無自覚自覚 4
予想外のライマールの表情に、エイラは呆気にとられ、泣くのを忘れる。
なぜライマールが泣いているのだろうかとエイラが硬直する中、ライマールはエイラの涙を拭い、その両頬を両手で包んだ。
「いい、俺が許す。リータが逃げたいなら、地の果てだって連れてってやる。助けたい人間がいるなら、俺が助けてやる。お前が望むなら俺がずっとそばにいる」
涙を流しながらも、力強く、ハッキリとライマールはエイラに告げた。
意思の篭った紫色の瞳を見つめながら、エイラは予想していなかった言葉に戸惑い、恐る恐ると口を開く。
「どうし……ぅんっ!?」
直後、全てを言い終わる前に、エイラの口元に強い圧力がかかる。
エイラは目を見開いたまま、自分の置かれた状況が理解出来ずに、とうとう思考を停止させてしまう。
そんなエイラの反応など構わず、ライマールは愛おしいと言わんばかりにその行為を繰り返す。
何度も何度も啄ばむように繰り返される行為に、エイラの口から苦しげな熱を帯びた甘い吐息が漏れる。
クラクラとする感覚に耐えられず、エイラはとうとう目を伏せ、ライマールに身を預けた。
食べられてしまうのではないかと思うほど、激しい熱に襲われ、意識が遠のき始めた頃、ライマールはようやくエイラを解放した。
グッタリとして涙を浮かべ、頬を上気させながら、エイラはようやくそこでキスをされていたのだと認識し、途端に恥ずかしくなって俯こうとする。
しかしライマールがそれを許さず、両手でしっかりと頭を挟み込んで、顔を覗き込みながら、真剣な面持ちで、切なげにエイラに訴えかけてきた。
「リータ、俺はリータが好きだ。愛している。強くなくていい。そのままのお前が好きなんだ。俺が好きなのは竜の国の女王ではない。エイラ・リータ・クロンヴァールという名前の一人の女だ。他の誰がなんと言おうと、お前がどう思おうと、それだけはずっと変わらない」
身動きが取れないまま、エイラはライマールの実直な気持ちに触れ、これまでにないくらい、顔面を紅潮させる。
直前までの悩みすら忘れてしまうほどの衝撃に、思考が停止したまま返事を返せずにいると、ライマールも自分のとった行動と、口にした台詞が大胆だったことに今更気がついたのか、仄かに頬を染めて、それを誤魔化しながらまた軽くエイラにキスを落とした。
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二人が目を腫らして真っ赤な顔で宿に帰って来たのは、失踪してから二時間後のことだった。
流石に帰りはエイラの体調も考えて、ライマールが転移を使うことを躊躇ったため、戻るのに時間がかかってしまったのだ。
当然ライマールはギリファンやメル、アダルベルトから大目玉を喰らう羽目になったのだが、ガランとトルドヴィンは二人の様子を興味深げに眺めていた。
用意された簡素な部屋にエイラは一人戻ると、どこかぼぅっとしたままベッドの上に座り込む。
「こういうのを刷り込みと言うのでしょうか?」
頬を押さえながら誰もいない部屋で、ぽつりと疑問を呟く。
先程自分の身に起こったことや、ライマールに言われた言葉を思い出し、また鼓動が早くなる。
確実に絆されているのだと、エイラは無意識に枕へと手を伸ばして、ギュッと抱え込んで顔を埋めた。
この感情が、果たして正しい恋なのか愛なのかさっぱり分からない。
ただ、言えることは、いつの間にかライマールを意識するようになっているということだ。
夫婦となる相手なのだから悪いことではない筈だ。
しかしただ流されているだけなら、ライマールに対してあまりにも失礼なのではないだろうか?
それとも自分は本当に彼のことが好きなのだろうか?
彼の優しさに甘えているだけでは?
堂々巡りでそんなことを悶々と考えているうちに、また先程のことを思い出す。
自分とは別の、少しだけ固い唇の感触を思い出し、エイラはまたボッと顔から火を噴き出して、のたうち回る。
枕を力いっぱい抱きしめて、足をバタバタとバタつかせていれば、コンコンと部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。
「は、はいっ」
「俺だ。食事を持ってきた」
エイラが上擦った声で慌てて返事を返せば、先程までそばで聞いていた、低く、心地の良い声聞こえてくる。
思いがけない来客に、エイラはビクリと体を震わせ、枕をギュッと抱きしめたまま、恐る恐ると扉を開けた。
扉を開けるとすぐ目の前に、トレイを抱えたライマールが訝しげにエイラを見下ろしてきた。
「寝る所だったのか?」
「えっ?……あっ、違うんです! これはそのっ……」
首を傾げるライマールの視線が、手にしていた枕へ向けられているのに気がついて、エイラは慌てて枕を後ろ手に隠す。
真っ赤になって俯くエイラを少々不審に思ったらしく、ライマールは眉間にシワを寄せて何かを考える。
しかしすぐに「まぁいい」と呟いて、食事の乗せられたトレイを近くにあった小さな円卓へと乗せ、エイラに向き直った。
「寝るのは構わないが、少しだけでも食事はとっておけ。明日からは体力を使うことになる。休養も大事だが、栄養も取っておかなければすぐにバテる」
「……はい。その、ありがとうございます」
俯きながらエイラが返事を返せば、ライマールは満足そうに頷いて目を細める。
エイラの頭を撫でると、その額にキスを落とし「寂しかったらいつでも呼べ」と、一言残して早々に部屋を出て行った。
ライマールが出て行ったところで、エイラは後ろ手に隠していた枕をボトリと落としてまた硬直する。
「こんなの反則です……」
呟いて、真っ赤な顔でそのまましゃがみこむと、エイラは膝に顔を埋めて破裂しそうな心臓に必死で耐え忍んだ。




