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百合と何度もファーストキスを  作者: ささやか椎
第3章 田舎暮らし
105/126

105、危険人物

 

 花菱はなびし女学園の生徒会室には、赤いカーペットが敷かれている。


 よくエアコンが効いたその部屋には、大きな窓があり、遥かな太平洋の水平線や、眩しい入道雲が望めるのだ。


「あ! 鹿野里の子たちが来たわ!」

「今年も美菜先生いるかしら~」

「そういえば今年は、小学一年生と、転校生の六年生が増えてるらしいわよっ!」

「二人も増えてるの? どんな子かな~」


 窓際に集まり、眼下の駐車場を眺める4、5人の生徒会員たちが色めき立っている。

 すると、生徒会室の扉が静かに開いて、ポニーテールの美女が姿を現した。


「やあ皆。まもなく朝のホームルームだから、教室へ戻ったほうがいいよ」

「あ! つばさ会長! おはようございますっ」

「おはよう」

「鹿野里の子たち、たった今到着しました!」

「そうか。もう少し早ければ皆で挨拶に行けたのだが」

「無理そうですねぇ」

「うん。ホームルームの後、1時間目が始まる前に、私が代表して彼女たちに挨拶しておくよ」

「お願いします」

「うん。じゃあ、教室へ行こう。あと3分だ」

「は~い」


 会長は、他の生徒会メンバーが部屋から出るのを待ち、最後に電気を消してから廊下へ出た。


 花菱女学園の生徒会長は、つばさという名の高校3年生で、落ち着いた性格とボーイッシュな言動で、大変な人気がある。


「翼様! ごきげんよう」

「やあ、ごきげんよう」

「おはようございます翼会長!」

「おはよう」

「翼様ー! 今日も素敵ー!」

「あ、ありがとう」


 金色の巾木はばきで飾られた美しい廊下を歩く時、翼はいつもこんな感じでキャーキャー言われるのだ。


 翼はこの学園で最もモテる生徒と言って過言ではない。

 一番凄いのはバレンタインデーであり、当日の翼の周辺は、初詣の時の明治神宮くらい混雑するのだ。


 しかし、本人は日々の勉強と趣味の乗馬に打ち込んでいるため、恋はしていない。いつか運命の人に出会うのかもしれないが、それがいつになるのか、誰にも分からないわけである。2年後かもしれないし、今日かもしれないのだ。




 さてその頃、百合たちは、体育館やプールに併設された更衣棟に辿り着いた。


 更衣棟はちょっとした寮くらいの規模の施設であり、曲線が多様された柔らかいデザインと優しいベージュ色の玄関が、百合の胸を高鳴らせた。学園全体がテーマパークのようなお洒落で可愛い雰囲気だから、更衣棟も豪華で綺麗なのである。


「お邪魔するデース!」

「貸し切りだー!!」


 キャロリンや綺麗子は、既にこの更衣棟の勝手を知っており、迷わず靴を脱いでスリッパに履き替え、天井の高い廊下をパタパタと駆けていった。ちなみにここの廊下は靴下で歩くととてもサラサラしていて気持ちがいい。


 白木の靴箱のマスがたくさん並んでいるのを見た百合は、さりげなく振り返って月美に話しかけた。


「靴箱はどこ使ってもいいのかな?」

「ど、どこでもいいみたいですわよ。・・・い、いちいちかないで下さい」

「は~い♪」


 月美は今日もクールである。


「じゃあ、アテナちゃんも靴脱ごっか♪」

「うん」


 アテナはすっかり百合に懐いており、ここでようやく握っていた手を放してくれたくらいだ。


「どの靴箱に入れようかな~。アテナちゃんはどこにする?」

「んー」

「ここかな~? それともここかな~?」

「んー」

「あ! 一緒に入れる?」

「うんっ」

「じゃあ一緒に入れよう!」


 百合の冗談半分の提案をアテナは意外にも喜んで受け入れ、二人の可愛い運動靴が一つのマスに仲良く収まった。


(ぬぬ・・・アテナさん・・・随分百合さんと仲良しですわね・・・)


 月美は小学一年生のアテナちゃんにちょっぴり焼き餅を焼きながら、隅っこに自分の靴をしまった。




 百合たちは廊下を進み、いよいよ更衣室に着いた。


 明るいピンク色に統一されたこの更衣室は、教室2つ分くらいの広さがあり、一人一人のための仕切られたスペースがあるから、恥ずかしがり屋さんでも安心して着替えられる。しかも、個人スペースの一つ一つに温水シャワーが備え付けられているので、快適な水泳準備が可能である。


「皆、揃ってるね。じゃあ、好きなところで着替えて~!」


 美菜先生はそう言いながら、自分が真っ先に着替え始めた。ちなみに美菜先生の下着は、愛媛県に行った時に買ったミカン模様のブラジャーである。ショーツと合わせて2980円だ。


「私はどこで着替えよっかなぁ~」


 百合はわざと月美に聞こえるような声でそう独り言を言った。

 しかし、さすがの百合も月美の着替えを邪魔するような勇気はないから、今はイタズラを諦め、部屋のほぼ中央あたりにある更衣スペースを使うことにした。右隣にいるのは気弱な女子中学生、桃香ちゃんである。


「ゆ、百合ちゃん、シャワーの使い方とか、何か分からないことがあったら言ってね」

「ありがとう桃香さん、たぶん大丈夫だと思います!」

「あ!」


 薄い壁の向こうから、桃香がカゴか何かをひっくり返してしまった音が聞こえてきた。可愛い先輩である。


 さて、バッグから水着を取り出した百合は、さっそくシャツを脱ぎかけたが、その時背後に視線を感じた。


「百合」

「あ、アテナちゃん、どうかした?」


 百合のすぐ左側の更衣スペースで着替え始めたはずのアテナが、ウェスタンドアの隙間から百合を見つめていたのだ。


「アテナちゃん、もしかして、一緒がいい?」

「うん」

「じゃあ、おいで♪」


 アテナはまだ小学一年であるから、こんな風に甘えることもあるのだ。二人は布団一枚分くらいのスペースで、仲よく着替えたのである。


(ア、アテナさんったら! いつの間に百合さんとそんなに親しくなりましたの!)


 貴重品ロッカーの陰から、月美お嬢様は胸を焦がすのであった。




 さて、朝のホームルームを終えた翼会長は、外靴に履き替え、プールへ向かっていた。


(今頃、着替えているだろうか)


 翼はブレザーを肩に掛け、マントのように羽織っている。

 花菱女学園は究極のお嬢様学校なので、肌の日焼けを防ぐために夏用の軽量ブレザーが存在しているのだが、翼はいつもこんな風に袖を通さずに肩に軽く掛けているのだ。翼を敬愛する多くの少女たちがこのスタイルを真似している。


(風は涼しいが、今日も気温が上がりそうだな・・・)


 百日紅さるすべりの木々が、入道雲を担ぎ上げるように空へと枝を伸ばし、キツネの尾のように連なった赤い花を海風にふんわり揺らしている。


 並木道の木陰を歩く翼の姿は、西洋の時代劇のワンシーンのようで、混沌の世に善政を敷く孤高の女宰相さいしょうと言った趣である。赤レンガの学舎の窓から彼女を見つけた少女たちの歓声が、夏の日差しのように降り注いでくる。


(・・・キャーキャー言われるのは、少し苦手なんだけどなぁ)


 翼は少し寂しそうに苦笑いした。謙虚で庶民的な感覚を持っている彼女は、もっと静かな生活に憧れているのだが、それは叶わぬ願いかも知れない。


 翼の視線の先に、白く輝くプールサイドが見えてきた。

 水着姿の少女たちも何人か見える。まもなく体操を始めるようだ。


 翼は裏口から更衣棟に入り、短い階段を上がってプールへ向かった。ちなみにここのプールサイドは土足では入れないので、翼は靴と靴下を脱いだ。プールサイドはザラザラしており、朝の日差しに焼かれて既に結構熱い。


「美菜先生! ご無沙汰をしております!」

「あ! 翼ちゃーん!」

「おはようございますっ。ようこそ花菱へ」

「おはよー! お邪魔します~!」


 翼は美菜先生や柳生先生に挨拶をした。美菜先生は、迷わずにこの学園まで運転できたことや、車をいい感じで駐車できたことなどを自慢してきた。

 話していると、ほかの少女たちも翼の存在に気付くわけである。更衣棟から出てきたばかりのキャロリンが、シャワーで塗れた髪をタオルで拭きながら、翼に手を振ってきた。


「おー! 副会長デース!?」

「久しぶりだねキャロリンちゃん! 元気そうじゃないか」

「副会長も元気だったデース!?」


 中学生とは思えない大胆なビキニ姿のキャロリンが、翼に近寄ってきた。キャロリンから日焼け止めの甘い匂いがする。


「うん。少し暑さでバテているけどね。あと私、今は会長だよ」

「おー! 会長ぉ~! この学校の支配者デース!?」

「し、支配者ではないよ」

「会長も一緒に体操するデース?」

「いや、私は一時間目があるからすぐに帰るんだ」

「オー、ざんねーん」

「私も残念だよ。今日は楽しんでいってくれ!」

「ハーイ!」


 キャロリンが水泳帽を輪ゴム鉄砲のようにして翼に向かってピョーンと飛ばしてきたので、翼は笑いながら、それを同じように飛ばして彼女に返した。帽子の軌道は少し逸れ、プールサイドの中央へすっ飛んでいってしまい、綺麗子がそれを拾って頭に被ってしまった。


 笑いながら辺りを見回した翼は、月美お嬢様を見つけた。


(あ、月美ちゃんだ。もう6年生だっけ。随分背が伸びたなぁ)


 月美は翼に気付いておらず、そわそわしながら更衣棟のほうを何度も振り返っている。忙しそうなので話しかけるのはやめておいた。



 やがて翼は、非常に気になる人物を見つけた。


(ん・・・あの子は・・・?)


 翼の目を引いたのは、更衣棟から初々しい仕草で姿を現し、階段の下でキョロキョロしている幼い少女、アテナちゃんだった。


(なんか見覚えがあるような・・・。いや、でもどう見ても新一年生か。ということは、去年来ていないはずだ・・・)


 アテナは白い水玉模様が可愛い、ライトブルーの水着を着ており、更衣室からタオルや水筒を持って来てくれる百合を待っているのだ。しかし、プールサイドから聞こえてくるキャロリンたちの賑やかな声を耳にして、いても立ってもいられなくなったのか、アテナは少しずつ階段を上っていった。


(あ、こっちに来る・・・)


 翼は妙に緊張してしまったが、彼女に声を掛けてみようと思った。この学園の生徒会長として、爽やかに、愛想よく振舞うべきだろう。


「やあ、こんにちは」


 突然話しかけられて、アテナはびっくりしてしまった。

 窓の外に犬が通りかかった時の子猫のように、驚いて固まってしまったのである。


「あ、ごめん、驚かすつもりはなかったんだ。私は翼。キミは?」

「え・・・」


 知らない人に話しかけられて困惑してしまったアテナは、一歩後ずさりした。


「あっ、気を付けて!」


 ここは階段だから、後ろに下がると危ないわけである。案の定、アテナは小さな段差に驚いてフラついてしまった。


 すかさず翼は、持ち前の運動能力を発揮し、アテナの華奢な体を両腕で支えた。まるで王子様である。


 さて、本来であれば、翼は感謝されるべきかも知れないが、翼とアテナの運命はそう単純ではない。


「キミ、大丈夫かい?」


 翼がそう声を掛けると、アテナはパッと飛び退き、逃げるように階段の下まで駆けていってしまった。

 そして振り返ったアテナは、コタツを片付けられてしまった時の不機嫌な猫のようなジト~っとした眼差しを翼に送った。アテナは自分の胸の辺りを押さえている。


「・・・え?」


 翼は本当に不運であった。翼の手がほんの少しだけ、アテナの胸の辺りに当たっていたらしく、アテナは自分の胸を触られたと勘違いしてしまったのだ。


「・・・え? えええ!? ち、違う違う! 触ろうと思ったわけじゃないって!!」


 説明するより先に、アテナは更衣棟へ逃げ帰ってしまった。



「百合」

「なぁに?」

「不審者がいる」

「え?」


 アテナは無口な子だが、意外とハッキリと物を言う子でもある。


「突然話しかけられて、触られた」

「ど、どういうこと・・・?」


 驚いた百合はシャワー室から慌てて出てきた。


「えーと、アテナちゃん、それってこの学校の生徒さんじゃない?」

「うん。でも、すごく怪しい」

「そ、そうなの? 考えすぎだと思うけどなぁ~」

「絶対、不審者。危険人物」

「どれどれ、一緒に見にいってみよう~」


 百合はなるべく穏便に事が済むよう、軽い雰囲気を出しながら、アテナの手を握ってプールサイドに向かった。しかしアテナは怒った子犬みたいな顔をしている。


 階段の下まで来たところで、アテナが翼を指差した。


「あの人」

「えーと、あの人?」

「うん。今、私のタオル持ってる人」

「え?」


 偶然であるが、翼はこの時、階段に残されたアテナのプール用タオルを拾っていた。百合はほんの一瞬だけ「あれ、もしかして本当に危ない人かな?」と思ってしまったが、助けを求めるような翼の瞳を見て、状況をだいたい察した。


「い、いや、アテナちゃん、誤解だよぁ! たぶん拾ってくれただけだよ!」

「そ、そうなんだよ! その人の言う通りだ。私はただ拾っただけで・・・。しかもさっきのも誤解だ! ただその、体を支えるつもりだったんだ!」


 弁明してももう遅かった。アテナはすっかり翼のことを危険人物だと思い込み、軽蔑したような、冷たい視線を送った。

 動物園に来たお客さん達から「わ~レッサーパンダ~! こっち向いて~!」などと間違えて呼ばれたアライグマが時折こんな感じの白けた顔をしている。


(ど、どうしよう・・・! 最悪な第一印象になってしまったぁ!!)


 普段は少女たちの尊敬を一身に集める花菱女学園の生徒会長が、人生で初めて、不審者だと勘違いされた記念すべき出来事である。

 

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