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デール帝国の不機嫌な王子  作者: みすみ蓮華
デール帝国の不機嫌な王子
29/173

彼の素顔、彼の告白 1

 =====



 エイラが立ち去った後、ライマールは茫然自失の状態で膝を抱えて座り込み、飾りっ気のない真っ白な研究室の壁を、ただただボーッと見つめていた。

 メルは自力で魔法を解き、アダルベルトの魔法も解呪してやると、主人を放って部屋の片付けを黙々と再開しだした。


 アダルベルトは未だかつて見た事のないライマールの様子に困惑し、部屋の片付けを手伝いながらも、こっそりとメルに耳打ちをする。


「おい、どうなってるんだ? 仮にもお前の主人だろう。放っといていいのか?」


 アダルベルトがそう言えば、メルはこれでもかと言わんばかりに、ライマールにも聞こえるくらい大きな声で返事を返した。


「いいんです! 自業自得ですから! 流石のボクもフォローのしようがありません! 婚約を宣言した話は聞いていましたが、まさかエイラ様までだまし討ちするような形だったなんて思いもよりませんでした! 嫌われて当然です!!」


 メルが一言一言強調して言えば、ライマールの背中がピクリピクリと小さく反応を示し、"嫌われて"と言われたところでションボリと小さく背中を丸くする。


 あの時、知覚系と言われる種類の魔法に耐性のあるメルは話の全てではないが、エイラの怒鳴り声はちゃっかりと聞こえていたのだ。

 因みに夢境の魔術師ならば知覚系と幻術系と分類される魔法には少なからず皆耐性を持っていたりする。

 あの会話が聞こえなかったのはアダルベルトただ一人であった。


 メルの大きな声に、アダルベルトはギョッとして、話の内容とライマールの反応にから、いやまさか……と、思わず作業の手を止めて、まじまじとライマールの丸まった背中を凝視した。


「なぁ……俺はまだ信じられんのだが、殿下は本気で女王陛下の事をお慕いしているのか? 皇帝位を狙ってたのではないのか?」


 ぼそりとアダルベルトがメルに言えば、聞こえていたのか、ライマールが膝を抱えたままゴロンと横に寝転がって「いらん」と呟いた。


「俺が欲しいのはリータただ1人だ……。他には何もいらん」


 そう呟いた後、はぁー……と哀愁漂う嘆息を吐き出し、内容はよく聞き取れなかったが、恋煩いでもしているかのような呟きが聞こえてくる。

 顔を伏せて小刻みに震えているかと思えば、丸く黒いローブの塊の中から嗚咽のような音が呟きと共に微かに聞こえてきた。


「……嘘だろ? 泣いてるのか……?」


 少々……いや、かなり不気味で近寄りたくないその塊に、アダルベルトが後退りドン引きしていると、メルもこめかみを抑えて作業を中断する。


「言っただろう? ああ見えて繊細なんだよ。どうせまた……」


 と、言いかけて、メルはハッとしてライマールに駆け寄る。

 普段の従順な振る舞いを忘れたかのように、メルは無理やり主人を抱えて起こし、抵抗される前に頭を抑え込むと、長い前髪を掻き上げ、その顔をまじまじと覗き込んだ。


 その瞳の色を確認して、呆れた顔をメルがすれば、「やめろ!」と泣きながらライマールはメルの手を振り払った。


「十七にもなって現実逃避とかみっともないですよ! そんなことをしてる暇があったら、エイラ様のところへ行って、誤解を解いてくればいいじゃないですか。きちんと話し合うべきです。()ているばかりでは解決できませんよ? ライマール様は力を過信しすぎなんです。絶対的なものなんてありはしないんですから、少しは()を大事になさい」


 少々強い口調でメルが言えば、ライマールはムッと口を曲げて「……分かっている」と起き上がり、胡座をかいて不貞腐れた。

 そしてそのまま岩の如く動かなくなったライマールを見て、メルはとうとう青筋をたててピシャリと言った。


「言ってる事とやってる事が伴ってません!! 即・行・動!! 時間が経てば経つほど取り返しがつかなくなるんですよ!!」

「……行き着く先は変わらん」

「全然わかってないじゃないですか!! 大事なのは今です! さっきのエイラ様の涙を見てなんとも思わなかったんですか!? ……はぁー、もういっそフラれてしまえばいいんです。ボクはもう知りませんからね!」


 ぷりぷりと怒りながらメルが作業を再開すると。、アダルベルトが眉間に皺を寄せて首を傾げる。


「"視る"とか"力"とか、一体なんの話をしている?」


 メルの主人に対する不可解な行動と、どこか要領を得ない二人の会話に、アダルベルトの頭の上に疑問符がいくつも浮かび上がる。

 するとメルは、しまったな。と、少し気まずそうに黙り込む。

 しばらするとライマールが、アダルベルトに向かって口を開いた。


「三分後、クロドゥルフがお前を訪ねにやって来る。俺の様子を探ろうと、ヤツはお前を外へ連れ出し、俺についてなにか気がついたことはないかと聞いてくる。場所はすぐそこの廊下で、巡回中の兵士二人とすれ違い、二人が去るのを確認した後、お前は部屋にあった"呪"のことやリータのことについて話そうと口を開きかける。しかし俺の()の話を思い出し、急に恐ろしくなって口を閉ざすと、今のところなにもないとだけ答えてこの部屋へ戻ってくる。そして部屋に入ってくるなり真っ青な顔でメルに言及しだす」

「ライマール様!!」


 ライマールは機械的にそう告げると、真っ青になって悲鳴を上げるメルを無視し、そっと立ち上がって部屋を出て行った。


「……なんだ? まさか予言だとか世迷言を言わないよな?」


 アダルベルトが失笑して言えば、メルは関わりたくないとばかりに、黙々と青い顔で部屋の中の掃除を続ける。

 その様子を訝しみながら、アダルベルトも部屋を片付ければ、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。


 ビクリッとメルは肩を竦ませるものの一向に出ようとはせず、アダルベルトは珍しく職務を全うしないメルに視線を送り、出ないのか?と、眉を顰める。

 ブンブンとメルが青い顔で首を振って答えれば、アダルベルトは仕方なしに扉を開けて対応に出た。


「おぉ、いたか。ライマールはいないのか?」

 顔を出したのはクロドゥルフで、メルは真っ青になりながら「い、いいいい、いません!」と、本を抱きかかえたままクロドゥルフに答えた。

 メルの様子をクロドゥルフは少々訝しげに見た後、まあいいかとアダルベルトに向き直った。


「ライマール様に何か御用でしたか?」


 アダルベルトがそう聞けば、クロドゥルフは「いや」と答える。


「処罰とはいえ、慣れない場所でお前がどうしてるかと様子を見に来ただけだ。メル! 少しアダルベルトを借りてもいいか?」

 クロドゥルフがメルに尋ねれば、青い顔のまま無言でコクコクとメルは頷いた。


 顔色の悪いメルを不審に思ったのか、クロドゥルフは首を捻りながらアダルベルトを廊下へ連れ出す。

 そして人がいない事を確認してクロドゥルフはこっそりと神妙な面持ちで話し掛けた。


「それで、どうだ? ライマールの様子は。どうも俺が話し掛けても誤魔化されてしまってな。お前から見てなにか気付いたことはないか?」

「はっ! そうですな……」


 アダルベルトが背筋を伸ばし敬礼をした所で、見回り巡回中の兵が二人、廊下の奥から歩いてくる。

 クロドゥルフとアダルベルトの姿をその二人の兵が確認すると、軽く会釈をして何事もなくその場を通り過ぎて行った。


 兵が立ち去り、その姿が角で消えたのを見届けると、アダルベルトは再び口を開こうとする。

 しかしそこでハッとして、アダルベルトは先程の、ライマールの予言めいた言葉を思い出す。


『三分後、クロドゥルフがお前を訪ねにやって来る。俺の様子を探ろうと、ヤツはお前を外へ連れ出し俺についてなにか気がついたことはないかと聞いてくる。場所はすぐそこの廊下で、巡回中の兵士二人とすれ違い、二人が去ったのを確認した後、お前は部屋にあった"呪"の事やリータの事について話そうと口を開きかけるが、俺の()の話を思い出しーー』


 事細かに言われたその言葉の意味に気が付いて、アダルベルトの顔から血の気がサーっと引いていく。

 予言めいたどころではない。まさに予言そのものではないか!


「どうかしたのか? 顔色が悪いが……」

 クロドゥルフが心配そうに言えば、さらにゾクリと悪寒走る。

 アダルベルトはなんとかそれを隠しつつ、「お気遣いなく。慣れない場所で少々疲れているだけですぞ」と答えるのが精一杯になってしまう。


「そうか? そういえば……前に魔法の類は苦手だと言っていたな。これも修行とでも思って三ヶ月耐えるといい。で、あいつについてなんか気付かなかったか? 些細な事でもいいんだが……」

「……申し訳ありません。今のところはなにも……」

「そうか。まぁ、まだ一日目だしな。……焦っても仕方ないか。すまないな。忙しいのに。俺もあいつについてはよく分からないことだらけだから、気ばかりが急いでいたみたいだ。なにかわかったら教えてくれ。頼む」


 少しがっかりした様子でクロドゥルフが言えば、アダルベルトは小刻みに震える右手をなんとか持ち上げて、無言で敬礼をしてその後ろ姿を見送った。


 クロドゥルフが立ち去ったのを見届けると、アダルベルトは早足にライマールの研究室へと戻り、部屋に入るやいなや、真っ青な顔で耳を伏せ、毛を逆立てワナワナと震えながら、メルの肩を鷲掴みにしてガクガクと揺らして、捲し立てるようにメルを問い詰めた。


「おいっ! これはどういうことだ!? 奴は一体俺に何をした!! なにかの呪いか!? 奴は死人どころか生きた人間を操れるとでも言うのか!?」

「お、おち、落ち着け……そうじゃない、そうじゃないから! ライマール様はただ視える(・・・)んだよ」


 脳震盪(のうしんとう)を起こすんじゃないかと思えるくらい、アダルベルトはメルの身体を乱暴に揺らす。

 メルは目を白黒させながらも、なんとかアダルベルトに答えを返してきたが、意味がわからない返答を返されてしまったアダルベルトは、いっそうメルを問い詰め始めた。


「これが落ち着いていられるか! 視えるってどういう意味だ! ちゃんと説明しろっ!」

「だからっ! 視えるんだって! 未来そのもの(・・・・・・)が! ライマール様には視えるんだよ!」


 ヤケクソ気味に叫んで、メルはアダルベルトの腕を何とか振り払う。

 そうしてメルは疲れた様子でヘナヘナとその場に座り込んむと、はぁ〜……と深い溜息をついてしまった。


「嘘だろう……?」


 アダルベルトは信じられないと、誰に問うでもない呟きを漏らす。


「嘘だったら、苦労なんてしてないよ……」


 アダルベルトの呟きに、主人を思い、憂いを帯びたメルの声がポツリと答えた。




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