこと。本当の親子のようですわ」


 穏やかな空気のなか、ただ一人、少し高圧的な声がその和を乱した。


「キーリー公爵夫人とはいえ、もとはエッジ男爵家のご出身ですものね。さぞご苦労も多いことでしょう?」


 声の主は、社交界でも一目置かれている古株のプラテマフォ侯爵夫人だった。

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