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デール帝国の不機嫌な王子  作者: みすみ蓮華
デール帝国の不機嫌な王子
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呪の泉 8

 トルドヴィンは動けそうもないガランをチラリと見た後、警戒しつつも破片へと近寄る。

 割れた破片を掻き集めガランの元へと持って行けば、ガランは大きめの破片を一つ一つを手に取り眺め、組み合わせていく。

 さほど苦労もせずに組み上がった桶の側面には、クロンヴァールの紋章と(おぼ)しき、山を抱え込んだドラゴンの細工が浮かび上がった。


 それを見てガランは「はて?」と首を捻る。


「クロンヴァール家の紋章ですか〜? うーん? ううーん?」


 仕切りに首を捻るガランに、トルドヴィンも首を傾げ、同じ方向から紋章を見ようとガランの背後に回り込む。


「何かあるのかい? 見たところなんの変哲もない紋章に見えますが?」

「いえいえ〜。なーんか変ですよ〜これ〜。でも何が変なんですかねぇ〜?」


 浮き出る様に細工されたドラゴンと山肌を指先でなぞりながら、しげしげと一つ一つ観察してく。

 細工自体は職人による素晴らしい逸品だということは間違いないのだが、確かにここから"呪"が出て来ていた痕跡がガランの目にははっきり見えていた。

 しかしなぜそんなことが起こったのかという原因がイマイチ判らない。


「こうすればわかるだろう」


 そう言ってライマールは湯をすくうと桶の上にばしゃりと湯をかける。

 すると細工周りに傷があったのか、掛けた湯がその隙間に入り込み、ぼんやりと赤い文字が浮かび上がった。

 しかし割れているせいか、その状態を維持出来ずに文字は一瞬にして消えてしまう。


「おお〜これは間違いなく呪印ですねぇ〜。全てつなぎ合わせれば魔法陣が出来上がりますよ〜。凝ってますねぇ〜」

「この桶が錠前なら湯は鍵だ。ひとつでも桶が濡れたなら、全ての桶に刻まれた魔法陣が発動する仕掛けになっている」


 故に湯が鍵ならば、浴槽の中に細工が施されているわけがない。と、ライマールは続けた。


「なるほど? しかし解せませんねぇ。これだけ大掛かりな仕掛けが発動したのであれば私の部下も流石に皆気づく筈ですよ」

「そうですね〜。これは"呪"を生み出す魔法陣でしかないですから〜、なにか別の罠が仕掛けられていた筈です〜……あれ〜? この魔法陣〜、そもそもどうやって〜"呪"を生み出しているんですかねぇ〜?」

「これ自体は転送陣を改良した魔法陣になってる。おそらく別の場所で保管している"呪"を召喚しているだけだ。流石に人は通れないだろうが」

「だとすると相当量の"呪"が何処かに保管されているってことですか? 一体どうやってそんな量の"呪"を……あまり考えたくないですねぇ」


 普通ならば"呪"は死ぬ直前の人間から採取し、保管する。

 あれだけの量となると町一つ分の遺体では足りないだろう。

 おそらくはエイラから放出されていた"呪"を採取していたに違いない。

 半年ともなれば相当量が貯まっている筈だ。


(いずれそれも見つけ出して、全て処分しなければならない。しかしまずは……)


 忌々しげに唇を噛み締めると、ライマールは無言で湯船から立ち上がる。

 石柱に掛けていた服を取ると、二人に構わず、浴場から脱衣所へとスタスタと歩き出す。

 唐突に動き出したライマールを見て、ガランとトルドヴィンは慌ててその後を追いかける。


 ライマールは服をカゴの中に入れると、バスタオルへと手を伸ばし、濡れた体を拭きながら仮説を立てた。

「騎士たちが"呪"に気づかなかった仕掛けは、この部屋にあった筈だ。が、今はないだろう」

「脱衣所に? 今はないとはどういうことですか?」

「あ〜〜、わかりましたよぉ〜。それこそココに香があったのではないですか〜? 目くらましなのか〜忘却なのかはわかりませんが〜、幻術系の魔術と考えれば〜エイラ様の証言された香だと考えるのがしっくりきます〜」


 幻術魔法を使用する際に、香はとてもオーソドックスな魔術具のひとつだ。

 特に専門知識がなくとも簡単に扱えるため、デール帝国では販売を禁止されているが、竜の国の西に位置するベルン連邦では、比較的簡単に手に入る物だった。


「今香が炊かれていないのは、単純に浴室が使われる予定の時間帯ではないからだろう。香を炊いたのが呼びに来た侍従と考えれば筋は通る」


 兵士達が入浴を終えた後は、火事にならないように香を炊いた侍従がそれを回収。ともすればこの部屋に今その香がある筈もないのだ。


「香炉くらいは探せば出てくるかもしれんが、"呪"に直接関わる物でもないし効果は薄い筈だ。今は放っておいていい」

「しかしまさかデールの来賓である私達をねらうとはねぇ……これは勘付かれていると考えた方がいいのかな?」

「断言はできないな。呪印が刻まれていたのは桶だ。以前からあった物と考えれば、突然の来客で処分するわけにもいかなかったとも考えられる。この国では木材は貴重らしいからな」

「ふぅむ」


 おそらく他の浴室にも同じ仕掛けがあるに違いない。

 人が無防備になる場所で城に住む人間誰もが使う場所を狙ったと考えれば、彼らにとって浴室は効率のいい場所だったのだろう。


「エイラ様〜、大丈夫ですかねぇ〜? 全ての浴室に同じ仕掛けがあったのならば〜、今一番無防備なのは〜、エイラ様のような気がするんですが〜? 一度術にかかっていますし〜、試薬だけでは心許ない気がします〜」


 心配そうな顔で言うガランの一言に、トルドヴィンは顔色を変える。

 思い出したのは先程まで言うか言うまいか悩んでいた会食時のエイラの白く濁った瞳だった。


 やはり話すべきだろうかと俯くトルドヴィンを他所に、着替え終えたライマールが、タオルを籠へと放り投げ、少し陰りのある顔で「問題ない」と、呟いた。


「原因が明確で無かった時点で、ある程度は想定して薬を多めに持たせている。今日中にカタをつければ、解呪の時よりは辛い思いをさせることにはならないはずだ」


 そう言ったものの、心配であることには変わりなかった。

 この先結婚する未来は確実にある。

 だからと言ってエイラの身に何も起こらないという保証もない。

 今回の作戦で何が起こるのかライマールは事前に何も見ていない。

 回避出来ないなにかを視てしまうのではと思うと、恐ろしくてたまらなかった。


「殿下、実は……いや、浴室の桶はどうしましょうか、あれだけ派手に壊してしまいましたから、すぐに露見しますよ?」

「それなら〜、部下達が喧嘩して暴れまわって〜とか言って〜、謝罪すればいいんじゃないですか〜? 心象は悪くなるでしょうが〜、包囲するまで疑われないようにすればいいだけですし〜」

「その辺はお前に任せる。それよりそろそろ出るぞ。流石に城の人間が動き出している頃だろう。俺はともかくガランは騎士たちの所に身を隠しておいた方がいいしな」


 浴室から外の様子を伺うことはできないがいい頃合いなのは確かだった。

 結局トルドヴィンは最後までエイラのことを伝えられぬまま浴室を後にする。


 前を歩くライマール背を見ながら、最悪の事態を想定して対策を練っておいた方がいいかもしれないと、トルドヴィンは誰にも悟られないように表情を硬く引き締め直した。

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