76:シリーズその7を参照せよ!!
長門大輝。
逮捕した男は当初、なかなかフルネームを名乗ることをしなかった。だが、指紋を取ったら前科者リストですぐにヒットした。彼は元魚谷組系暴力団に所属していた構成員である。
その暴力団組織は2年前トップの座に君臨していた男が逮捕されたことにより、現在のところ実質的に組員たちはバラバラとなって解散状態にある。
長門もこれと言った組織に属すことなく、いわばフリーの状態だった。
恐喝及び傷害事件を起こしたのが今から7年前で、実刑を喰らい、刑務所に収容されること5年。模範囚として再び社会に出たのは2年前。
出所後は日雇いのアルバイトでその日暮らしをしていたようだ。
収監前に付き合いのあった女性達の家を転々としていて、特定の住所を持っていない。
別件逮捕とは言え、署内の騒動は半端ではなかった。
被害者と一緒に歩いていた着ぐるみを持っていた人物が、まさか市内にいたなんて。
ちなみに名目上は一応【公務執行妨害】の容疑である。
ところが長門は取調べをする刑事に対し、黙秘を続けた。
なぜ着ぐるみを持っていたのか。
なぜ逃げようとしたのか。
所持していた物からして状況証拠は真っ黒だというのに。
どんなに尋問を重ねても、一切の回答はなかった。
逮捕から約3時間。
容疑者は未だに黙秘を続けている。
取調べに当たっていた所轄の刑事は本気で焦っていた。
その理由は言うまでもなく、一刻も早く警務部長の孫を殺害したとされる真犯人として、長門を逮捕したと公表したいからだ。
上からの圧力はハンパないであろう。
「……どう思います?」
和泉は聡介に問いかけた。
急いで広島から帰ってきて、今は取調べの様子を鏡越しに見ている。
「どうもこうも、まだ何とも言えない」
「それこそ『せらやん』にはコピーが何体かいます。たまたまあの男が所持していただけなのだとしたら、大問題ですよ?」
「そうだな……」
「たとえ元暴力団員だろうと、やってもいない罪で送検する訳にはいかないでしょう」
仮にこのまま検察へ送ったとしても不起訴処分になるのがオチだ。
「なぜ……」
聡介が呟く。
「なんです?」
「どうして黙っているんだろう? やっていないのならやっていない、そう答えればすむ話じゃないか」
「前科者でしょう? どうせ何を言っても無駄だ、と考えているのかもしれません。あるいは、いっそ娑婆よりもムショの方が三食付き及び雨風をしのぐことのできる場所だから良いと……」
「だったらどうして黙秘を続けているんだ? それならさっさと自供した方がいいじゃないか」
「あれかな、弁護士待ち」
適当に答えておきながら、和泉は冷ややかな目で取調室を見ていた。
容疑者だと?
上は相当焦っている。
一刻も早く警務部長の孫を殺害した犯人を挙げ、事件解決を計りたいという思惑が透けて見える。
そのためなら細かいことは一切取り合わなくていい。
いっそのこと、自分達の用意したストーリーに併せて供述を書き換えてもいい。
そんなふうにすら考えているのではないだろうか。
「でもどうして、職質を受けた時に逃げ出したんだろう?」
「それは……捕まえた本人に聞いた方がいいんじゃないですか?」
確か鑑識課の若い警官だと聞いた。
和泉と聡介は鑑識係が作業している部屋に向かった。
「あ、和泉さん!!」
嬉しそうな声で出迎えてくれたのは平林郁美である。が、今は彼女に用はない。
「古川君っていうのは?」
「俺っすけど、何か?」
立ち上がった若い男性は、こちらを胡散臭そうな目で見る。
「なんだっけ、長門っていう容疑者を逮捕した時の一部始終を教えてもらえるかな?」
すると彼は髪をかき回しながら、
「まさか俺も、こんなことになるなんて思ってもみませんでしたよ」
「どういう意味で?」
「初めは、郁美センパイと2人で商店街を歩いていて……向かいから例の男が歩いてきたんです。何かちょっと変だな、って思ったんです。電話で誰かと話していて、何だっけ『万事手はずどおり』とかなんとか。何か良からぬことを企んでるんじゃないかって、そう思って声をかけたっす」
「手はずどおり……」
「それでバンかけたら、カバンから例の着ぐるみが出てきたんですよ。そしたらいきなり逃げだして。だから追いかけたんです」
「詳しいことは何も言わなかったんだね?」
「ええ、何も」
「それで君は、公務執行妨害で逮捕した、と?」
そうっす、との返事。
その【手はず】が何を指しているのか、妙に引っかかった。
「このままだと早期解決を図りたい上が、自分たちで勝手に作り上げたストーリーに沿って話が進めそうですね?」
「……言うな」
和泉の皮肉に対して聡介は苦々しい顔で答える。
もう一度、事件発生当夜の目撃情報及び家族の証言を検証しよう。
2人は会議室へ向かった。
今のところ捜査員は全員が出払っている。
そんな静かな部屋の中、1人無言で佇んでいる背の高い男がいた。
「あれ、北条警視。何してるんですか?」
振り返った彼はいつになく元気がないように見えた。
「どうして黙ってるのかしら?」
「容疑者がですか? 僕達も今、そのことを話していたところですよ」
「あの男が本当に犯人なのかしら?」
「それは何とも……」
するとその時だった。
北条が急に走り出し、部屋を飛び出していく。
驚いた和泉は思わず彼の後を追いかけた。
先輩刑事はなぜか署の外に出、キョロキョロと辺りを見回す。
「何かあったんですか?」
「気のせいだったのかしら……」
何の話だ?
何かの【音】を聞きつけたのだろう。異様なほどに優れた聴覚の持ち主であるこの人は。
※※※※※※※※※
北条が突然会議室を飛び出し、和泉もそれを追いかけていったため、取り残された形になった聡介はやれやれと溜め息をついた。
今は何というか、ダンジョンの中を歩いているような気分だ。
どちらへ進めば正解なのか。
どちらへ進んだら落とし穴なのか。
ただ。動機を言う面で考えるのなら、あの事件は怨恨だ。
もし、被害者にいじめられていたという同級生の母親が犯人だったとしたら。
考えただけで寒気がしてきた。
確かに世の中はあまりにも理不尽が溢れている。だけど。長い警察官人生の中で聡介は一つだけ発見したことがあった。
おごれるもの久しからず。
不正を行っている人間が成功しているように見えたとしても、それは一時的なものに過ぎないのだと。いずれ必ず衰退する時がくる。
でも、と聡介は考える。
だけど、もしそうじゃなかったら?
思っているよりもずっと長い間、苦しみに耐えなければならないとしたら?
考えただけで胃が痛んだ。
薬は持っている。水を買ってこよう。
そう思って聡介が会議室を出た時だ。
「すみません」
突然、見知らぬ男性から声をかけられた。
年齢はわからない。ただ、恐らく和泉と同じぐらいではないだろうか。長身でやや細身の、左目の下の泣きぼくろが印象的な顔立ちだった。
「刑事課というのは……どちらですか?」
長袖シャツにジーパン、スニーカーという、いたってカジュアルな格好からしてサラリーマンではないだろう。かと言っていわゆる自由業の雰囲気もない。
署内には時折、スクープを狙って入ってくるジャーナリストなる人種がいるが、そういう崩れた雰囲気もない。どちらかと言えば真面目そうで、休日の公務員、といった表現がぴったり来るような気がした。
刑事課は署の2階だ。
「ご案内しましょうか?」
聡介の申し出に、ありがとうございます、と男性は爽やかに微笑んだ。
「余計なお世話かもしれませんが」
「……はい?」
「胃のためには、ペパーミントを紅茶に入れて飲むと効果的だそうですよ」
その男性が急にそう言い出したので、聡介は戸惑った。
どうしてわかったのだろう?
「先ほどから何度か、胃のあたりを触っておられたので……老婆心ながら」
「あ、ありがとうございます」
親切な人だ。
なんとなく気になって聡介は、彼の姿をしばらく見守っていた。
「こちらに、長門大輝と言う人物が収容されたと聞いて来ました。私ですか? 彼の身許引受人です……名前は相馬と申します。」
俺に命令するな!!
……ってか。
いや、詳しくはシリーズその7を参照してくださいね(^_^;)




