10 不審な訪問者
サロンに戻り、アベラールと一緒に焼き立てのクッキーをほおばる時間がとても幸せで、私の心は温かく満たされていった。
「アベラール様が手伝ってくれたから、特別おいしいわね! 公爵様はお仕事でお忙しいけれど、アベラール様のことは絶対に大切に思っていますよ。私たちは仲良くして、公爵様をお支えしましょうね」
「うん……わかった」
私はアベラールに冷たすぎる公爵をさりげなくフォローした。決して公爵を庇ったわけではなく、子供の心がこれ以上傷つかないようにとの配慮だった。素直でとても良い子だから、このまま真っ直ぐ育ってほしい。
***
アベラールと過ごす日々は、まるで陽だまりのようにあたたかく、楽しい。庭園で蝶を追いかけたり、テントウムシを観察したり。特に暑い日には、私の水魔法で遊びを工夫した。
ある日、庭園の芝生に水の滑り台を作ってみた。この世界では、貴族の子どもたちが水魔法を使って滑り台を作って遊ぶこともあり、けっして珍しいことではない。
「これはなぁに? とーめいで、さわるとつめたいね」
「これはね、滑り台よ。もしかして、初めて見る?」
「うん」
そうよね。つい最近まで離れに軟禁されていたんだものね。普通の子が経験することをずっとできないでいたのだわ。
私は乗馬服を着てお手本を見せた。アベラールはキャッキャッとはしゃぎながら滑る。水でできているので、当然服は濡れてしまうのだけれど、暑い日にする遊びなので風邪をひくこともない。アベラールは目を輝かせて滑り降り、何度も「もう一回、滑るね!」とはしゃいでいた。
また別の日には、水魔法で小さなリスやウサギを作ってあげた。水でできた動物たちは、陽の光を受けてキラキラと輝き、アベラールは歓声を上げながら追いかけた。
それにしても、アベラールが見よう見まねで水魔法を使ったときは驚いた。貴族は生まれながらにして特定の魔法属性に対する高い適性を持ち、その属性に特化した強力な魔法を操ることができる。ただし、貴族であっても扱える属性は一つに限られており、火、水、風、土、雷、氷、光、闇などの中から、自身の適性に応じた属性のみを極めるのが一般的だった。
すでに火魔法の才がある彼が、水魔法まで扱うとは……常識では考えられなかった。やはり、キーリー公爵家は特別なんだと思う。アベラールは私に水を飛ばしてきたり、悪戯もするようになって、ふたりで水を飛ばし合う遊びも楽しんだ。
「アベラールは天才だわね! すごいわ」
「ほんと? ぼく、すごいの?」
「えぇ、とってもすごいわよ。たった数日見ただけで、水魔法まで操れるなんて、普通の子なら到底できないことだもの」
私がアベラールと共に、そんな穏やかで楽しい日々を過ごしていたある日のこと。執事が慌ただしくやってきて、思いがけないお客様の訪問を告げた。
まもなくディナーの時間という、やや遅い時刻だった。
私とアベラールはすでに湯浴みを済ませており、ちょうど私はディナー用のドレスに着替えたばかりだった。
その来訪者とは――アベラールの実母、公爵の前妻だった……




