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デール帝国の不機嫌な王子  作者: みすみ蓮華
デール帝国の不機嫌な王子
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罪深き好奇心 3

「……お断りします。貴方が何を企んでいるのかは知りませんが、貴方の思い通りになどさせません」


 ロアを睨みつけながら、マウリをかばうように手を広げ一歩後ろへ後ずさる。

 牽制をしながらもエイラは内心かなり焦りを感じていた。

 マウリの状態を考えれば一刻を争うのは明白だった。

 それに何故ロアがこんなところにいるのだろうか?

 もしかして作戦は失敗して、ライマールたちの身になにかあったのではないか?


 徐々に広がる不安から、つぅーっと一筋の汗が額からこぼれ落ちる。

 ロアはそのエイラの様子に気が付いているのかいないのか、首を傾げながら無邪気な様子でエイラを見上げていた。


「ワガママ言わないでよ。アイツにトドメ刺せなかったから急いでここを離れたいんだよ。着いて来れないのはそこのじーさんのせい? 死んでるなら後でいくらでも蘇生してあげるからさぁ。ね? いい子だからおとなしくついてきて」


 聞き捨てならない言葉に、エイラは目を見開いて顔色を悪くする。

 トドメを刺せなかったとは誰のことだろうか?

 見ればロアは傷一つ負った様子もない。

 本当にライマール達は負けてしまったのだろうか?

 苦しげなライマールの顔が脳裏に過ぎり、エイラは顔色を悪くする。


「トドメとは……一体なんの話ですか? ライマール様に何かしたんですか……?」

「ライマール? ……ああ! あのお兄ちゃん、本当はそんな名前なのか。そーそー。そのライマールサマ? ってのが、せんっまい部屋で雷投げてよこしたから突き返しただけだよ。やたら魔術師が城ん中彷徨いてて、どうしよもないからそのまま逃げてきちゃった。まぁ、生きてんじゃないの? ほっとけばそこのじーさんみたいにぽっくり逝きそうだったけど」

「ライマール様が……そんな……なんてことを……」


 革袋を握りしめながら、エイラは気が遠くなりそうになるのを必死で踏み留める。


(わたしのせいで、また大事な人が犠牲に……)


 意識すれば、背後では心なしかマウリの気配も先程よりも一段と弱くなっている気がした。

 信じたくない。信じられるわけがなかった。もし本当にそうであるなら、もう、正気を保っていられる自信なんてなかった。


「そんなの嘘です……ライマール様は絶対に大丈夫です。……あの方が死ぬなんてこと、あるはずがないんです……私は、マウリを助けないと……温泉、見つけたんです…」


 茫然と自分に言い聞かせるように、エイラは顔を蒼白にしてポツポツと呟く。

 おぼつかない足取りでロアの存在も忘れてしまったかのように、横をすり抜け、目的の場所へ向かおうと角を曲がる。


 ロアはそんなエイラの姿をパチパチと何度か瞬きをしながら興味深げに見送ると、しばらくして思い出したかのようにその後を追いかけ、エイラの腕を掴んだ。


「びっくりした。なにナチュラルに通り過ぎてんの?」

「離して下さい!! マウリはまだ死んでません!! 貴方の相手をしている場合ではないんです!!」

「そんなの僕には関係ないし。第一死んだってまた生き返らせればいいだけだって。人間はすぐ死んじゃうんだから、その方が長持ちして効率がいいじゃん」


 その言葉にカッとして、エイラは振り向きながら反動でロアの頬を思い切り引っ叩たく。

 なにが起こったのかわからない様子のロアに構わず、エイラは苛立ちを露わにしながら怒鳴りつけた。


「……貴方は……あの術に捕らわれた人の気持ちが判らないから、そのようなことを平気で言えるのです!! 死者を苦しめてまで一緒にいたいとは思いませんが、まだ生きる可能性のある人を諦めるなんてこと絶対にしません!」


 エイラは手を振り払って、温泉の流れていた岩壁まで全力で走った。

 大きく震える手でなんとか少しばかりの温泉を汲み取ると、また急いでマウリの元へと駆け寄る。


「マウリ、温泉です。今はこれだけですが飲んで下さい」


 グッタリとしたマウリの重い頭を抱え、エイラは必死でマウリの口元に湯を運んで行く。

 しかし震える手ではなかなか上手くいかず、その所為で余計に焦り、ポタポタとマウリの口端を湯が零れて行くばかりだった。


「マウリ、マウリ! お願いです。飲んで下さい。あぁ、どうすればいいの? 嫌です……折角再会できたのに、こんなの……マウリ、お願い……」


 どうしていいか判らず、ポロポロととめどなく涙が溢れ、エイラは嗚咽を吐きながら自分の無力さに苛立ちを感じる。

 目の前の大事な人一人助けられないのに、女王などとおこがましい。

 自分は人から奪うことしかできない存在だというのだろうか。

 嘆くエイラの後ろから、またロアが理解できないと眉を顰めエイラの背に声を掛けてくる。


「気が済んだ? 気付かれる前にそろそろ行こうよ。解んないなぁ〜。なんでそんなにこだわんの? そいつにしてみれば、死にかけてる今の状態の方が辛いんじゃないの? だったらいっそ殺した方がそいつの為じゃないの? 蘇生だってさぁ、結局自己満足なんだから、今してることも自己満足にすぎないでしょ?」

「自己、満足……? そんなこと!生きたいと思うのは生き物として普通のことです!!」

「そうかなぁ? 辛いんなら辛い思いをしてまで生きたくないって思うんじゃないの? 死にかけのやつ蘇生するのと僕がやってることの違いってなによ。それって本当にじーさんが望んでることなの?」

「それは……」


 ロアに問われ、エイラは言葉を失う。

 突き詰めてしまえば生きていて欲しいと願っているのはエイラ自身だ。

 思い返してみればマウリは再会した時から生きてここから出ることを望んでいなかった気がする。

 なら、本当に正しいことをするなら、ロアの言う通りマウリを楽にしてあげることなのだろうか?

 そんなはずはない。そう思うのに、弱った心ではキチンとした反論が思い浮かばない。


「ね、結局同じだって。大丈夫だよ。だいぶ精度は上がってきてるんだ。あの城の兵士達のおかげで色んなことが解ったし。喉のソレ(・・)、僕にくれたら悪いようにはしないさ」


 ハッとしてエイラは自分の喉元を押さえる。

 どこで知ったのかは判らないが、ロアの目的は始めから神の肉片にあったということなのだろう。

 迷いに揺れていたエイラの目が、途端に女王然とした気高さを取り戻す。


「身の程を弁えなさい。私利私欲のためだけに手にしていい物ではありません。貴方のような者に手渡すくらいなら今ここでこれを壊します」

「やめてよ。折角ここまできたのに。しょうがないなぁ。ちょっと眠っててよ」


 ロアはそう言ってマウリを抱えたエイラにゆっくりと手を伸ばし、右手に魔法文字を集めていく。

 エイラは反射的にその手から逃れようと、ロアを睨みつけながらも、マウリに縋りつく形で身を縮めた。


『レイラト……』

『穢れた手でリータに触れるな!!』


 ロアが呪文を紡ぎ始めたその時、聞き慣れた声と共にエイラとロアの間に強い閃光が走る。

 あまりの眩しさにロアとエイラは目を瞑り、その間に光の中から白く神々しい人影が姿を現す。

 怒りからか銀色に輝く白髪は炎の様に揺らめき、その瞳は眩しいくらいの金色に輝いていた。


 エイラはぼんやりとする視界を正そうと瞬きを繰り返し、自分をかばうように立ちはだかっているその背中に声をかける。


「ライ……マール様?」


 呼ばれたライマールは横目でチラリとエイラを確認すると、小さく頷き、再びロアを睨みつける。

 ロアも眩む目を押さえながら、忌々しそうにライマールを見上げ、困惑を顕に狼狽えていた。


「なんでお前ピンピンしてんだよ。どうしてここが判ったんだ!? 一体どんな魔法を使ったんだ!!」

『お前が通ってきた道を通っただけだ。俺の領域を堂々と通ったのが間違いだったな。お陰でお前が何者なのか理解できた』


 驚き、混乱するロアに、ライマールが腕を組みながらそう言えば、ロアはいよいよ顔色を悪くし、後ずさる。


「お前の領域? どういう意味だよ……お前、人間じゃないのか!? 一体なんなんだよ!!」

『答える義理はない。が、その身を持って俺の正体を知るだろう。その肉体、永劫使えぬようにしてくれる! ーー忌まわしき遺物(ピエルトネール)よ』


 ライマールの澄んだ声が迷宮に響き渡る。誰も知るはずのないその名を口にされ、ロアは驚愕に目を見開いたまま硬直する。

 刹那、何処からともなくぽたぽたと雨粒の様な水滴がロアの身に降り注ぐ。

 水滴はロアの身体に落ちると、音を立てながら蒸気を発し、落ちた場所から氷が張り付くように広がっていく。

 それはまるで炎を凍らせていくかの様な不思議な光景だった。

 ロアのこれまでの余裕のある表情とは打って変わって、顔面に恐怖の色を浮かべた。


「ひいぃ!! 水が! 水は嫌だ!! 死にたくない!!」


 涙すら浮かべていないものの、その表情は演技をしていた時とは違い、本気で畏怖している様子だった。

 ライマールは目を細め、喚くロアを侮蔑しながら低く唸る。


『死ぬだと? ふざけるな。お前如きが俺の領域に入れると思うな。お前は力の一部を消滅させた上で純粋な精霊(ロア)としてハイニアに縛り付けてやる。その魂が霧散するまで罪が消えると思うな』


 ライマールの裁きすら耳が届かない様子で発狂するロアは、やがて全身を氷で覆われ、動かなくなる。

 氷からは依然蒸気が立ち上り、ジュウジュウと音を立てながら凍ったそばから溶けていく。


 蒸発し、小さくなっていく氷と共に、ロアの姿も徐々に小さく溶け、やがて床には水溜りのみが残された。

 ライマールがその水溜りに手をかざすと、仄かに緋い小さな光が手の平に集まってくる。


『ーー神の浄化を(トトバーニグン)


 うずらの卵程の小さな光を両手で包み込むと、ライマールはポツポツと神の肉片に対して唱えていたのと同じ浄化の呪文を紡ぎ、その光を手放した。


『行け。お前の在るべき場所に』


 小さな光はふわふわと明かり窓を目指し、上へ上へと飛んでいく。

 弱々しく点滅を繰り返しながら、姿を変えられてしまったロアは、どこか寂しそうに空の彼方へ消えて行った。

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