82:聖君はCIA
「……はぁ……」
出会い頭、挨拶を終えてすぐ、守警部はなぜか深く溜め息をついた。
「ど、どうしたんですか?」
「いえね、今朝……娘に訊かれたんですよ。お仕事と私と、どっちが大切なの? って」
「それは……大変でしたね」
「帳場明けが休みだってことを覚えてしまったらしくて。昨夜ほら、ニュースであの事件のこと、犯人が逮捕されたって報じていたでしょう? つまり、父親の仕事は一段落した。だから今日は遊んでもらうんだ、って張り切ってたみたいなんです」
気の毒としか言いようがない。
「でも、そう訊いてくれるっていうことは、お父さんのことが大好きだっていう証拠ですよ。もう少し大きくなったら、いっそいない方がスッキリする、なんて言い出しかねませんからね」
それはそうなんですが……と、相棒はまだ沈んでいる。
ひとまず黙っておこう。この手の悩みに、上手い解決策を提示できる立場ではない。
※※※
世羅高原に到着した。
まずはかつて長門が勤めていたとされるワイナリーを探す。
シャトレーゼレインパレス、資料にはそう書いてあったが、該当の看板やそれらしき建物は見当たらない。カーナビにも表示されており、目的地付近に到着したが、どう見ても廃工場の跡地にしか見えなかった。
「近所の人に訊いてみますか……? と思ったけど、まるで人の気配がありませんね」
ほんとですね、と和泉が言いかけた時、ふと反対車線に見覚えのある車が停まっていることに気づいた。
あのナンバーは北条の車だ。
ところが、誰も乗っていない。
「和泉さん?」
「ちょっと、ここで停まっていていただけますか……?」
和泉は車を降り、物影に隠れて様子を見守った。
しばらくして薄い色つきのサングラスをかけた男性が車に近づいてきた。和泉は走って道路を横断し、声をかける。
「すみません。失礼ですが、この車の持ち主でいらっしゃいますか?」
「いいえ、お借りしているだけです。和泉彰彦警部補」
なぜだ?
それもフルネームで知っているなんて。
「……失礼いたしました。私は県警人事部監察課の、聖と申します」
「監察……」
「詳しいことをお話ししている時間がありませんので、申し訳ありませんがこれで失礼させていただきます」
聖と名乗った男性は車のドアを開けて乗り込もうとする。
「あ、待ってください!! この車って北条警視のですよね?! 一緒じゃないんですか?」
「北条警視なら先ほど警学の方へ戻られました」
ということは、彼もここに来ていたということだ。
「聖さん。あのオカ……北条警視と組んで何を調べておられるのですか? もしかして、あの人が急に尾道の帳場にやって来たのは……」
和泉はなるべく相手から目を離さずに問いかけた。
「おそらくあなた方と同じです」
えっ、と思わず声が出た。
「それってもしかして、黒い葉書のことだったりしませんか……? もしくは黒い子猫とか」
相手が微かに、無言の内に頷いたような気がした。
和泉は驚き、
「なんであのオカマが……?」
ついオカマ呼ばわりしてしまった。本人に知られたら、ものすごく叱られるとわかっていながら。
しかし監察官はそんなことはどうでもいいらしく、
「近日中に必ず情報共有いたしますので、少しお待ちください」
情報共有だと?
和泉は思わずマジマジと相手の顔を見てしまった。すると彼は眩しそうに顔を逸らす。
監察官のクセになんで?
まさか。監察官を卒業して、刑事になりたいとか?
誰も掴んでいない情報を公にし、なおかつ真犯人逮捕となれば、それこそ彼にとって出世への足がかりになる大手柄に違いない。
だから刑事達は基本的に情報を共有したがらない。
誰だって高い階級と名声は欲しい。
それもできるなら、花形と言われる部署で。
警察の中の警察と呼ばれ、その部署に配置されたなら、たちまち同期生達から村八分にされると言われる【監察官】という仕事。
誰もが嫌がって、やりたがらない職種である。
もっとも、今回ばかりは真相を突き止めたところで逆に【余計なことをした】と睨まれる危険性の方が高い。
そう考えたらますます、なぜそうまでして……? という疑問も湧く。
いずれにしろ、彼の真の目的が理解しづらい。
「……本気ですか?」
「それが北条警視の意志であり、私の本意でもあります。我々が求めているのは手柄や名声ではなく、ただ……真相です」
カッコいい……。
嫌味も皮肉も一切抜きに、素直にそう思えた。
「……なお。長門が勤めていたワイナリーは既に、あしたかグループの傘下に入っており、今はフラワーパークの敷地内に工場、事務所共に移転しています」
それでは、と監察官は車に乗り込む。
もっといろいろ訊きたい。和泉は手を伸ばして彼の腕をつかもうとしたが、上手くかわされてしまう。
その一連の動きはスマートで、止める術を見つけることができなかった。
「今の男性とお知り合いですか? 和泉さん」
助手席に戻った和泉に、守警部が問いかける。
「人事1課……監察官だそうです」
「……何かやらかしたんですか?」
「違いますよ。北条警視のお友達みたいで、どうも我々と同じことを調べているようです」
「えっ、本当ですか?!」
「もっとも、詳しいことはまったく話してくれませんでしたが。長門の勤めていたワイナリーは、フラワーパークの中にあるそうです。行きましょう」
2人はまずフラワーパークの敷地内にあるワインコーナーに向かった。
レジに立っているのはまだ若い、いかにもアルバイトと言った感じの女性だ。彼女は客の相手で忙しそうだ。
そこでしばらく客のフリをして店内に出入りする人物達をチェックしていると、作業着を着た中年男性が入って来た。腰が悪いのか、少し前屈みになって棚の商品を入れ替えたり、陳列を直したりしている。
和泉は守警部に目配せした。
「あの、ちょっとすみません……」
男性が振り向く。「ワイナリーの従業員の方ですか?」
和泉が声をかけると、相手は驚いた表情を見せる。
「少し、お訊きしたいことがあるのですが。よろしいでしょうか?」
他の客や店員に見せないようこっそりと手帳を示す。
「わしゃ仕事中じゃけん」
男性は素っ気なく答え、急ぎ足に店を出て行く。
そう言われてしまえばこちらとしても引き留める術がない。下手に食いさがって通報でもされようものなら、マズいことになる。
他に誰かいないだろうか。
ちょうどレジのところにいた女性の前から、客が去った。今がチャンスだ。
「こんにちは、綺麗なお嬢さん」
和泉がとっておきの営業用スマイルを見せると、若い女性は嬉しそうにはにかむ。
「少し、お話を訊いてもいいですか? 実は我々こう言う者で……」
そっと手帳を示すと、彼女はパっと顔を輝かせた。
「本物の刑事さんですか?! わ、私、刑事ドラマが大好きで……サインもらってもいいですか?!」
なんだ、そっちか。
というかサインって……。
「もう少しで休憩なんで、少しだけ待っていただけます?」
もちろんだ。和泉は守警部と一緒にいったん店を出た。
ワインの売店から少し離れた場所にソフトクリームやホットドッグなどを売る屋台が並んでおり、簡易テーブルと椅子が設置されていたので、和泉達はそこで女性がやってくるのを待った。
何気なく周りを見回すと、大型観覧車やコーヒーカップ、メリーゴーランドなど、まだ午前の早い時間帯だからなのか、いずれも空いているのが見えた。
ふと山の斜面の方を見ると、巨大な滑り台が設置してある。
子供達が何人か歓声を上げながら一気に滑り降りている。
気持よさそうだな……と、和泉は一瞬、仕事を忘れそうになった。
「お待たせしました」
そこへ先ほどの売店の女性がやってきた。




