不器用な思いやり 10
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エイラがまだクロドゥルフと婚約するよりもずっと前のこと。
三五〇年前の戦争の爪痕はウイニーだけに留まらず、デール、リン・プ・リエンの両国は元より、戦争終結に一役買った、竜の国のドラゴン達にも大きな被害が及んでいた。
長寿命で個体数の少ないドラゴン族は、元々若いドラゴンが少なかった上に、繁殖力も数百年に一度、一〜二頭生まれればいい方というほど非常に希少な種族だった。
そのドラゴン達は、先の戦争でただでさえ少ない個体数を激減させ、このままでは絶滅する危機に瀕していた。
その中でも長老に位置する王の竜は、次代に引き継ぎをする時期に入ろうという重要な時期に立たされていた。
竜の山脈からクロンヴァール王の住む城へ、王の竜が自ら姿を現したのはエイラの兄エディロが産まれた翌日だった。
王の竜は、若きクロンヴァール王の前で姿を人へと変化させると、王妃に抱えられた赤子を見るなり眉間にシワを寄せ、落胆したように首を振った。
「我々は今、女児を必要としている。古き盟約に従い、今世代にて必ず竜の花嫁を授けよ」
クロンヴァールの王と王妃はその言葉に顔色を変えた。
古き盟約の話は口伝で伝えられてはいたものの、本当にそれが実在するとまでは認識していなかったのだ。
まだ神が生きていた時代に結ばれた、ドラゴン族とクロンヴァール家の盟約は、互いの危機に力を貸すというものだが、ドラゴン族は特に人間の繁殖力を当てにしていたのだ。
それは過去にドラゴンが、クロンヴァールの人間と婚姻を結んだ際に得た、経験から学んだことだと王の竜は言う。
「女児を産めと言われても約束は出来かねる。こればかりは摂理だ。必ず産まれるとは断言できない」
クロンヴァール王がそう答えると、王の竜は「ふむ」と呟くと、しばしの沈黙ののち再び口を開いた。
「ならば努力せよ。女児が産まれた際には必ず貰い受けに来る。忘れるな」
王の竜はその言葉だけを残し、再びドラゴンへと姿を変え、竜の山脈へと帰って行った。
その数年後に産まれたのがエイラだった。
玉の様に可愛い我が子の誕生を喜ぶと同時に、王と王妃は絶望打ちひしがれたという。
雪が溶けることのない竜の山脈に、産まれたばかりの我が子を送り出すなど、どだいできることではなかった。
苦渋の末、王と王妃はエイラの存在を隠して育てることにした。
なにも知らずにすくすくと育つ我が子の幸せを願い、人の世で生きられるようにと秘密裏にデール帝国の王子との間に婚約も結ばれた。
しかしある日、庭園で遊んでいたエイラは、王の竜にその存在を知られてしまう。
王の竜は怒り狂い、エイラを連れ出そうとしたが、王と王妃はそれに逆らい呪いを受け、命を落とすこととなってしまった。
なにも知らないエイラは正気を失い、ただただ泣くばかりだったという。
兄のエディロもそんなエイラに失望したかのように姿を消し、エイラは短期間で全ての家族を失い、一人となってしまったのだった。
その兄の失踪が、エイラを王位につけることで、盟約から守ろうとしたものだったとマウリから教えられたのは、王位を継承する直前のことだった。
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エイラはふと目を細め、ライマールを見上げながらその頬にそっと触れる。
「両親の決意も、兄の決意も、とても堅いものでした。おそらくは事情を知った私が盟約を受け入れるといっても聞かないほどに……それだけ私を愛してくれていたんだと思います。でも犠牲になんてなって欲しくなかった。私さえ生まれなければと思わずにはいられないのです」
「……リータの居ない世界なんて、俺は嫌だ」
ムッとしてライマールが頬に添えられた手を包みながら言えば、エイラは少し瞼を染めながらどこか嬉しそうにライマールに言った。
「それはデール皇帝やクロドゥルフ様も同じはずです。一人で考えるのが難しいなら、私も一緒に考えます。知っていましたか? 私はこう見えても、泣く子も黙る竜の国の女王なんですよ? 家族の問題なんて、貴族を動かすより朝飯前です」
ふふふと、戯けてみせるエイラに、ライマールは面を食らったような顔をする。
やがてライマールもフッと頬を緩めれば、「それは知らなかったな」と肩を竦める。
「どうやら俺も女王陛下には逆らうことができそうにない。リータに泣かれるのはかなり堪える。……誓おう。これ以上自分を犠牲にはしないと。…………嫌じゃなければ、その、リータも、俺の家族としてそばにいて欲しい」
しどろもどろになりながらも、ライマールは真っ赤な顔でエイラに告げる。
エイラは目を大きく見開いた後、微笑を浮かべて、嬉しそうに「有り難うございます」と答えた。
ほんの少し恥ずかしそうに頬を染め、ライマールを見つめてくるエイラの蒼色の瞳から逃れるように、ライマールはまたエイラをギュッと抱きしめる。
どくどくと早まる鼓動を耳にしながら、エイラもまたどこか落ち着かないような、それでいて安心感のある感覚に、そっと目を伏せ身を委ねた。




