15 一緒に眠る夜
アベラールのお引っ越しが終わって、私たちは一緒に朝食を食べた。連日暑い日が続いたけれど、今日は少し肌寒い。食後は庭園をお散歩するのが日課になっていたが、今日はお部屋でまったりと絵本を読んであげたり、ピアノを弾きながら一緒に歌ったりした。
「ぼくね、だれかといっしょにうたうのは、はじめて」
アベラールは、少し照れたようにほほえみながら、私を見上げた。
「そうなのね。なんて嬉しいのかしら? アベラール様の初めてをたくさん一緒に経験できるわね!」
努めて私は明るく言った。心の中では、アベラールがこれまでどれほど孤独だったのかを思い、胸が締めつけられる思いだった。でも、『かわいそうに』とは言いたくない。その言葉が、彼の心にどんな影を落とすかを思うと、口にしてはいけない気がした。
自分が可哀想な立場だったと気づかされた子供は、きっと悲しくなると思う。惨めで辛い思いをしてきたと自覚させるより、これからたくさんの初めてを楽しもうとする気持ちにさせた方がずっといい。
今まで経験できなくてかわいそう、じゃなくて、これからできることがいっぱいあって楽しいに変えていくのよ!
アベラールの瞳は、まるで新しい世界を見つけたかのように輝いている。その輝きを守りたい。私は心からそう願った。
その夜、湯浴みをして夕食も終わり、就寝前に少し本でも読もうとしていたところ、ノックの音が小さく響いた。
「あ……あのね、ジャネ。いっしょに……ねても……いい?」
アベラールだった。もじもじしながら、恥ずかしそうに……きっと勇気をだして私の部屋に来たんだわ。
「もちろんよ。こちらにいらっしゃい。さぁ、一緒に寝ましょうね」
私はアベラールを抱き上げて、一緒にベッドで横たわり、柔らかな掛布をかける。小さな身体が、ふわりと私に寄り添ってくる。
あたたかくて、やわらかい。ほんのり甘い香りがして、まるで陽だまりを抱いているみたい。
こんな可愛い子が、私の腕のなかで眠ろうとしているなんて――それだけで、もう心がぽかぽかしてくる。
頬をすり寄せてきたかと思えば、ちょこんと私のお腹のあたりに手を置いて、あっという間に安心しきった顔で寝息を立てた。
あぁもう、反則。可愛すぎる。
撫でていた髪のさらさらとした手触りが気持ちよくて、私のほうまで眠くなってしまいそう。
「アベラール様、良い夢を見てね。私はずっとここにいますわ」
声をひそめて、そっとつぶやいてみる。返事はないけれど、満足げな寝顔が答えだわ。
私はそっと目を閉じた。
幸せって、たぶんこういうこと。難しいことなんてひとつもない。
ただ、この子の寝顔を眺めていられる、こんな夜があるだけで、私は満足だ。




