73:例えが悪い?
「世羅へ行く前に少し寄り道をして行こう」
北条達と別れた後、唐突に聡介が言いだした。
「どこへです?」
「例の【せらやん】っていう着ぐるみを見たっていう……子供の家だ」
事件発生により本日、被害者のいたクラスだけは急遽、午前中で授業を切り上げることになったと聞いている。
和泉は同意し、その目撃証言をしたという子供の家を2人で再度訊ねた。
せらやんを見た、という子供は女の子で、利発そうな顔をしていた。
黒い髪をツインテールにし、ピンク色のジャンパースカートを身につけた少女は知らない大人を前にしても臆することなく、こちらを真っ直ぐに見つめてくる。母親の方は娘が何を言い出すのかと、少なからずハラハラしている様子が見受けられるが。
「せらやんを見た、って言うのは何時頃のことかな?」
少女の目線に合わせて膝を折り、優しい声音で父が話しかける。
「えっと、夜の9時頃だったと思います」
即答である。
「時計を見たの?」
「はい。9時からどうしても見たいテレビがあって……」
「そう。それは、君の部屋の窓から見たの?」
少女は頷く。
「カーテンがめくれてて、直そうと思って窓に近づいたんです。そうしたらせらやんが歩いているのが見えました」
「すぐにわかったの? せらやんだって」
「もちろん。クラス中で大人気なんですよ?」
「そう。他に気がついたことはある?」
「……風船をいくつか持っていました。それと、普通の歩き方じゃなくて、なんかスキップしてるみたいに見えました」
風船の話は母親の供述に出て来なかったが、内容はほぼ一致している。
「その時、せらやんの他に誰か一緒にいた?」
少女は首を横に振る。仮に被害者が隣を並んで歩いていたとしても、外は暗いし、小さくてわからなかったかもしれない。
それからしばらく和泉は聡介の表情を見守っていたが、もし彼が訊こうとしないなら自分が口を出そうと思っていた。
『山西亜斗夢君のことをどう思っていた?』
単純に中腰に疲れたのか、それとも質問を切り上げるつもりなのか。父が立ち上がりかける。
すると。口を開きかけた和泉を遮るように、少女が言いだした。
「ねぇ。やっぱり山西君みたいに、悪いことしたら……死んじゃうの?」
「え?」父子でハモってしまった。
「みぃちゃん!!」
母親は娘の口を手で塞ぎ、抱き上げて奥に引っ込めようとする。
「お母さん。どうぞ、彼女に話させてあげてください」
和泉は、まだ何か言いたげに、こちらを見つめている少女と目を合わせた。
「で、でも……!!」
「心配しないでください。我々がここで伺った話を口外することは、決してありません」
少女の母親はまだ、少なからず躊躇しているようだがかまうことはない。
「ねぇ、山西君のこと……どう思ってた? 好きとか嫌いとかじゃなくてね、どんなふうにいつも振る舞っ……行動してたか、おじさん達にも教えてくれないかな?」
すると少女は、
「……自慢話ばっかり。こないだも、せらやんに会いにいったとか、せらやんと一緒に写真を撮ったとか、キーホルダー買ってもらったとか」
いかにも子供らしい、微笑ましい自慢話ではある。が、聞かされる方にとってみれば、決して愉快ではないだろう。
「それに、熊谷君のこと……」
「熊谷君?」
「同じクラスの男子。熊谷君って、お父さんがどこかの外国人らしくって、いつも『顔がキモい』ってバカにしてた。それに……熊谷君の靴を隠したり、机やノートに悪口を書いたり……」
聡介が小さく震えだしたのがわかった。
「それに、変なあだ名をつけてた。周りの子は皆、熊谷君のことを同じ呼び方するようになって……すごくかわいそうだった」
「そうだったんだ……」
子供同士の他愛もないふざけ合い。
そんな主張はもやは通用しない。
「先生がね、クラスの仲間に意地悪する子は、竜王山にいる龍の神様に連れて行かれて、食べられちゃうんだって言ってた」
確かに市内に【竜王山】は存在する。だが、そんな逸話は聞いたことがない。おそらく担任教師の創作だろう。
そして。意地悪をする子供は龍の神様ではなく、せらやんの着ぐるみを着た人間に連れて行かれ、殺害された……。
「ありがとう、よく話してくれたね」
和泉はしゃがんで少女の頭を撫でた。すると彼女は頬を赤く染め、こちらに背を向けて母親にしがみつく。
「またもう1つ、裏がとれましたね」
被害者に対して強い恨み、殺害の動機を持つ人間がいたことについて。
「……そうだな」
「それじゃあ、世羅へ行きましょうか?」
※※※
世羅高原は尾道市内から国道184号線を北上した場所である。
目的地が近づくにつれ、和泉は驚きを隠すことができなかった。
彼は幼い頃に一時期、この近くで暮らしたことがある。当時はあたり一面田んぼだらけで、ぽつぽつと日本家屋が建っている、そんな風景だった。
古くから別荘地として知られていたため、時には西洋風の洒落た家が建っていたり、ログハウス風のペンションがちらほらと存在していたが、コンビニはもちろん、家電量販店までもが存在するようにまでなったとは。
比較的新しい一軒家も並んでおり、さながらちょっとした再開発地域と言ったところだろうか。
「このあたりも随分、変わりましたね……」
和泉は思わず呟いた。
「お前、この辺を知っているのか?」
「ええ。父の実家がこの近くで……あの頃は、ホントに何もない田舎町だったんですけどね。こんなに発展しているなんて思いませんでした」
ふと、車窓から空き地に刺さっていた【売出中】と書かれた看板の下に、有名な不動産会社の屋号が記入されているのを和泉は見つけた。
「確か、あしたかグループですよね? このあたりを開発した会社って」
「そうだったな。その、フラワーパークだったか? 確か運営もその会社だったよな」
「確かにここはリゾート開発するにはうってつけの場所かもしれません。例えたら長野県民に叱られるかもしれませんが、軽井沢みたいなものじゃないですか?」
「お前、それを聞いたら地元の……世羅の人だって気を悪くするぞ?」
問題ありませんよ、などとうそぶいて和泉は前を向いた。
電信柱に【フラワーパーク信号左折3キロ】と書かれた看板が張ってある。
「でもまぁ、こう言ってはなんですけど……こんな場所を開発して、採算が取れると思ったんでしょうかね?」
「こんな場所ってお前、いいところじゃないか。俺は昔、さくらを連れて紅葉を見に来たことがあるぞ。春は桜が綺麗だし、夏は涼しいし……」
「だから、ですよ」
「どういう意味だ?」
「自然を破壊してまで、観光客を誘致しなければならなかったんでしょうか」
「まぁ、確かにな……」
「もっとも、結果論からすれば。せらやんは地元の子供に大人気、フラワーパークはそこそこ盛況の様子で、でも……人の心は、特に子供の関心はうつろいやすいものです。いずれ世間から飽きられ、忘れられるものですよ」
「お前は……彰彦。もし地元民だったら、反対派だったのか?」
「さぁどうでしょう? 少なくとも賛成はしなかったと思います」
今日は平日だったので、フラワーパークは空いていて、すぐに職員へ話を聞くことができた。
職員が言うのは、事件のあった日は特にイベントもなく、着ぐるみはバックヤードに保管されていたはずだとのことだ。
ただ、製造したのは広島市内のとある縫製工場だということだ。
型紙やサンプルが保管されていれば、誰かがコピーを作って使用することも可能ではないか。現に、県内各地のイベントでせらやんは引っ張りだこなので、もしかすると偽物が出回っているかもしれないと。
ただしいずれも【恐らくこうだろう】という域をでないため、裏を取る必要がある。
「どうします? その縫製工場を訪ねてみますか」
和泉は聡介に訊ねた。
「そうだな」
「承知しました」
それから2人で車に乗り込む。そうして高速道路に乗り、しばらくすると和泉はやや疲労感を覚えた。
「……ちょっと休憩していいですか? さすがに疲れました。車も休ませたいし」
ずっと運転しっぱなしだ。
「ああ、そうしよう」
途中のサービスエリアに車を停める。車を降りて建物に入ろうと歩いていると、不意に一台のライトバンが目についた。
ボディに【あなたの町の便利サービス 猫の手】との文字。
この車には見覚えがある、確実に。




