26、対峙
蹄と車輪の音は、石畳に心地よく響く。
秋空に向かって枝を広げている古い赤松の林に、乙女たちのキャーキャーいう声が弾んでいた。この辺りは本来、アヤギメ学区でも特に静かな公園であり、野生の鹿たちが昼寝をしに来るような場所なのだが、今日はとても賑やかである。
「百合さんと月美さんよ!」
「何しにいらしたのかしらっ」
「浄令院様に呼ばれたらしいわよ」
「素敵だわぁ~」
「私、馬になりた~い!」
「うちもー!」
色んな生徒がいるものである。
機馬車の座席に腰かけ、背筋を伸ばしているクールな月美は、アヤギメ学区の中心地に辿り着いて内心ホッとしていた。
(や、やっと人がいる所まで来ましたわぁ・・・!)
月美と百合は、機馬車に乗ってビドゥを出発し、島の北岸のルートを通ってきたのだが、その間ほとんど生徒を見かけなかった。そのお陰で静かで快適な旅となったわけだが、二人きりになった瞬間から、百合が月美にラブラブ攻撃を仕掛けてきたのだ。彼女は月美の肩にそっとおでこを押し当ててきたり、脇腹に優しく触れてきたり、ふわ~っともたれかかってきたりして月美のハートをくすぐり続けたのである。あの日以来、百合は完全に月美に心を開いており、今まで以上にグイグイとスキンシップをとってくるようになった。月美は相変わらずクールな振りをしているが、顔は真っ赤である。
(うぅ・・・二人きりだと心臓が持ちませんわぁ・・・!)
さすがの百合も人前ではあまり月美にイタズラして来ないので、ここから先は安全な筈である。月美はモテすぎる百合のボディーガードであるが、近頃はむしろ月美にボディーガードが欲しいくらいだ。
「ここだね、月美ちゃん」
「ひぃ!」
「あ・・・ふふっ♪ どうしてそんなにビックリするの?」
「べ、別に・・・」
月美は百合を意識しすぎて五感が敏感になっているので、ちょっとした声にも大きな反応をしてしまうのだ。そしてその反応を、百合は結構楽しんでいる。
「着いたみたいだよ♪」
「わ、分かってますわ・・・。もう・・・」
馬車が到着したのは、アヤギメ城の別邸と呼ばれる集会所だ。
浄令院会長が二人に電話をよこしたのは今朝のことである。
『お、月美か。突然じゃが今日の放課後、アヤギメに来い。自動運転の目的地番号はAの129じゃ』
「な、何ですの急に?」
『電話で話せないような相談がある。百合と二人で来るのじゃ』
そう言って浄令院会長は一方的に電話を切ってしまったのだ。
集会所の周りには、月美たちの来訪を聞きつけたアヤギメの生徒がたくさん集まっており、月美たちを尊敬の眼差しで迎えてくれた。ちなみに月美が一番好きな色はクールで硬派なブラックなのだが、アヤギメの生徒たちが着ている明治・大正時代風の華やかなな色の袴姿もちょっぴり好きである。
「よく来た。さぁ、入れ」
月美たちが機馬車を下りると、小柄な浄令院会長が人波からひょっこり現れ、二人を集会所に招き入れてくれた。
「ご、ごきげんよう、ですわ」
「堅苦しい挨拶はいらぬ」
月美が初めて浄令院会長に会った時、彼女はもっと気だるそうな半目をしており、冷ややかで怖い印象だったのだが、最近は目を輝かせて優しく月美に接してくれる。重そうなまぶたは変わらないのだが、なんとなく目がキラキラしていて、楽しそうなのだ。
「座ってくれ。実はお前らに相談があるのじゃ」
広い応接間には、正方形のモダンな畳が敷かれており、梔子の花とシャボンが混ざったような甘くて優しい香りが漂っていた。月美たちは少々緊張しながら紫色の座布団の上に正座した。
「足を崩せ。相談というのはな、花火大会に関することじゃ」
「えっ」
月美と百合はドキッとした。
ローザに対抗して百合の運命を変える・・・その話を、月美たちはまだ浄令院会長にしゃべっていないというのに、たまたま関係ありそうな話題が出てきたからだ。
「・・・え、ええと、花火大会がどうしましたの?」
「毎年恒例で開催されていた夏休みの花火大会が、今年はローザの意味不明な反対により中止になってしまったのじゃ」
この話はもちろん月美たちも知っている。
「じゃが、打ち上げ花火の大半はもう完成していたし、卒業した先輩たちの力も借りていたものじゃから、このまま腐らせていては立場が無い。何とか使いどころを探しているのじゃが、何かいい案はないか」
島で作られる花火はかなり本格的なものなのだが、安全性を追求した結果、保存可能な期間が少々短いのだ。来年の花火大会に持ち越すことは出来ないのである。
「本来はストラーシャの内海が会場じゃったが、アホのローザが反対しているから仕方がない。別の場所でやるしかないのじゃが・・・」
「なるほど・・・」
月美は考えることにした。これはローザの考えを知る重要な糸口となるかも知れない。
「あの、浄令院様」
「何じゃ」
「ローザ様が花火大会に反対した理由は不明なんですの?」
「不明じゃ。というより、理由など無いのじゃろう。あいつは無知無能の類いではないが、完璧にアホじゃから、気まぐれでイベントを潰すのじゃ。私が辞書を編纂するなら、アホという項目の挿絵にローザの肖像を載せてやる」
いつも通り快調に毒舌を吐く浄令院会長は、両手で湯呑みを持ち、上品にほうじ茶を飲んだ。
ここで、月美と百合は顔を見合わせ、小さくうなずき合った。
「浄令院様、お願いがあるのですが」
「ん?」
「もう一度ローザ様に花火大会の件を要請して頂けませんか」
「何を言っている。あいつは言葉は通じるが話は通じない。頼むだけ無駄じゃ」
「条件の違う提案を、いくつか用意して欲しいんですの。打ち上げ場所や、時間、曜日なんかを」
「ん?」
浄令院会長は怜悧そうな半目でしばらく月美と百合の顔を見比べていたが、やがてそっと微笑んで言った。
「なるほど。さてはお前ら、何か企んでおるな?」
さすが浄令院会長である。
「じ、実は・・・」
月美は、百合をずっとビドゥの生徒のままでいさせたいと思っていること、そして協力してくれる仲間たちについても、全て浄令院会長に話した。百合も、今の生活を続けたいという思いを、ちょっぴり遠慮がちに、しかしハッキリと伝えた。浄令院会長は話の途中何度もうなずき、時折笑って、最後まで耳を傾けてくれた。
「なるほど、理解したぞ」
浄令院会長は座り直して腕を組んだ。
「しかしな、ローザはただの性悪で好色なアホじゃ。ストラーシャ学区の力を強めるため、という明確で合理的な目的のもとに百合を欲しがっているとは思えぬ。特に深い理由もなく百合を欲しがり、なんとなく保身のために学区の統一に反対し、ちょっとしたイジワルのつもりで花火大会も断ったに違いない。だからもし学区を統一できても、個人的に百合を欲しがるのは止めぬと思うぞ」
「は、はい・・・もしそうだったら、全部無駄な努力になるんですけど・・・」
「やるだけやってみるか?」
「はい。学区が統一されれば百合さんは狙われなくなる、そう信じて頑張るしかないですの」
「そうか」
「それで、もし花火大会に反対する明確な理由があった場合、それを特定できれば、ローザ様が学区の統一に反対している理由も分かるかも知れないんです」
「理由が同じだった場合はな」
「その可能性はありますわ」
「うむ。あいつが深く物事を考えているとは思えないが、もし理由あるとすれば、学園を乗っ取るつもりか、もしくは本当に宝でも狙っているのか・・・。アホの考えることは難しすぎて分からんのう」
浄令院会長は首を傾げながらも、楽しそうに笑った。
「しかし、花火大会の件をお前たちに相談したのは、やはり正解じゃった。アテナは真面目すぎてつまらんし、翼は発想がダサい。じゃがお前たちは、面白い。狂気が足りている」
「きょ、狂気ですの・・・?」
「そうじゃ。会話は絵画と同様、芸術じゃからな」
褒められているのか何なのかよく分からないお言葉である。
「よし分かった、いいじゃろう。花火大会の案を数パターン用意して、すぐに印刷してやる。ローザがもし開催を許す案があるのなら、その案はあいつの秘めたる野望の妨げにならない条件だったことになる。それを参考に推理していけば、学区の統一まで漕ぎつけられるかも知れぬ」
「はい! ありがとうございますわ!」
ちなみに、アヤギメ学区は和風なくせに最新の電気製品がたくさん導入されているため、書類の作成や印刷は、どこにいてもあっという間である。
浄令院会長はどこからともなく謎のタブレット端末を取り出し、作業を始めてくれた。
「そうじゃ百合、すまないが昇降口を見て来てくれないか? そろそろ荷物が届く時間なのじゃ」
「え? あ、はい。分かりました」
突然だが、百合は頼まれた通り、昇降口へ向かった。
すると、浄令院会長は畳の上を膝でとんとんと歩き、月美ににじり寄って来た。
「おい月美」
「あら、何ですの?」
そして彼女は月美の耳元で、こんな事を言ったのである。
「お前もしかして、百合のことが好きなのか?」
月美は言葉を失い、熱い恥じらいが心臓から頭頂部に向けてゾクゾクと駆けあがってくるのを感じた。
「ななな、何をおっしゃっていますの!? わわ、私はあくまで、友人としてっ!!」
「冗談じゃ冗談! お前の義理堅さを恋愛感情と混同しては失敬じゃったな!」
ひとしきり笑った後、浄令院会長は白い頬を月美に寄せ、クールに微笑んだ。
「しかしお前、見かけによらず熱い性格をしておるな」
それはお互い様である。
「友人として・・・当然のことをしているだけですわ・・・」
「うむ。これからも、百合をしっかり守ってやれ」
浄令院会長は、綺麗な手のひらで月美の頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。月美はとても恥ずかしかったが、胸の中はほっこり温かだった。月美が勇気を出す度、仲間がどんどん増えていく。
「それで・・・なんで青い小鳥がいますの・・・?」
「昇降口にいたの♪」
完成した書類を預かり、機馬車に戻った二人は、なぜか一緒に乗り込んだいつもの小鳥ちゃんと共に、いよいよストラーシャへ向かうことにした。アヤギメからの使者を月美たちがやるのは不自然だが、これも何か縁なので役目は果たさなければならない。
「月美ちゃん・・・」
「なんですの」
「いよいよ、ローザ様に会うんだね・・・」
百合は手の中の小鳥の頭を指先で撫でながら、ちょっぴり不安げにそう言った。
不安なのは月美も同じだったが、ここはお嬢様らしく、カッコよく励ましてあげたいところである。月美は敢えて外に目を向けながら言った。
「だ、大丈夫ですわ。ダメで元々の戦いですもの。思い切ってぶつかりましょう」
『ピヨ~♪』
「ピヨ~♪」
「・・・聞いてますの?」
「ふふっ♪」
小鳥の真似をしながら、百合はちょっぴり笑顔を取り戻した。
「浄令院会長もしつこいわねぇ。いいわ。花火大会、許可してあげる♪」
それはあまりにも意外な一言だった。
「え!? 今何とおっしゃいましたの?」
「許可してあげるって言ったのよ」
ストラーシャの生徒会寮の前のテラスで、水着姿のままココナッツジュースを飲んでいたローザは、月美と百合の来訪にも動じず、花火大会の案の書類5枚に目を通すと、すぐに首を縦に振ったのである。
「ど、どの案がいいとか、そういうご意見は・・・?」
「別に。どれでもいいわよ」
「打ち上げ場所や時間にご希望は・・・?」
「そんなの適当にアヤギメさんのほうで決めていいわ。月末にでもやりましょうよ♪」
月美と百合は少々動揺した。
やはりローザはきまぐれで花火大会に反対していたのだろうか。だとすると学区の統一に反対しているのにも大した理由は無く、百合を欲しがったのもただの趣味であるかのように思えてきてしまう。それでは学区統一を成し遂げてもきっと無意味だ。
「ねぇ~♪ そんなことより~、百合ちゃんあなた、またおっぱい大きくなったかしらぁ?」
月美は思い切ってローザに尋ねてみることにした。
「ローザ様!」
「あら、なぁに? 可愛い声出して♪」
「三つの学区を一つに統一するお話に、乗って下さるお積もりはありませんの?」
ローザは百合の頬に指先で触れながら、魔女のように妖艶に笑った。
「それはダメよ♪ 絶対に」
花火の件とは打って変わり、きっぱりと断ってきた。
口調だけはいつも通りのつかみどころの無いエッチなお姉さん風だったが、その奥には何か強い意志、信念のようなものが感じられた。
(間違いないですわ・・・ローザ様は、学区が統一されると困る何かがあるんですわ。だから学園一の美少女である百合さんを手に入れて、ストラーシャの力を強めようとしているんですわ・・・! 百合さんを手に入れる事は、何か大きな目的を達成するのための小さなステップに過ぎない・・・! この人は多分、アホの項目の挿絵で使っちゃいけないタイプの人ですわ!!)
月美はそう思った。
ここで、黙っていた百合は口を開いた。
「ローザ様に、大事なお願いがあります!」
「あら、なぁに?」
「来年以降も・・・来年以降も私、ビドゥ学区で生活したいんです! 許して頂けないでしょうか!」
百合は極めて率直に、自分の意思を表明した。月美も慌てて頭を下げ、「私からも、お願いしますわ!」と言葉を添えた。
ローザは驚いた様子もなく、イジワルなネコみたいな顔でジュースをちゅーちゅー吸った。
「あら~、それはダメよ♪ 約束は守って貰わなきゃ♪」
「お約束を破ろうとしている事に関しては申し訳ないと思っていますわ! けれど、百合さんの幸せのために、致し方ないと思ってますのよ!」
「あら、心外だわぁ♪ 私と一緒に暮らせば、きっと百合ちゃんは今より幸せになれるわよ♪ そう思わない?」
月美と百合はそれには答えず、頭を下げたままもう一度、「お願いします!」と声を上げた。
「そうなの。二人とも素直だから簡単に利用できると思ってたのに♪」
月美と百合はなんだかゾクッとした。
ローザは水着の上から真っ赤なパーカーを羽織った。
「私は学園一カワイイと言われる百合ちゃんをストラーシャ生徒会寮の住人にする、その意思を変えるつもりはないわ。交渉なんてしても無駄よ。寂しいから明日の太陽は二つがいいです、って祈るようなものだわ♪」
ローザは月美の顎をくいっと持ち上げるようにして、月美の瞳を覗き込んだ。
「イヤだったら全力で私に立ち向かいなさい。でも、私にだって譲れないものがあるから♪」
譲れないもの・・・その言葉は月美の胸の中でこだまして同心円状に広がった。そしてその揺らぎの向こう側に、月美は小さな光を見た気がした。
「わ、分かりました! 分かりましたわ! 12月31日まで、私たちは諦めず、あなたに挑みますわ!」
「せいぜい頑張りなさい♪」
「はい! 今日はもうこれで、失礼します!」
「バイバ~イ♪」
二人が乗り込んだ馬車が、長い陰を引きながら夕暮れ色の街角に消えていくのを、ローザは最後までじっと見つめていた。
「打ち上げ花火、楽しみだわぁ♪」
そして何事も無かったかのように、ジュースを飲みながら寮へ帰っていったのだった。




