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百合と何度もファーストキスを  作者: ささやか椎
第1章 ルームメイト
33/126

33、展望


「ローザ様?」


 名前を呼ばれて、ローザはふと、我に返った。

 ローザは休み時間にボーッとしながら、ノートのすみに鉛筆で風車ふうしゃの絵を描いていたのだ。


「最近様子がおかしいの。どうかしたのローザ様」

「別に♪ なんでもないわよ」

 ローザには二年生の可愛い双子ちゃんの付き人がおり、同じ寮で暮らしているわけだが、意外と彼女たちに本音を語ることは少ない。

 ノートをそっと閉じたローザは、大教室の窓に目をやった。

 広大な丘にちょっとした並木道を作るメタセコイアという木々が、水彩画の筆のような繊細な枝先で青空を撫でている。葉はもう散ってしまったようだ。

「もうすぐ初雪ね」

 そうつぶやいたまま、ローザはしばらく、窓枠の十字の向こうに広がる自由な空を眺めていた。



 文化祭の練習はいよいよ佳境である。

 劇の稽古けいこはもう、本番と同じストラーシャ歌劇場で行われており、アイリッシュダンスなどの人気の演目と交代でステージを使っている。

 協調性のないローザ会長も、ストラーシャで練習が行われているため、さすがに参加している。しっかり個人練習をしていた上に、もともと演者としての才能と舞台度胸があったため、ステージではひと際目立つ素晴らしい演技をみせた。完成している小道具はどんどん使用しているわけだが、海賊船長の帽子とマントはローザにぴったりだった。

「ローザ様素敵だわぁ・・・」

「かっこいい~!」

 野生の鹿たちと一緒にこっそり練習を覗き見しているストラーシャの園芸委員たちも大興奮である。ちなみに、鹿という動物は冬眠しないらしく、一年じゅう学園行事に首を突っ込んでくる。



「寒い日は、やっぱりアイスクリームよねぇ♪」

 歌劇場の最上階の展望室のストーブに当たりながら、マンゴーアイスを食べている変人がいる。

「綺麗子さん・・・なんで12月にアイスなんか食べてますの」

 この展望室はストラーシャの眩しい街並みや、丸い内海、そしてそれにつながった外海が一望できるため、学園のパンフレットにもよく写真が載っている人気スポットだ。

「分かってないわねぇ~。冬に温かい場所で冷たいものを味わうのは最高の贅沢なのよ!」

 幸せな少女である。

「あ、月美も食べる? あなた劇の練習頑張ってるから、特別に奢ってあげるわよ!」

「お気持ちだけで結構ですわ・・・」

 月美は南向きの窓際の長椅子に腰かけ、百合と一緒にホットココアを飲んでいる。

 桃香ちゃんは綺麗子と一緒にストーブに当たりながら、イチゴのアイスを食べており、月美と目が合うと恥ずかしそうにうつむいた。桃香ちゃんは大して太っていないくせにいつも自分の体重を気にしており、おやつを食べているところを人に見られると、このように赤くなるのだ。実に可愛い。


「あ、このミルク、戻してくるね」

 ココア用ミルクを二つ持って、百合が席を立とうとした。

わたくしがいきますから、大丈夫ですわ」

「え、いいの?」

「はい」

 カップ式自販機の横にあったセルフサービスのミルクを、月美と百合はそれぞれ、相手も分も一緒に持ってきてしまったため、二つ余ったのだ。今、他の子がココアを買っているのが見えたので、残り少なかったこのミルクは戻しに行ってあげたほうがいい。

「すぐ戻りますわ」

「うん♪」

 にっこり笑って送り出してくれる百合に、月美はほっぺが赤くなりそうだったので、なんとなく「あー肩がこりましたわ」みたいな動きをして天井を見上げ、ごまかした。月美はこういうクールな小技を豊富に会得している。



 ミルクをケースに戻した月美の元に、意外な人物が近寄ってくる。

「は~い、月美ちゃん♪」

「うっ・・・」

 海賊帽子を被ったローザ会長だった。近づいてくるだけでほんのりローズの香りがする。

「な、何かご用ですの・・・?」

「あらあら♪ 一緒のステージに立つ仲だっていうのに、ずいぶん警戒してるのね♪」

「・・・当たり前ですわ」

 ジトッとした眼差しで月美は答えた。

「少しおしゃべりしましょ♪」

「えぇ・・・」

「ほらほら♪」

 少し離れた席で百合が待っていることを知っているはずなのに、ローザは月美だけを呼んで、長椅子に座らせた。アヤギメ方面の山が見える、少し西向きの窓に面した席だ。

「特にお話することなんて無いですけど・・・」

「ふふっ♪ 相変わらずね」

 相変わらずと言われるほど親しい関係じゃありませんわよ、みたいな顔で月美はそっぽを向いた。遠い白雲が、内海の静かな波に映って輝いている。ガラスが綺麗なので景色がとてもよく見えた。

 ローザ会長が、すぐにぺらぺらと訳の分からないことを言ってくると月美は覚悟していたのに、なぜか彼女は黙ったまま海を見ていた。なんだか拍子抜けである。

「あ、あのう・・・」

「そういえば、引っ越しの準備は進んでるかしらぁ?」

 何かご相談でもあるなら話して下さい、みたいなことを言いかけていた月美は、そんな風にからかわれてムカッとした。

「・・・百合さんはお引っ越しさせませんわよ。ずっとビドゥの生徒ですのよ」

「それは無理ね♪ 約束の期限まで、もう一か月も無いんだから」

 ローザはマロン色の髪を指先でくるくる巻いていじりながら笑って言った。実に憎たらしいお姉様である。月美はますます、不機嫌なネコみたいな顔になった。


「ヒント、欲しい?」


「・・・は、はい?」

 月美は一瞬、ローザが何のことを言っているのか分からず、き返してしまった。

「ヒント欲しいかしらと思って」

「え・・・そ、それは・・・」

 敵であるローザ会長に頭を下げて情報を貰うなんて絶対イヤだったが、愛する百合さんのためならそれも仕方ないのかも知れない。月美は迷った。

「なーんてね♪ 嘘よ♪」

 月美は目を見開きながらちょっと顔を上げ、相手を見下すような、一風変わった睨み方でローザを威嚇しておいた。

「さぁて、私もアイス食べようかしら♪ あ、でも、今日は節約しようかな、お金無いから♪」

 どうでもいいですわよと思いながら、月美は小さくため息をついた。



「こ、こんにちはぁー・・・」

 月美とローザの元へ、なんと百合がやってきた。月美がなかなか席に戻って来ないので、心配してやって来たのである。

「あらぁ♪ よく来てくれたわね百合ちゃん! 私と二人きりでおしゃべりしましょう♪」

わたくしもいますわよ・・・」

「あ、月美ちゃん、言い忘れてたんだけど、翼さんがあなたのこと呼んでたわよ♪」

「え・・・?」

「なんか、劇のことで相談があるみたい。ここじゃなくて、下の劇場にいるわ」

「早く言って下さいよっ!」

 月美は慌てて立ち上がった。

 階段へ向かう前に、月美は百合と目を合わせたが、百合は「大丈夫だよ」と言うように微笑んで頷いてきた。大好きな百合さんをローザ会長と二人きりにすることに抵抗はあったが、展望室にはたくさん生徒がいるので、体を触られたり、チューされたりする心配はおそらくないだろう。月美は念のため、綺麗子と桃香にローザの監視を頼んでから、劇場へと続く階段を下りていった。



 さて、ローザと百合であるが、二人きりで会話をする機会は今までほとんど無かった。

(ど、どうしよう~・・・)

 緊張する百合を、ローザは「どうぞ座って♪」と気さくに長椅子へエスコートした。二人横に並んで座り、景色を眺める形である。月美ちゃんがいないとやっぱり心細いなと百合は思った。

 ローザはやはり、すぐには話し始めず、しばらくは脚を組んだまま小さく鼻歌を歌ったりしていた。百合はなんだか手持無沙汰な気持ちになり、遠い景色を眺めた。

 アヤギメ神宮がある辺りの森が、丘から少しだけ見えており、その冬枯れの木々から渡り鳥がゆっくり飛んでいく様子を見た百合は、なんだか心が洗われた。自然がいっぱいのこの島には、人を緊張から解放してくれるささやかな癒しが溢れているのだ。


「月美ちゃん、とても頑張っているわね」


 いつも通りの妙に柔らかい口調で、ローザが喋り出した。

 とても頑張っている・・・その一言が、劇の練習に対してのものなのか、それとも別の意味を持っているのか、百合はすぐには判断が出来なかった。

「私にあんなに敵意むき出しになってくれて、ちょっと嬉しいくらいよ」

 劇のことを言っているわけじゃなさそうだなと百合は思った。

「百合ちゃんも頑張っているわ、とってもね。けれど、あなたにはまだ出来ることがある」

「え・・・出来ること・・・?」

 百合は首を傾げた。

岡目八目おかめはちもくって言う通り、私には分かるのよ。私や月美ちゃんと違って、あなたには素直になる才能があると思うわ。でもまだ、その才能を使い切ってないはず」

「さ、才能・・・?」

「あなたがもし、誰かに感謝の気持ちを誠実に表現したいなら、勇気を出して、素直になることね」

 百合はちょっぴりドキッとしてしまった。

 素直さや誠実さを発揮していない自分に心当たりがあったからだ。

「百合ちゃんが考えている以上に、あなたの青春はドラマチックよ」

「え、ええと・・・」

 百合は返事に困ってしまった。自分が月美に対して抱いている恋愛感情を、ローザ会長がどこまで見抜いているか分からなかったからである。

「あなたが人魚のお姫様を演じることになったのは、きっと運命なのよ。台本をもう一度よく読んでおくといいわ」

 百合がちゃんとした答えを言う前に、ローザはさっさと立ち上がってしまった。

 そして、このタイミングで月美が戻ってきた。彼女は肩で息をしながら、プンプン怒っている。

「もう! 翼先輩が呼んでたなんて嘘でしたのね!」

「あらぁ、ごめんなさい♪ 私の勘違いだったみたい♪」

 ローザはそれじゃあねと言って笑いながら、海賊マントを揺らして去っていた。百合はローザの後ろ姿を見つめながら、自分の人生が何か重要な局面を迎えつつある予感を、胸に熱く感じていた。

(勇気を出して・・・素直に・・・?)

 愛の告白なんて、考えただけで恥ずかしくて気を失いそうである。

(で、でも・・・、嫌われたくないんだもん・・・! 無理だよぉ!)

 遠慮に遠慮を重ねた人生を送っている百合には無理難題だ。




 その日の夜も、寮のエントランスで会議が行われたため、百合たちのシャワーは消灯時間後になった。


 百合はオーロラ色の照明でシャワーを浴びながら今日のローザ会長の言葉について考えているが、月美も同様だった。月美は湯冷めしないようにさっさと布団にもぐり、昼間の会話を思い出していた。

(引っ越しの準備は進んでるかしら? ですって。ほんとイヤな人ですわ)

 ランプが照らし出す天井の壁紙に、カーテンの隙間から差し込む月明かりが斜めに伸びている。

(ヒント欲しい? なんて言っちゃって。くれる気もありませんのに)

 月美は駄々をこねるアザラシの子供のように布団の中でごろごろ転がった。

(私もアイス食べようかしら♪ あ、でも、今日は節約しようかな、お金無いから♪ じゃありませんわ)

 月美はプンプン怒っている。

 ローザ会長は意外と真面目にテストを受けているから成績がいいし、もちろん他の生徒たちからも人気だから、毎月学園から渡されるお小遣いもなかなかの金額であるはずだ。お金が無いだなんてきっとウソである。

(アイスねぇ・・・)

 ここから、月美の意識はちょっぴりローザ会長かられていく。

(そういえば綺麗子さん、今日はアイスを食べてましたけど、最近買い食いが多いですわね・・・)

 綺麗子は愛嬌があるので人気者だが、とにかく体育以外の勉強の成績が悪いため、自由に出来るお金は少ないはずである。どこからあんなお金が出てくるのか。

(あ、思い出しましたわ。随分前に綺麗子さんが浜で掘り当てたヘリウムかなにかのガスで、風船屋の営業が始まったんでしたわね。その売り上げの一部を貰えることになったって自慢してましたわ)

 ヘリウムの割合が自然界では見かけないレベルで高い上に、適度に酸素を含んでいて、吸い込んでしまっても安全という代物しろものだったため、ストラーシャの生徒が商品化したのだ。今は物珍しくて買っている生徒がいるが、高校生が普通の風船にいつまでも興味を持っているとは思えない。綺麗子の贅沢も、あと数週間で終わりだろう。

(ヘリウムガスねぇ・・・)


 シャワーの音が小さく降り注ぐ深い思考の闇の中で、月美は不意に星明りのような小さな明滅を見た気がした。


「ん・・・?」

 上半身を起こした月美は、そのまま動かなくなり、何やら考え続けた。

「いや・・・違いますわね・・・」

 そしてまた布団にもぐった。

「んんん!?」

 かと思いきやまた上半身を起こして思考を巡らせた。忙しい女である。

 月美はしばらく停止していたが、今度は布団に戻らず、毛布を跳ね除けてベッドを下り、デスクの引き出しを慌ただしくあさり始めた。

「ええと・・・あれはどこですの・・・!?」

 アテナ会長や浄令院会長から貰った三学区合同会議の資料のコピーの中から、月美はあるページを探していた。

「ありましたわ・・・!」

 そしてその紙と、別のもう一枚の用紙を月明かりの中で見比べたのだ。月美の心臓は、急加速しながら全身にドキドキを運んだ。

「これは・・・」



(と、とにかく・・・告白なんて無理だよ)

 シャワーを終え、髪も乾かした百合は鏡の中の自分に言い聞かせていた。

(相手はあの、超硬派な月美ちゃんだよ。引っ越しするとしたら、やっぱり友達関係のままお別れしよう・・・そのほうが、嫌われるよりずっとマシだよ)

 百合は罪悪感に似た切なさを抱えながらも顔を上げ、小さく「よし・・・」とつぶやいてから脱衣所を出ることにした。

「百合さん!!」

「ひぃ!!」

 目の前に月美がいたので百合はびっくりしてしまった。いつもと逆である。

「分かったかも知れませんわ!!!」

「わ、分かったって・・・何が?」

「ローザ様の秘密ですわっ」

 月美は消灯時間を過ぎていることを思い出し、声のボリュームを落としながら、しかし少し興奮気味に言った。

「まだハッキリはしてませんわ。けど! たぶんこれだろうっていう展望が見えましたのよ!! 運命を変える、切っ掛けですわ!!!」


 百合はこの時、なんだか圧倒されてしまった。

 自分が弱気になっている間にも、諦めずに運命と戦っていた月美ちゃんが、本当に格好良くて、素敵だったからだ。


 

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