呪の泉 3
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トルドヴィンとライマールたちは案内された部屋で荷を解くと、怪しまれないように城内はうろつかず、各々極力客室で過ごすことにした。
日も傾き始めた所で、一度トルドヴィンから全員に招集がかかる。
第一部隊の騎士たちが全員室内に入ったのを確認すると、ライマールは最後に部屋に入る前に、念入りに周りを警戒し、防音の魔法を部屋に施した。
大きなラグの敷かれた床に皆で円陣を組む形で座り込むと、トルドヴィンはライマールが描いた王宮内部の地図を広げる。
改めて見返すと、その地図の正確さに感心よりも先に、やはり多くの疑問が湧いてくる。
しかし今やるべきことは疑問の追求ではなく、今後の身の振り方だとトルドヴィンは思いなおり、部下達に説明を開始する。
「今朝方も説明したけど、今夜動くのは私と殿下、イグルーとウェストンの四人。他の者は自室で待機。何かあった時はゴダンズに従うように。ゴダンズ、君には女王陛下より預かった竜の角笛を預けておくよ。最悪の場合はこれを使ってドラゴンを呼び、本陣と合流して下さいね。以降はケルスガー姉弟が対応してくれるでしょう。あぁ、それと笛は一度しか使えないらしいから丁寧に扱うようにね」
ゴダンズと呼ばれた青年は、神妙な顔つきで頷きながらトルドヴィンから笛を受け取る。
細い木の枝の形をした、七色に光る小さな笛は、名こそ竜の角笛と呼ばれているが、ハイニアの聖地にのみ生える、七色の広葉樹から採取される貴重な枝でできた笛だ。
細い枝の中は藁のように空洞にになっていて、一度笛として使ってしまうと、もろく崩れさってしまうほどとても繊細な笛らしい。
「その笛を使わずに済むように我々も細心の注意を払わないとね。特に殿下の安全は最優先で確保するよ。なんと仰ろうと、殿下の身の安全だけは、たとえ女王陛下の御身になにがあろうとも優先させて頂きますので、殿下もそのおつもりでいてくださいね」
「……好きにしろ。だが俺もジッとしているつもりはない」
ムッとしながら返事をするライマールに、トルドヴィンはニッコリと笑顔を返す。
惚れた女を守りたいと思うこの王子の気持ちもわからないでもないが、あくまで他国の問題でしかない。
問題児とはいえ王子の身になにかあれば、この国の国民は色々な意味で無事ではいられないだろう。
トルドヴィン達にとって守るべきは帝国民であり、更にその上に立つバルフ・ラスキン家なのだ。
非情な話ではあるが、ライマールが掲げている名目だけでは、他国の問題まで面倒を見る義理もなければ、義務もないのである。
「単独行動は控えて下さいね? 殿下。……あぁ、この言い方は殿下相手では駄目ですね。単独行動は絶対にやめて下さいね? 殿下」
釘さしに嫌味も交えてトルドヴィンが笑顔のまま言えば、ライマールは殊更嫌そうな顔をする。
バツが悪そうに膝上で肘をつきながら、ライマールは地図へと視線を移す。
竜の城自体は円形なものの、宮殿部の各部屋は基本的に四角い構造となっている。
宮殿部は全部で五階層に分かれていて、階層毎に構造が変わり、円内部の様々な場所に、分かれ道や扉があるのだが、塔の外周に扉がある部屋に関しては、一律移動用の魔法陣のある部屋となっていて、その先は一部を除き、扉のない特殊な部屋へと繋がっている。
例えば客室のある二階層を大まかな図面にすると、塔の中央から東西南北へと外周へ向かって十字路が伸び、廊下を隔てた左右の壁には客室が奧まで続いている。
更に十字路の先端には、同階層の別の方角へ繋がる魔法陣が、円の中心部分には一階層と三階層へ移動する為の魔法陣が設置されている。
外周の廊下は、円状に一周して全てが繋がっているわけではなく、場所によっては道が途切れていたりとその構造は意外と複雑な造りをしているといえる。
城下町に行く場合は、一階層のエントランスホールから、北の方角にある王宮門を一度出る必要がある。
エイラの生活空間となる四階層へ行く場合は、一階のエントランスの螺旋階段を登り、中央の部屋の中にある、四階の謁見室へ続く魔法陣、もしくは、三階層の南東、外周付近にある部屋へと入り、関係者専用の魔法陣を用いるようになっている。
因みにエイラが以前使用した、自室のベランダにある緊急脱出用の魔法陣は、三階層東側の庭園へ繋がっていて一方通行となっているため、そこから四階層へ行くことはできない。
ライマール達が案内された客室は、賓客階と呼ばれる二階層の南西に位置する一画だった。
一つ上の三階層は執務室や会議室といった政務を行う階層となっており、シルディジア夫人に最初に案内された応接室も、この階層のやや北東の場所にある。
「やつらがどの部屋で寝泊まりしているかまでは流石にわからん。故に奇襲は昼に行う必要がある。退路を断つためにも所在がはっきりしてる時間帯がいい」
そう言いながらライマールは三階層の見取り図を指差す。
「先程通された応接室は三階の北東付近。事情聴取の名目で夫人だけでなく、その娘、息子もなんとかこの部屋におびき寄せる。トルドヴィンと俺が話し合いの席につく間に、お前達は宮殿内に居る全ての兵士を制圧しなければならない。下手に勘付かれれば、操られている人間が死ぬと思え」
理想を言えばトルドヴィンだけが話し合いの場に出て、ライマールが裏で指揮を取るのが最もスムーズに作戦が運ぶのであろう。
だが万が一にも勘付かれた場合、魔術師ではないトルドヴィンでは処理しきれない可能性が高く、リスクが大きいと判断した。
通常のネクロマンサーならば何も心配はいらなかったのだが、今回の相手は普段討伐しているネクロマンサーとは違い、生きた人間を操っている特殊なネクロマンサーだ。敵対するのに相手の実力が未知数な以上、出来うる限り慎重な道を選ぶことにした。
ライマールの発した一言で、室内に微かに緊張が走る。
「つなげる魔法陣は警備が比較的手薄な、ここ二階の西側の魔法陣だ。余裕があれば東側も繋げたいところだが、計測と計算に時間がかかる。おそらく一箇所が限界だろう」
渋い顔でライマールは腕を組む。
魔法陣は二箇所使えた方が効率がいい。
東と西で挟みこめれば逃げられる可能性はぐんと減る筈なのだが、なにしろ時間が足りないので、ここは妥協するしかない。
「無論ここにも警備兵はいるが、奴らも常時人を操っているわけではないはずだ。その隙を狙う。時間帯は……二時頃がいいな」
ライマールの瞳がゆらりと金色に輝くと、兵士達はその瞳に吸い込まれるかのように魅入られる。
トルドヴィンはチラリとその瞳を確認した後、何も見ていないかのように、地図へと視線を戻し口を開いた。
「それでしたら一度南の方へ抜けて外周を通る方向で行きましょうか。警備がデールよりも手薄とはいえ、人目を避けるに越したことはありませんしね」
「異存ない。それと計測の際にはガランと連絡を取ることになっている。外で遮音の結界を張るのは不可能だ。俺が計測中は周囲の警戒を怠るな」
ライマールが一人一人に目配せすると、皆一様に頷いて答えた。
最後にトルドヴィンと視線が合うと、トルドヴィンも同じ様に頷き、部下達に向かって口を開く。
「んじゃ、明日の作戦合図はゴダンズに一任するよ。なにか質問がなければこれで解散!」




