王子の愛執、親子の妄執 3
「ギャアアアァァァァ!! ロアサマアァァァァ!!」
「イヤアァァァ!! タスケテ!! オカアサマァ!! アツイ!! アツイィィ!!」
母と娘は悲痛な叫び声を上げながらソファーから崩れ落ち、無残な姿へと変貌を遂げていく。
美しかった容貌は溶けるように爛れ、部屋中に堪え難い異臭を放ち始める。
トルドヴィンはあまりの光景に顔を顰め、鼻と口を押さえる。
目の前の少年を見れば、自分がした惨い仕打ちに興味がない様子で頬杖をついてその光景を眺めている。
(ここまで残虐なネクロマンサーは見たことがない……)
トルドヴィンがデールで相手にしてきたネクロマンサーは、あくまで探究か肉親への執着のどちらかでしかなかった。
遺体を道具のように扱う人間は無論これまでもいたが、ここまで躊躇なく残虐な行為ができる者など流石に居なかった。
しかも十二〜三歳程度の少年が、だ。
目の前の凄まじい光景に愕然として居ると、トルドヴィンのすぐ左隣からライマールの澄んだ声が響き渡る。
『神の援助を、神の裁きを』
ライマールが右手を差し出すように掲げ言葉を紡ぐと、シルディジア親子に向かって白い光の球がふわふわと流れていく。
小さな光は黒い炎に覆いかぶさって広がり、やがて親子を癒すように包み込んだ。
やがて炎は跡形もなく消え去り、無残な遺体は灰となり、光の中ではシルディジア夫人とソルテの姿が陽炎の様に揺らめいていた。
「これは……?」
「熱くない……。あぁ、お母様、見て、門が見えるわ。行かなくちゃ」
「そう、ね。行かなきゃいけない気がするわね。行きましょう。ソルテ、怖くない?」
「お母様が居るから私は平気よ。……あの、ありがとう」
苦痛から解放されたソルテが嬉しそうな笑顔でライマールにお礼を言うと、シルディジア夫人も穏やかな笑みを浮かべて頭を下げた。
『……言伝があるなら伝えてやる』
今にも消えそうな二人にライマールが言えば、夫人は目を見開いた後、涙を浮かべながらぎこちなく微笑んだ。
「夫に、愛していたと。ただそれだけを」
「私も大好きってお父様に」
『……分かった』
ライマールが頷くと、ホッとした様子で二人は徐々に空気の中に霧散する。
白い光と共に人の形が消え失せると、頬杖をついていたロアがゆっくりと立ち上がり、パン……パン……パンと冷めた拍手を叩きながらライマールに向き直った。
「へぇ……お兄さん凄いね。今のどうやったの? 僕も長く生きてるけど、あんな魔法は初めて見たや。ねぇ、それってやっぱり神獣の力なの? 僕にくれない?」
『黙れ。貴様は何者だ。リータを何処へやった。話す気がないなら今すぐ塵と変えてやる』
ギロリとロアを睨みつけつつも、ライマールは己の限界を感じ始めていた。
額には薄っすらと汗が滲み出ており、おそらく傍目でも顔色はあまりの良くないだろうと内心焦りを感じる。
ただでさえ最近力を酷使しすぎているのだ。一気に片をつけないとこちらの身が危ない。
トルドヴィンもライマールの体調に気付いているらしく、剣抜きながらライマールをかばうように前へと進み出た。
ロアはつまらなそうに肩を竦ませて両手を上げ、降参のポーズをとってみせる。
「やだなぁ、大人二人がかりじゃ流石に僕も勝てるわけないじゃない。そんなに女王の居場所が知りたいんだ? でもさ、殺されるって分かってるのに僕が言うと思う?」
『……なら今すぐ断罪してやろう!』
「殿下!!」
頭に血が上ったライマールは、トルドヴィンの静止も聞かずに腰に収めていた剣を抜き、ロアへと突進して行く。
『嘆きの雷』
左手を剣の刃に掲げ、魔法を紡げば、バチバチと音を立てて雷が剣の刃に宿る。
ライマールがロアめがけて一迅を横に振ると、横一線に雷が広がりロアに呆気なくぶち当たる。
「うああぁぁ!!」
雷は派手な音を立てながらロアの身体を焦がしていく……かに思えた。
しかし予想に反して、我が身を抱え、蹲りながら悲鳴を上げていたロアは、ニヤリと笑みを浮かべて、胸の辺りでライマールに放った雷を集めだした。
「……なーんちゃって。こんなの要らないから返すね」
『何っ!?』
ケロリとした様子のロアに、ライマールは目を見開いて態勢を立て直そうとする。
しかしロアの行動が僅かに早く、槍投げをするかのようにライマールの放った雷をロアは素手で投げ返してきた。
「殿下っ!!」
剣で受け身の体勢をとろうとしたものの、雷はライマールの胸を貫く。
トルドヴィンは慌てて駆け寄り、仰向けに倒れこむライマールを床に崩れ落ちる寸前で受け止め、顔を覗き込む。
ライマールは先程までの白い姿は解け、普段の黒髪へと戻った状態で完全に意識を失っていた。
「あーあ。どうせ唱えるならさっきみたいに凄い魔法唱えてくれればよかったのに。もしかして死んじゃった? ねぇ、その死体要らないなら僕にちょうだいよ」
こちらの都合はどうでもいいとでもいうように、ロアはトルドヴィンに向かって首を傾げてみせる。
トルドヴィンはライマールを抱えつつも片手で剣を構え、得体の知れない少年へと警戒を露わにする。
「お断りします。こんな方でも私にとっては守るべき主なんでね」
「ふーん。主……主か。懐かしい響きだね。どっかで聞いたなぁ? 思い出せないや。っと、もしかして外にもいっぱい魔術師がいる? いつの間に〜だね。僕を追い詰めるにはいい線行ってるよ。でも流石に分が悪いからまた今度遊んであげるね」
ヒラヒラと手を振りながらロアが立ち上がると、辛うじて意識を取り戻したライマールが「待て……」と、呻くような声を上げる。
ロアが驚いて振り返ると、気丈にも睨めつけてくるライマールと視線が合わさった。
「お兄さん死んでなかったの? 凄いね。普通人間なら死ぬと思うよ? それもやっぱり神獣の力なの? まぁ、また今度ね。今回はクロンヴァールの秘宝だけで我慢しとくよ」
「バイバイ〜」と、無邪気な笑みを浮かべながら、ロアは何処からともなく現れた風に巻かれるように姿を消す。
「リータを……かえ……せ…………」
力なくライマールが最後にそう呟いて意識を手放した所で、ようやく到着した後発隊の魔術師が部屋の中へと雪崩れ込んできた。




