表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女嫌いの公爵様に嫁いだら前妻の幼子と家族になりました  作者: 青空一夏


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/59

26 王妃の謝罪・公爵視点

 ジャネットの優しさに、どれほど救われてきただろう。

 アベラールだけではない。俺もまた、あの優しい眼差しに、あの思いやりのこもった言葉に――どれだけ癒やされてきたか。


 最初に言った俺の失言さえなければ……

 ――いや、もう言い訳はやめよう。


 彼女を“妻”として迎えたい。

 その覚悟を、決める時だ。


 そう思った矢先、王宮から一通の招待状が届いた。

 宛先は『キーリー公爵夫妻』。差出人は――王妃殿下。


 『このたびの妹が起こした件に際し、誠に遺憾に思っております。バルバラはしかるべきところに向かわせまして、二度とキーリー公爵家にご迷惑をおかけすることはありません。つきましては、心ばかりながら夜会を催しますので、ご夫妻でお越しいただけますと幸いです』


 それは、王妃殿下からの“謝意”であると同時に――ジャネットを“正式なキーリー公爵夫人”として、社交界にお披露目するいい機会だと思った。もちろん、俺は出席することを先方に伝えた。


 しかるべきところ――修道院か……。俺の予想通りの展開だった。王妃はバルバラの姉にも拘わらず、かなりしっかりした価値観と倫理観を持った女性だ。こうなったからには、厳しい選択肢を選ぶだろうことはわかっていた。王妃にとっては辛い決断だったろう。なにしろ、年の離れた妹を溺愛していた方だ。しかし、あれだけ多くの者達の噂になっては、かばいきれないと判断したのだろう。


 俺が王妃からの手紙を見せると、ジャネットは一瞬戸惑ったが、すぐに「公爵様と一緒に参りますわ」と言ってくれた。肝が据わっている女だ。気が強そうに見えないのに、ここぞというときに決して逃げない。ただその一言を口にし、静かにほほえんだ。


「王族とは初めて話すか?」

「はい。デビュタントの折に、同じく参加した方々とともに陛下へご挨拶はいたしましたが、それだけです。私は男爵家の出でしたから、個別にお声をかけていただける立場ではありませんでしたので」

「そうか。……怖くはないか?」

「いいえ。だって、公爵様がいらっしゃいます。それに、私はキーリー公爵夫人であり、アベラールの母ですから。成長したあの子に、少しでも誇ってもらえるような母でありたいです」

「そうか。君は、強いな」


 ジャネットは優しいだけではない。肝心な場面では驚くほどの強さを見せる。……すごいよ、君は――。



 夜会当日。

 彼女がサロンに姿を現した瞬間、思わず息をのんだ。


 今日のドレスは紫。といっても、鮮やかではない。それはまるで、夜空にかかる薄雲のような色で、ジャネットの白い肌をいっそう際立たせていた。パールの上品なネックレスが鎖骨の上で光り、ふんわりとまとめられた髪の隙間からのぞくうなじが、妙に目を惹いた。


 もともと整った顔立ちの彼女は、今日の装いでいつも以上に華やかに見える。清らかで、凛として、そして――誰よりも綺麗だ。


 俺に似合うかどうかなんて、初めから決まっていたんだ。

 彼女ほど、思いやりと優しさを持つ女性なんて、他にいない。 


 綺麗だな、そんなひと言も言えずに、ただどぎまぎして顔を赤くする俺は、十代の少年か? ジャネットをほめたいのに、ちょうどいい言葉が思いつかない。


「ジャネ、すっごくきれーー。おとーしゃまもかっこいい! おやしきはぼくがまもってるから、たのしんできてね」 


 アベラールの方がだいぶ口が達者で、自分の不甲斐なさに小さなため息が漏れた。


「まぁ、頼もしい! アベラール様、頼みましたよ」


 ジャネットは子供の扱いがとてもうまい。妹や弟を面倒見てきたからだし、子供は大好きだからと言っていたが、そんな母性愛が溢れているところも彼女の魅力だった。アベラールを使用人たちに任せると、俺たちは馬車に乗り王宮へと向かった。


  

 荘厳な王宮の広間に響く音楽と、宝石のように輝く魔導灯のシャンデリアの中、会場の中央に設けられた階段を、俺たちは並んで降りていく。そして、王妃の前に進み出た。


「お招きに預かりありがとうございます。王妃殿下」

 俺が頭を下げると、ジャネットも美しい所作でカーテシーをした。


 王妃は穏やかに微笑み、ゆっくりと歩み寄ってきた。


「お顔を拝見できて嬉しいです、キーリー公爵夫人。……今回の件は妹の軽率な行動により、ご迷惑をおかけしました。心よりお詫び申し上げますわ」

「もったいないお言葉です。……殿下が謝罪なさることではございません」


 ジャネットはそう答えたが、その声にはおびえも卑屈さもなかった。

 柔らかく、だが芯のある声だった。


 これが、俺の妻だ。男爵家出身とはいえ、毅然とした品格に完璧なマナー。

 夫として誇らしい気持ちでいっぱいになる。


 王妃はふっと目を細めた。

「キーリー公爵。とても品のある素晴らしい奥方を迎えましたね。このような方なら、アベラールも懐くのは当然。キーリー公爵夫人、アベラールは、私にとっても大切な甥です。どうか、これからもあの子をよろしく頼みます」

 ジャネットはもちろん完璧な所作でそれに答えていたのだが……


 そのとき、広間の奥からひときわ大きな声が響いた。

「キーリー公爵夫人か。その声、確かに記憶しておこう」

 俺は、その声に思わず眉をひそめた。


 

 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ