傍迷惑な前哨戦 1
=====
エイラが自室で悩みに悩んでいる頃、食事を運び終えたライマールは、混合部隊の責任者が集まる部屋へと戻ってきていた。
少しだけ瞼が染まったライマールに、一同呆れながらもそれを口にはせず、今後のための計画の再確認へと移行する。
特に急遽参加することになった、アスベルグ騎士団の副隊長トルドヴィン・クーベを含める騎士達は、竜の国の現状を未だに知らされていない状態だった。
ライマールが席を外している間、ギリファンが渋々ながらも掻い摘んで説明し、トルドヴィンは内心驚きながらも神妙に説明を受けていた。
ライマールが戻ったことで、改めて詳しい状況説明がなされたが、トルドヴィンの表情は険しく雲っていた。
「大体の事情は判りましたし、制圧自体はまぁ、聞いている限りそう難しくはないでしょうねぇ。けどねぇ……護衛の名目で組まれた少数部隊とはいえ、魔術師、騎士併せて二百、内四分の三がアスベルグの部隊でしょ? 私が言うのもなんですが、口止めはかなり難しいかと思いますよ」
もちろん箝口令は厳重に敷くつもりではある。
だが組まれた部隊の一部には、魔術師に対してかなりの反感を持ったもの達も含まれている。
今回の護衛も、体面上兵士を付けないわけにはいかないという配慮の元で組まれており、副団長であるトルドヴィンが参加することになったのも、そういった理由からだった。
「ッハ! 騎士が聞いて呆れるな。お前の部下はどれだけ口が軽いんだ? 主人の頭が軽いと部下までそうなるってことか」
「はぁ〜。ファーはいいですね〜。頭を使わずとも部下が少ないから苦労する必要がない。いや〜本当羨ましいなぁ!」
バチバチと火花を散らすギリファンとトルドヴィンに「まぁまぁ〜」と、のほほんとしてガランが二人を宥める。
「そうですねぇ〜。うちの部隊は五十名程ですか〜。まぁ〜、元々外界との関わりが少ないですし〜、業務上、機密処理には慣れてますから〜、確かに〜、騎士団の皆さんより〜、箝口には自信がありますねぇ〜。あー。そこを突けば〜、案外簡単かもしれませんよ〜?」
「どういうことだ?」
どこか楽しそうにガランがいえば、アダルベルトが不可解そうに眉を顰め質問を返す。
トルドヴィンとギリファンも睨み合いを止め、ガランへと注目すれば、ガランはマイペースに「良いですか〜?」と話し始める。
「箝口令を敷く時に〜、姉さんと義兄さんで〜、いつも通り喧嘩でもすれば良いんですよ〜。お前の部隊は口が軽そうだな〜とか〜、そういう魔術師は信用ならないから〜、とかなんとか言って〜。それだけで〜、絶対双方口を噤みますよ〜」
そこへ、なるほど〜。と、メルがガランに相槌を打つ。
「双方のプライドを突くんですね。確かにどっちもプライドだけは高いですからね。流石兄さんです! 冴えてます!!」
なるほどな……と、アダルベルトとライマールも相槌を打てば、喧嘩をしていた当人達が面を喰らう。
そしてハッとしたようにギリファンは首を振り、「却下だ!」と、顔を真っ赤にして声を上げた。
「何が冴えてるだ!! こいつと口を聞くのも寒気がすると言うのに、馬鹿か! アホか! そしてまたさりげなく奴を義兄さんと呼ぶな!!」
「おやぁ? 魔術師の副団長殿はこの作戦は無理だとおっしゃるのか。あー、まー仕方ないですねぇ。ファーに演技なんて高等な事が出来るわけがなかった。すみません。私の配慮不足でしたね」
ニッコリ微笑んでトルドヴィンが言えば、逆鱗に触れた様にギリファンはテーブルを叩き、立ち上がる。
「ふざけるな!! 貴様に出来て私に出来ないことがあるわけがないだろうが!!」
「いえいえ〜? 無理は良くないと思いますよ? 殿下、別の案を考えましょう」
「馬鹿を言え! ライム!! 見ていろ! 私は必ずやり遂げて見せるからなっ!!」
ものの見事に煽られるギリファンの気迫に気圧されながら、ライマールは「ああ……」と引き気味に答える。
チラリとトルドヴィンへと視線を送れば、ニッコリとライマールに黙礼した。
ライマールは少し面を食らった顔をしてから、気を取り直し「そうだな」と呟く。
「箝口令の事はお前達の力量に任せるとして、明日の予定とその後の段取りについて話すぞ」
ライマールの言葉に、一同は改めて気を引き締めて神妙に頷く。
皆の意思を確認する様に見渡すと、ライマールは宿の小さな円卓に真っ白な紙を広げ、青いインクでサラサラと簡素な山脈と大きな塔の絵を描き記した。
「明日は竜の山脈の山頂を目指す。天候や隊の都合によってはそれ以上掛かるかもしれないが、出来うる限り一日でそれを行う。そのためにまずガランの班が先発隊として、四時間早くここを経つ。ガラン」
「はい〜。えー、我々がまず先へ進みまして〜、転送陣を配置して歩きます〜。高低差のある場所なので〜若干時間は〜掛かるかもしれませんが〜、順調に行けば〜、半日程で頂上に着くかと思われます〜」
ライマールの指示にガランがのんびりと答えれば、アダルベルトとトルドヴィンが瞠目する。
「半日だと!? バカなっ! 貴様ら山を舐めすぎだろう!! 我ら騎士団が演習の際にどれだけの日数を掛けて登頂を行うと思っている!半合登るだけでも二日はかかるのだぞ!」
ふるふると毛を逆立てながらアダルベルトが言えば、ギリファンが呆れたように肩を落としてアダルベルトを一瞥した。
「だからお前達は脳筋だというんだ。言っておくが、お前達が必死で演習をしているのを我々は昼前に城を出て、毎度頂上で植物採取しながらよくやるなぁと眺めて、夕方には帰城している」
「はぁ!?」
流石にその事実は知らなかったようで、普段動揺など微塵も見せないトルドヴィンすらも、ギリファンの話に驚愕した。
ギリファンはその反応にとても満足そうに、ニヤリと微笑み胸を張る。
騎士団が出払っている時を狙って、まさか魔術師副団長自らそんなことをしていたなど誰が予想できただろうか。
一体誰がけしかけたのかとトルドヴィンが少々物言いたげにチラリとライマールを見れば、ライマールはその視線に気付かないフリをして、ガランに問いかける。
「因みに転送陣は何箇所設置するつもりだ」
「そうですねぇ〜。騎士団と魔術師だけなら〜三箇所くらいで問題はないのでしょうが〜、エイラ様がいらっしゃいますから〜なるべく急激な登頂にならないように配慮して〜、五箇所ほどになる予定です〜」
ギリファンの問いにガランが答えれば、ライマールは分かったと頷き話を続ける。
「頂上に着いたら明日はそこで一泊する。翌日は二手に分かれて先発隊が一気に城を目指し、後発隊の進路を整える。後発隊は先発隊の合図を待ち、翌日全員で城を制圧する」
「一気にですか? 山を降りるのに同じ方法を用いたとしても、丸一日はかかるんじゃぁないですかねぇ? それにですよ、彼の国の城はドラゴンの力なしでは登り切るのに、たしかひと月以上掛かるんじゃなかったでしたっけ? 女王陛下にご協力頂いたとしても、この人数をドラゴンに運んでもらうのは流石に不可能なんじゃないですかねぇ?」
トルドヴィンの最もな疑問に、ウンウンと誰もが頷く。
するとライマールは静かに目を伏せた後、再びゆっくりと目を開けると、キラキラと金色の光を瞳に携えながら、塔の絵の下に詳細な図解を記していく。
城の上層部の構造から内部に配置されている古い魔法陣まで、一心不乱に何かに取り憑かれたかのように描き留めるライマールに一同は唖然とその光景を凝視した。
特にトルドヴィンは初めて見る王子の姿に目を瞠り、呆然と青い文字と絵で埋められていく用紙を見つめ続けた。
それに気がついて真っ青な顔で頭を抱え叫んだのは、やはりというかメル以外にいなかった。




