36、理解
「みんな騙されてるデース・・・」
キャロリンは夜の図書館に忍び込み、古い書物をあさっていた。
「私が何とかしないといけないデース・・・」
彼女は月美のことを悪い魔女だと勘違いしているちょっぴり天然な演劇部員であり、月美をメンバーに加えて皆が普通に劇の練習をしている現状を憂いているのだ。
「魔女の苦手なものは何デース?」
ジョークで書かれたような魔女の本を開いたキャロリンは、よくキャンプで使われるランタン型のライトをテーブルに置き、ページの隅から隅まで読み込んでいった。キャロリンの陰が図書館の天井に向かって怪しげに伸びており、どちらかと言えばキャロリンのほうが魔女のようである。
「魔女は夜行性で太陽光が嫌い・・・んー、光る物が苦手デース?」
他にも、にんにくが苦手とか、鏡を嫌がるとか、いくつかポイントになる記述を見つけた。苦手なものに触れたりすると変身が解け、正体を現す場合があるらしい。
「なるほどデース」
キャロリンは手帳を取り出し、拙いひらがなでメモをした。なぜ母国語でメモを取らないのか。
「それから・・・よく考えると百合も怪しいデース」
ずっと月美と行動を共にしており、同室で暮らしている百合も、もしかしたら魔女の仲間なのではないかとキャロリンは疑っているのだ。人間にしてはちょっと美しすぎるのも怪しいポイントだ。
「大勢の前で、あの二人が魔女であることを証明するデース・・・!」
もうすぐ文化祭の本番だというのに、キャロリンだけは完全に見当違いなことに力を注いでいるのだった。
一方こちらは、夜風の吹き抜ける風車の丘である。
雪の残る月影の小道に、一頭の小鹿のシルエットが浮かんでいた。
よく見ると彼女の華奢な背中には青い小鳥と白ウサギが乗っており、首には桃色のマフラーが巻かれていた。
あのマフラーはつい先ほど小鹿たちがビドゥの道端で見つけたものであり、実は桃香ちゃんの落とし物であるが、今はもう小鹿たちのものである。温かくて快適だ。
「ピヨー」
青い小鳥のピヨちゃんは、相変わらず空を飛ぶという発想がなく、小鹿の背中で船乗りのような顔をして行く手を見据えている。
「ピヨ~?」
ガラスのように透き通る冬の夜風の向こうに、ピヨたちは月美の気配を探しているのだが、月美の髪の香りは丘の中腹あたりで風に紛れ、消えてしまっていた。昼寝をし過ぎたせいで21時になっても眠くないピヨたちは、引き続き月美を探して道を進んでいった。月美と遊びたいのである。
すると、どこからともなくグラタンの良い香りが漂ってきた。
この島の野菜をふんだんに使った「謎野菜のグラタン」というメニューは、草食動物からも大人気の、温野菜サラダ風の食べ物なので、小鹿の鼻はそれを嗅ぎつけたのだ。グラタンそのものは無理でも、余ったアスパラガスとか、デザートの洋梨のかけらくらいは貰えるかも知れない。
(月美がどこにいるかよく分からないから、とりあえず夜食だけ誰かから貰って帰るかなぁ~)
みたいな顔をした3匹は、匂いに誘われるまま丘の上の山小屋へと歩みを進めていったのだった。実に呑気なやつらである。
「お話は分かったわ。話してくれて、ありがとう」
ルネという二年生の少女は、聖母のように微笑みながら、病床から月美と百合にお礼を言った。
「ローザが迷惑を掛けてしまったみたいで・・・ごめんなさいね」
「い、いえ、そんなことはありませんわ・・・!」
月美たちはこの一年間のローザの様子や、学園の現状、自分たちの置かれている立場などについて説明をした。そしてルネもまた、自分の歩みやローザとの生活を話してくれたのだ。
これにより、月美と百合の胸中には、ある確信めいた考えが浮かんだのである。
(きっとローザ様は・・・ルネさんのことが好きなんですわ!)
特別な感情があるからこそ、悪者呼ばわりされても動じず、誰にも知られずにルネの平和な日々を守り続けているに違いないのだ。何を考えているか分からない不思議な女性、ローザの気持ちをようやく理解できた記念すべき瞬間である。
「でも・・・ローザが私のために、そこまでしてくれてたなんて、ちょっと嬉しいわ♪」
ルネは窓の外で冬の天の川に照らされる風車を眺めながら優しく笑った。ルネさんもローザ様のことが好きなんだろうなと月美たちは思った。
「ルネさん、あの風車を取り壊さずに済む方法ならありますのよ。何とか理由を説明して、あの風車を保存できるようアテナ会長を説得してみますわ。きっと分かってくれますのよ」
「そうです! なんでしたら、ローザ様の名前を出さずにお願いする方法も考えます!」
ルネの話を聞いた月美と百合は、もうすっかりローザの味方である。必要であれば、ローザの恋心を容易に察せられてしまう一連のエピソードは秘密にしたまま、別の理由を考えてあげたっていいと思ったのだ。恋する気持ちを内緒にしているという点は月美と百合も同じであり、共感できたからだ。
しかし、ルネの返事は意外なものだった。
「ありがとう。でも、その必要はないわ」
「え?」
「私のせいで皆に不便を掛け続けるのはイヤだもの。あの風車は取り壊して、発電機に建て替えて貰いましょう」
「ええ!?」
ルネにとってあの風車がどんな存在か・・・それはこの部屋を見回せば分かる。
時々刻々と移り変わる空や草花の無限の表情を筆と絵の具で切り取ったキャンバスの数々は、ルネと風車の友情を証明するトロフィーのように華やかに壁を埋め尽くしているのだ。
「あの場所に大きな風力発電機を作れば、皆の生活はもっと豊かになるんでしょう?」
「そ、それはそうなんですけど・・・」
「それなら、私一人のわがままであの古い風車を残すのは、胸が痛むわ。消灯時間が21時じゃあ、ちょっと早すぎよ」
ルネはそう言って窓の外に目を向け、微笑んだ。
「あの風車もきっと分かってくれるわ。ローザがここまで頑張ってくれただけで、もう充分、幸せ者よ」
とても大人びた人だなと月美は思った。
「あの風車は絵の中でずっと生きているし、私やローザの心の中で、いつまでも風を受け続けるわ」
なんだかとても切ない空気が部屋に満ちた。
確かにルネの言うことは正しいし、彼女の優しさは月美たちの胸をいっぱいにしたのだが、ローザがせっかく守ってきた風車を本当に壊してしまっていいのか、悩みどころである。
暖炉の薪が燃えるパチパチという音の中で、月美と百合が次の言葉を探していると、丁度このタイミングで、意外なお客様が現れる。
「きゃっ!」
かわいい声で飛び上がったルネの視線の先、曇りガラスの窓のすぐ外に、マフラーをした小鹿がひょいっと顔を出したのだった。
「ほぉら、食べてええよぉ♪」
キッチンにこもり、月美たちが気付かないほど静かにグラタンを作っていた舞鶴先生は、療養所に入ってきたピヨたちに温野菜サラダを振舞ってくれた。
忍者のように突然キッチンから姿を現した先生に、月美たちは慌ててご挨拶をしたのだが、先生は三人の会話をしっかり聴いていたようで、「はいこんばんは~♪ うちは宇宙から来た殺し屋やでぇ~♪」などとたわけた自己紹介をしたきり、特に月美たちがここにいる経緯などは訊いてこなかった。
「この方は舞鶴先生よ。ストラーシャの保健の先生なの。私がいつもお世話になっている人よ」
「そうなんですか」
「そうかもしれへんなぁ~♪」
ストラーシャ学区の生徒は体育の授業で必ず舞鶴先生に会ったことがあるわけだが、ビドゥに住んでいると全く縁がないわけである。白衣を着ていないと大学生くらいのお姉さんか、下手をすれば3年生の先輩にも見えるのでややこしい。
島の謎野菜をたっぷりご馳走になり、すっかり眠くなったピヨたちは、暖炉周りで丸くなりスヤスヤ眠りだした。この子たちは一体何をしに来たのか。
ルネと舞鶴先生はまだ晩ご飯を食べていなかったので、月美たちに遠慮せず食べていただくことになったのだが、舞鶴先生は「スープだけでも一緒にどうやぁ?」と言って月美と百合に温かいコンソメスープを出してくれた。湯気の中できらきら輝く黄金色のスープを見て、月美と百合はなんだか湯舟に浸かった時のようにホッとした。真冬にはありがたい温もりである。
小鹿が首に巻いているマフラーがどう見ても桃香ちゃんのマフラーなので月美が不思議に思っていると、舞鶴先生がこんなことを尋ねてきた。
「ほんで、月美ちゃんと百合ちゃんは、いつから付き合うてはるのぉ?」
あまりにも衝撃的な言葉に月美たちは一瞬理解が遅れ、招き猫のような無表情でピッタリ固まってしまった。
「ななな、何をおっしゃってますの!?」
「そ、そ、そうですよ! 私たちはただの、ただのルームメイトですっ! はぁい!」
月美たちが急に大きな声を出したのでピヨたちはガバッと体を起こして辺りを見回した。
「あれまぁ♪ さっきの話聞いてる感じやと、ラブラブみたいやったけどなぁ。気のせいやったわ♪」
「き、気のせいですー!!」
そりゃ二人一緒の生活を続けるために険しい道を選び、必死にローザの秘密を追ってここまで来たのだから、友情を越えた特別な感情の存在を疑われても仕方ないわけである。
(いつか誰かに言われるかもと思ってましたけど・・・恥ずかしいですわぁ!!)
月美はスープを飲むふりをして赤くなった顔を隠した。
(つ、月美ちゃんと私、カップルに見えるんだぁ・・・!)
百合も恥ずかしさを誤魔化すために、足元にやってきた白ウサギを撫でながら下を向いた。
急に挙動不審になった二人の様子がおかしくて、ルネはくすくす笑った。ルネの目から見ても、月美と百合はラブラブに思えたのだ。
(ルネちゃん、今日は随分楽しそうやなぁ・・・)
舞鶴先生はルネの色白な横顔が、夏のひまわりみたいにポカポカと温かくなっているのを見て、何だかとても嬉しかった。ローザ以外にも、友人になれる人はいたようである。
「笑うてるけどルネちゃん。ルネちゃんがローザちゃんのこと大好きだって、二人に言っちゃってもええんやでぇ?」
「ちょ、ちょっと先生! もう言っちゃってるじゃないですか!」
「バレバレやと思うでぇ♪」
「そ、そんなことないですよ! ま、まだバレてません!」
その発言でバレバレである。
月美と百合はお皿やスプーンの柄を鑑賞したり、テーブルクロスの模様に感動したりする演技で、聞こえなかったフリをしておいた。
「でもルネちゃん、恥ずかしがっちゃって、愛の告白が出来ないんよなぁ♪」
「ち、違います・・・! だからそれは・・・私なんかじゃローザと釣り合わないからです・・・」
「ほんまは両想いなんよ♪」
「そ、そんなことはありません・・・! ローザが、私なんかを・・・好きになるわけないです」
いやいや、絶対好きですわよと月美は思った。
白ウサギを膝の上に乗せてなでなでしながら、百合は告白について考えていた。
(告白って、やっぱり難しいんだなぁ・・・)
素直に自分の気持ちを相手に伝えるだけだというのに、そこに恋愛感情が絡んだ途端、人間は臆病になってしまうのである。
(ルネさんと私って、境遇が似てるのかも・・・)
告白なんて出来るわけない、上手くいくわけがないと思っている点で、二人は同じであると言える。いつか相談したいものだ。
「今夜は泊まっていってええよ♪ うちもよくここで一泊していくんよ」
「え、いいんですの・・・?」
「ええよなぁルネちゃん?」
「もちろんですよっ」
舞鶴先生のすすめで、月美たちは療養所で一晩過ごすことにした。寮で待っている綺麗子と桃香には電話で連絡をしておいた。あの二人には、ここで聞いたローザ会長の話を教えてあげなきゃいけませんわねと月美は思った。もう綺麗子と桃香は一緒に戦ってきた仲間だからだ。
この療養所は山小屋風の保健室なので、ベッドとお布団はいつも余分に準備されている。
丸木を組んで作られたようなオシャレなシャワー室で温まった後は、ふっかふかの毛布に潜り込んで、星の瞬きに耳を澄まして眠るのだ。
「おやすみなさい、みんな」
「ほなまた明日ぁ♪」
「おやすみなさいですわ」
「おやすみなさい」
火の消えた薪の香りがほんのり漂う暗闇の中に、天窓の形に切り取られた星空が浮かび上がった。
ここは麓の街より空が近いから、天窓から見える北極星の美しさが格別である。
(月美ちゃんが隣りにいるけど、今夜は他の人がいるから、あんまり緊張しないなぁ~)
百合は布団の中でもぞもぞ動きながら、今日聞いたルネとローザの物語を思い出していた。音楽の授業で聴いたショパンの夜想曲第二番が、なんとなく百合の頭の中で流れた。静かな夜にぴったりの曲である。
「ねえ、百合」
どれくらいの時間が経っただろうか。ベッドのそばで寝ている小鹿が寝ぼけてしっぽをパタパタ振り出した頃、百合の耳元にルネの唇がやってきたのである。
「は、はいっ。なんですか」
「起きてた?」
「お、起きてました・・・」
ほんとはだいぶウトウトしていたのだが、一瞬で目が覚めてしまった。ルネは病人なのに意外と積極的に動き回る。
「ねえ百合。あなた、月美のことが好きなんでしょう?」
「うぅっ! ち、違いますって・・・!」
「フフッ♪」
ルネは目を輝かせて百合にくっついてくる。
「ねえねえ、二人で手を繋いだことある?」
「え、えーと・・・それは・・・」
「一緒に寝たりしてるの? お風呂は別?」
「い、いや・・・あのっ」
「同室で暮らすってどんな感じ? ドキドキする?」
「ド、ドキドキは・・・その・・・」
「キ、キスは・・・したの?」
「し、し、してませーーん!!」
好奇心旺盛なルネ先輩の質問攻めにハートの限界を迎えた百合は、つい大きな声で叫び、飛び上がってしまった。これには月美を始め、ピヨたちまで全員目覚めてしまった。
「してないって・・・何をしてないんですの?」
月美は目を丸くして百合に尋ねた。
「いや・・・その・・・玄関のドアの戸締り、してませんよね!」
慌てて玄関に走って照れ隠しをする百合を、ルネはくすくす笑いながら見守っていた。ルネは結構いたずらっ子なのかも知れない。
よく晴れた空を背景に、飛行機雲が眩しい太陽を横切っている。
文化祭を二日後に控えた今日は、島じゅうがクリスマス一色だった。
クジラを縦にしたようなサイズの巨大なクリスマスツリーは、無事にストラーシャ劇場前の広場に設置された。中心のポールからネットを広げただけの構造なので中身はスカスカなツリーだが、風が吹いても倒れない安全設計だし、ネットには数えきれないほどのオーナメントが付けられていてとても豪華である。夜になればもちろん電飾がキラキラ輝く予定だ。
ローザは広場が見える高台のカフェのテラス席に腰かけ、ホットのピーチティーを飲んでいた。晴天のお昼時とはいえ、カフェテラスに吹く風は氷のように冷たい。
(月美ちゃんたち・・・今頃どうしてるかしら・・・)
ローザは寂しそうな瞳で湯気をぼんやり眺めていた。
ルネの幸せな日々を守るために、ローザは月美と百合の幸せな日々を壊そうとしているのである。そのことに彼女はとても強い罪悪感を覚えているのだ。
(ヒントらしいヒントもあげなかったし・・・私って本当に、悪者ね)
一人でいる時のローザはいつも、こんな感じで自分を責めている。
(私はもうすぐ卒業だけど、ルネには来年があるわ。だからもう一年だけ、ストラーシャ学区の力を保持してもらいたいのよ。その後は好きなようにして構わないって、百合ちゃんに上手く伝える方法はないかしら・・・)
ローザは南の海の水平線を見つめたまま、上品なため息をついた。
「ローザ会長っ!」
「えっ?」
聞き覚えのある声に耳をくすぐられ、ローザが振り返ると、店内席の窓から身を乗り出し、妙に明るい面持ちでお辞儀をする月美たちがいた。月美、百合、綺麗子、桃香の4人である。
「あ、あぁら月美ちゃんたち。百合ちゃんのお引っ越し準備手伝わなくていいの?」
「そうですわねっ」
「え?」
ローザお得意の嫌味を華麗にかわし、月美たちはテラス席に出てきた。そしてローザに密着する勢いで迫り、4人で手分けして新しいお茶を用意したり、温かい手袋を貸してあげたり、肩をマッサージしたりして、まるで王女様を相手にするように手厚くおもてなししたのだ。
「ご一緒にクッキーいかがですのっ?」
「ミルク入れますか?」
「お寒くないでしょうか?」
「お背中もマッサージしまーす!」
ローザはどうしていいか分からず、珍しく困惑したのだった。
「な、なによあなたたち。今日ちょっと変よ・・・」
「そんなことありませんわっ!」
ローザ会長が本当はとっても心優しくて、ルネの幸せのために悪役を演じている女性であることは、もうバレているわけである。たった一人で学園全体と戦いながら、恋心を隠し続けているいじらしい女性であると、今の月美たちはよーく理解しちゃっているのだ。
「ローザ会長!」
「な、なによ・・・」
ローザ会長の美しい横顔を見ながら、月美は色んな思いを込めて、彼女に一言だけエールを送ることにしたのである。
「明後日の文化祭、頑張りましょうね!」
ローザ様を幸せにしてあげたいと、月美たちは心から思った。
彼女を幸せにしない限り、自分たちの幸せはきっと来ない、そんな風に感じたのである。




