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デール帝国の不機嫌な王子  作者: みすみ蓮華
デール帝国の不機嫌な王子
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Coffee Break : 認識

Coffee Breakは本編ではありませんが、

その時々の物語の背景となる為、若干ネタバレ要素が含まれる場合があります。

気になる方は飛ばして読んで下さい。

 メルはライマールの小間使いとなってからほとんどの時間を城で過ごすようになり、滅多に実家に帰らなくっていた。

 ライマールがエイラを怒らせてしまったその日の晩も、メルは夕飯を城の食堂で魔術師仲間と取り、仕事の愚痴から世間話まで飽きることなく話に花を咲かせている。

 そんな矢先の出来事だった。


 そこへ普段ならいるはずのない人物が規則正しい足音とともに食堂へ入ってきた。

 皆がその場に似つかわしくない、赤い騎士服を身にまとった人物へ食堂にいた魔術師達が目を向ける。

 メルの座る席の前で立ち止まると、メルの周りにいた魔術師達は、それがアダルベルトだと認識し、皆一様に顔を青くし硬直する。


 メルと食事をとっていたのは皆同期の、学生時代アダルベルトの被害にあっていた魔術師達であった。

 過去の記憶が蘇り、皆が震え上がっているが、メル一人だけが皆を守るように、アダルベルトを睨みつける。

 ライマールがボヤ騒ぎを起こした一件以来、皆を守るのは自然とメルの役割となってしまっていたのだ。

 そんなメルを見下ろしながら、アダルベルトは憮然とした態度で口を開いた。


「……お前、一応礼を言っておくぞ」

「は?」


 唐突にそんな事を言われ、メルは思わず肩の力が抜け、手にしていたフォークを落とす。


 なんのことか意味が解らない上に、普段目の敵としか見られていない相手が、自分に礼とか、なんの冗談だと耳を疑う。

 メルの周りも同様で、皆が目を見開いてアダルベルトを凝視した。

 皆の反応にアダルベルトがバツが悪そうに耳を伏せる。


「お前が女王陛下に進言してくれたと聞いた。おかげで俺の首は今もこうして繋がっている。この礼は必ずするぞ。困ったことがあったらなんでもいうといい」

「…………(さぶ)っ!!」


 言うが早いか、メルは思わず両腕を抱える。

 一体これはどういう冗談だろうか?

 いや、冗談を通り越して悪夢だとしか思えない。

 あのアダルベルトが礼を述べるというだけでも気味が悪いのに、まるで旧知の友みたいなノリで困ったことが……などと、この世の終わりでも近いのだろうか?


 鳥肌を立てたメルは、両腕を擦って身体を温める仕草をすると、アダルベルトに胡乱な目を向け、悲鳴をあげる。


「寒い! 止めろよ! 何の冗談だよ!! 槍でも降らせるつもりか!? おおおお、お前がボクに礼を言うとか……あり得ない。絶対あり得ない。……ッハ! そうか、これは夢か!! …………イヤだ! 悪夢じゃないか!! は、早く目を覚まして! 現実のボク!!」

「……無礼にもほどがあるぞ。お前、俺をなんだと思ってるんだ?」

「何? なんだって? 何ってそりゃあ、バカ真面目で、真面目だけが取り柄の実直バカで、正義感が強いけど、強すぎて周りが見えてない、魔法嫌いの狂犬……いや、凶犬にきまってるじゃないか!!」


 半狂乱で叫んで言えば、周りの魔術師達もメルに同意して、うんうん。と頷いてくる。

 すると流石にアダルベルトは青筋を立てて、まさに凶犬の名にふさわしい眼光で魔術師達をギロリと睨みつけた。

 その迫力で皆が竦み上がる。


 しかしいつもならそのまま噛み付いてくるはずのアダルベルトも、しばらく間を置いた後、こともあろうに皆に向かって頭を下げてきた。


「皆がそう思うのも無理はない……か。あの頃の俺は周りがまるで見えてなかった。それ改めて謝罪しよう。今後はあのようなことが無いように努める」


 素直に謝るアダルベルトに、一同やはり怖いものを見る目で怯え切る。

 それはメルも同じで、得体の知れない生き物でも見る様な目つきで、完全に竦み上がっていた。


「お、お前……大丈夫か? なにか、悪いものでも食ったのか?」

「本当に無礼な奴だな。私は至って真面目だ。……女王陛下に言われたことの意味を真摯に考えてみた。正直、まだ完全に魔術を信用出来ないが、お前達にはお前達なりの理念があるのかもしれないという考えに至った」


 まだ半信半疑ではある。

 しかし、それでも、あの聡明な女王が言ったのだから、そこに何か意味はある筈なのだ。

 そして今日、今まで知らなかったライマールの重大な秘密を目の当たりにしてしまった。

 神獣の力があるとなれば、本来なら崇めたて祀られる立場でもおかしくないはずだ。


 それを王子は敢えてずっと隠してきていた。そこには何か重要な意味が隠されているに違いない。

 それがなんなのかを見定めることで、アダルベルトは見逃していたなにを見つけられるような……そんな気がしてならなかった。


 あまりにもアダルベルトが真剣に答えるので、メルは呆気に取られた後、それはそれは大きな溜息を吐き出した。

 その溜息で、意識を取り戻した魔術師達が堰を切ったように、いままでの鬱憤をアダルベルトに投げつけ始めた。


「今更かよ! 遅すぎんだよ!! だいたい普通に考えて解るだろ!? 一般的にも魔術師は嫌われてるなんてのは百も承知なんだよ!! その上で俺達は魔術師を目指してきたんだからそれくらいわかれよ!!」

「そーだ! いくらライマール様が改善しようと努力されても、お前みたいな奴が噂を助長するから、俺達の立場は一行に良くならない!! お陰でこっちは助けられるはずの人間も助けられないなんてことばかりだ!! その屈辱がお前に解るか!?」

「…………魔術師の中には村をレイスに襲われたり、ネクロマンサーの被害にあって家族を失った奴が多い。俺の兄は民間兵だったが、魔術の心得がなくて呆気なく逝っちまったよ」

「こいつにそんなこと言っても無駄だろ? お貴族様は気位ばかり高くて、金と騎士さえいればなんでもできると思ってやがる。こっちは教材や魔法具を手に入れるのにも苦労してるってのに、平気で毎回ぶっ壊して満足して帰って行くんだからな。メルが居なかったら、俺達は今頃卒業出来ずに自分らの村で野垂れ死んでたさ」


 方々から投げつけられる言葉にアダルベルトは愕然とする。

 今まで皆がアダルベルトの恐ろしさに口に出来なかった鬱憤を、知り得なかった真実と共に投げつけてきたのだ。


 幼い頃よりアダルベルトはずっと魔術師に対して偏見しか持っていなかった。

 それは三五〇年前の戦争が生み出した慣習なのかもしれないが、成長すれば自ら彼らに触れ、考えることもできたはずなのだ。


 女王の言うように、自分の目は確かに曇っていたのだと認めざるを得なかった。


 黙り込んで、丸まっていた尻尾まで元気を失ってしまったアダルベルトを見兼ねて、ずっと黙っていたメルが皆を落ち着かせるように口を開く。


「……まぁ、昔のことだし、本人も反省してるんだからそれくらいにしといてあげれば? ボクだってライマール様がいなければ、ドラゴを止めようって思わなかっただろうし、今まで止められなかった時点で、ドラゴを責める資格はないよ。多分ね」


 気持ちは解るけどさ。と、続けて、メルが肩を竦めれば、皆バツが悪そうに顔を背ける。

 メルは苦笑しながらアダルベルトを見上げると、頬杖をつきながら落としたフォークを拾い上げて、向かいの席をチョイチョイと指して見せた。


「座れば? 落ち着かないし。ご飯まだなんでしょ?」

「……お前は怒ってないのか?」


 怪訝にアダルベルトが問えば、メルは少し眉尻を上げた後、またフッと溜息を吐き出す。


「ボクって非生産的なことって、あんまり好きじゃないんだよね。そりゃあ、いままで壊した教材代弁償しろ! とか、その背中蹴り飛ばして全身の毛、毟り取ってやりたい! とか思うけどさぁ、それってスッキリしてもなんにも解決しないでしょ? 幸い、こうしてエイラ様がチャンスをくださったわけだし、ライマール様がやろうとしていることにとっても、良い機会だと思うんだよね、ボクは」


 フォークを杖のように振り回しながら、若干物騒な愚痴を交えつつ、メルはあっけらかんとしてアダルベルトだけでなく、その場にいた皆に話して聞かせる。

 怪訝な顔を向けてくる仲間達に、メルは「フフン」と、不敵な笑みを浮かべて、なぜか勝ち誇ったように胸を逸らした。


「いい? 考えてみてよ、あの勘違いバカのドラゴが、処分とはいえ、魔術師と行動を共にしてるんだ。好き嫌いは置いておいて、ボクらの現状をこのバカにきちんと理解してもらえれば、この真面目一貫の実直バカほど頼もしい味方になる奴はいないと思わないか? 偏見者だった騎士が味方につけば、ボク達の環境は間違いなく、一歩前どころか二、三歩は前進するだろ? 加えてアダルベルト伯爵の子息ときてる!」


 メルはそう言って、皿に乗った小さな芋をフォークで突き刺し、パクリと口に頬張る。

 一同、目から鱗とばかりに、唖然とメルを見守っていたが、誰ともなく難しい顔で、「確かに……」と、頷き、納得し始めた。


 皆が頷き合う様子を見た後、「バカ」を連呼されていたアダルベルトがメルへと視線を送る。

 そしてまじまじと意外なものを見るような目でメルを凝視した。


「お前って……意外と打算的なんだな……」

「何言ってるんだよ。処世術に関して、僕の右に出るものはいないぞ? 弟や妹が出来るまでは、姉さんや兄さんによく、"お前は強かだ"って褒められたものだよ」

「そ、それ、褒めてんのか?」


 皆が頬を引き攣らせながらメルを見るも、億尾もなくメルは平然と食事を続ける。

 思っていたより存外タフそうなメルを見ながら、まだ見えてないものが自分にはたくさんあるとアダルベルトは再確認し、給餌から食事を受け取りに食堂の奥へと進んでいった。

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