表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
173/173

NEXT PROTAGONIST

 =====



 乗り合い馬車がやっと通る幅の、でこぼことして乾き切った悪路の上を、重厚な鉄の扉が後ろに付いた見るからに重々しい馬車が一台走っている。

 馬車の周りには、黒ずんだ鎖の鎧を身に纏う馬と、鎖と同じ色の鋼鉄の鎧に身を包む騎士達の姿が遠目からでも良く見えた。


 薄気味悪い馬車が運ぶのは、つい先日騒ぎがあったばかりの村に居たチンピラレベルの小悪党の囚人達だ。


 囚人達の腕や足には、馬車の壁や床板に繋がれた、大きな鎖の錠が枷られている。

 その中で、ただ一人出入り口の付近に、軽装備の皮の鎧を身に付けた、長い黒髪と紫色の瞳をした、15〜6歳の若い少女が乗り合わせていた。


 決して綺麗とは言えない馬車の中は、男達の様々な悪臭が立ち込め、それなりに育ちの良い少女が吐き気を覚えるには十分な不快感を醸し出していた。


 しかし見張り役の兵士として囚人達の籠に乗せられた少女は、絶対に顔に出すまいと、済ました顔で口の隙間から小さく呼吸を繰り返す。


 これが先輩騎士達の嫌がらせである事は十分理解していたし、こんな事ぐらいで根をあげるなんて、彼女のプライドが許さなかった。


 囚人達の下卑た野次が聞こえる中、少女はそっと目を伏せる。

 ハタから見れば、ただ眠っている様に見えるかもしれないが、少女は誰にも言えない特別な力を持っていた。


 少女が眠っているのを良い事に、狭い馬車の中で、隣から爪の間が土やゴミで真っ黒に染まった囚人の大きな手が、胸の方へと伸びてくる。


「ひっひっひ」と、向かいや奥の方から、煽る様な笑い声が聞こえたが、男の手が、皮の胸当てに触れるか触れないかという所でピタリとその声が静寂に変わる。


 胸へと手を伸ばしていた囚人の喉元から、ヒュッと、恐怖の息を飲む音が漏れる。

 その首には、鋭く研がれた長剣が、皮一枚触れるか触れないかの位置でピタリと止まっていた。


 ガタガタと揺れる馬車の中で、剣を握る少女の腕は、その揺れに合わせて、踊る様に皮一枚の位置を正確にキープする。


 可愛らしい様相とは裏腹に、少女は囚人を見上げながら、ニヤリと殺気を孕んだ笑みを浮かべる。

「触れたければ触れれば良い。その瞬間、お前の首は身体から離れるだろうがな」

「ひっ!……ヒヒッ、じょ、冗談ですよ。御嬢さん」


 顔に似合わぬ男顔負けの低い声を腹の底から絞り出し、使い慣れない言葉で囚人を威圧する。

 囚人は冷や汗をかきながら、ガタガタと震える手を反対側の手で押さえながら、自分の胸の方へと引き寄せた。


「判れば良いのです」


 少女は囚人が震え上がる姿を見ながらニコリと微笑んで、殺気を出したまま、長剣を腰に収める。

 こちらが強いと全身で威圧しなければ、舐められてしまう事は長い修行の中で嫌という程身にしみていた。

 いまだに慣れない言葉遣いと声音だったが、生きて行く為に必要なのだと思えば、対した苦でもないなと少女は前向きに考える事にしていた。


 少女は囚人達が震え上がるのを確認すると、再び目を伏せて何でもない様に振舞って見せる。

 目を閉じれば、様々な物が視えてくる。最近よく視るのはまだヨチヨチ歩きの可愛らしい姪っ子と、鼻の下を情けない程に伸ばす、兄の姿だった。


(ふふふ。お兄様ったら、相変わらず全部顔に出てしまうんですね)


 遠く離れた兄の姿を盗み視て、少女は緩みそうになった頬に気が付いて、いけないいけないと引き締め直す。

 仕事中だった事を思い出して、再び馬車の中に意識を巡らせていると、唐突に馬車がガクンと音を立てて立ち止まる。


 目的の街に着くには幾ら何でも早すぎると、少女は眉を顰めて、馬車の外を盗み視た。

 馬車の外では近くに住む村人だろうか?ーーが、大慌てで馬車の前で立ちはだかり、御者に何かを訴えている。

 視る事が出来ても声を聞く事は少女には出来ず、辛うじてわかる村人の口の動きだけを必死に追ってその会話の内容を理解する。


(モンスターの……大量発生?……すぐ、そこまで迫って?!)


「近いッ!おいっそこの女!!この先にヤバいヤツが迫って来てるぞ!!多分、ここに居る兵士だけじゃ皆殺しにされる量の大群だ!!でっかい足音が……近づいて……こりゃぜってぇヤベぇ……!!」

「お前……?」


 切迫した男の声が耳を掠め、少女が馬車の奥へと視線を送ると、赤茶けた髪をした囚人の一人が慌てた様子で少女に向かって声を荒げていた。

 その目を見れば、見覚えのある黄昏の様な金色の輝きを放っていた。


 少女は立ち上がって目を見開くと、愛嬌のある顔をしているが、決して整っているとは言えない男の顔を凝視する。

 年はおそらく自分より少し上くらいだろうとぼんやり考えていると、何の前触れもなく、粉塵を巻き上げながら、大きな地鳴りが近づいてくる。


 外からは複数の馬が遠ざかる蹄の音と、先輩や同僚の情けない悲鳴が聞こえてくる。


 少女は目の前の囚人と同じ様に瞳の色を金色に輝かせると、「チッ」っと、小さな舌打ちをする。

 その少女の瞳を視た赤毛の囚人は、先程の少女と同じ様に驚いた顔をして硬直する。


「あ、あんた、まさか……」

「生き残る気があるなら話は後だ!おいお前、錠は既に外してただろう?だったら他のやつらの錠も外せ。逃げるなら今のうちだぞ。もっとも間に合うかどうかは保証出来ないけど……私も出来る限りの事はする」

「ま、待て!一人で戦う気か?そいつぁ幾ら何でも無謀だ!!それより馬車を切り返して逃げた方が……」

「出来るならそうしてるけどな。残念ながら御者をやってた男が、よりによって籠と馬を全部引き剥がして逃げ出した。全く。どいつもこいつも情けない!」


 こっそりとバレないように慎重に鍵を外した事を指摘されただけでも驚愕なのに、その上で今置かれた絶望的な状況に赤髪の男は顔色を変える。

 今置かれている状況をよく理解していない他の囚人達も、二人の切羽詰まった様子と、外から聞こえてくる地響きに、得体の知れない恐怖を感じ、ぶるりと身を震わせる。


 少女は再び舌打ちををすると、腰から剣を抜いてフーッとか細く息を吐き出す。

「この籠は鋼鉄で出来ているから早々壊れる事はないと思うが……万が一の事がある。いいか?逃げるなら陽の方向目指して走れ。間違っても魔物と同じ方向に走るな。出るかでないかはお前達の判断に任せる。おい、赤毛のお前!ここはお前に任せたからな!!」


「ま、待て!!」と言う男の制止も聞かずに、少女は短距離転移の魔法を唱えて、馬車の屋根の上に仁王立ちする。


 視線の先には馬車よりも大きな土の塊の様な、百を超える数の魔物が群れをなしてこちらの方へと突進してくる。

 少女は中の人間の命を守り通す為に、細身の身体で大きな長剣を片手で構える。


「さぁ、来なさい。お兄様と養父(ちちうえ)仕込みの妙技。存分に味わわせて差し上げます。ついでに昇進も頂いちゃいます!」


 少女はニヤリと微笑んで、馬車の屋根のを蹴り上げ空高く跳躍する。

 それと同時に馬車の後ろにあった鋼鉄製の重厚な扉が派手な音を立てて、地面に崩れ落ちる。

 中にいた男達は雪崩の様に扉の上に倒れこむと、すぐに身体を起こして、一目散に太陽を目指して走り出した。


「ひ、ひぃ!なんだありゃあ!に、にげろっ!!」


 馬車の中から出てきた囚人の一人が魔物の大群に気が付いて、情けない悲鳴を上げるも、大きな地鳴りにその声は掻き消される。

 囚人の一行が必死の形相で逃げ惑う中、赤毛の囚人がただ一人、跳躍した少女をポカンとした顔で見上げていた。


 決して整った防具を与えられているとは言い難いにも関わらず、少女は迷うことなく、後ろ手に纏めた長い黒髪をなびかせながら、泥の塊の様な魔物の群れの中に突っ込んで行く。


 少女は魔物の頭上に飛び移ると、手際良く魔物の頭に長剣を突き刺す。

 魔物が悲鳴を上げるのも確認せずに、少女は直ぐに短距離転移の魔法を使い、別の魔物の腕や頭を切り離して行く。


 溶ける様に消えていく魔物を視界の中に収めながらも、赤髪の男は空を舞う少女の剣技に魅入られる。

「す、すげぇ……」


 頬を紅潮させながら、男はそう呟くと、無意識の内に隠し持っていた短剣に手を伸ばす。

 男は馬車の横で立ち尽くしたまま、少女の手から溢れてしまった魔物の一行を迎え討った。


 黒髪の少女に呼応する様に、焔の様に赤い、ボサボサの髪が火の玉の如く大地を舞う。

 大技の少女と違い、男は急所となる、目や関節といった急所を確実に仕留めて行く。


 陽が傾き、討伐隊が現れるまで、二人は休む事無く魔物の数を減らし続けた。

 討伐隊を率いる隊長らしき青年は、現場に到着すると壮絶な光景を目の当たりにして愕然とした。

 地面に溶ける幾つもの魔物の死体と、無残な姿と化した鋼鉄製の馬車の籠、そしてその中でただ二人の人間が魔物相手にボロボロになった長剣と、短剣を振り回していた。


「これは……おいっ!無事なのはお前達2人だけか!?状況を説明しろ!」

 2人を守る様に何体かの魔物を馬上からなぎ払い、兵士達に陣を組む様に指示を出すと、青年は警戒しつつも2人に声を掛ける。


 するとこちらに気が付いた少女が、先程まできりりと兵士然とした仮面をすっかり忘れてしまったかの様な、素っ頓狂な声を上げた。


「……あああぁあ!?」

「っ!?」


 討伐隊を率いていたガタイの良い、銀に近い金髪の、20代後半と思われる青年の顔を見るや否や、少女は驚愕に目を見開く。

 青年も少女の顔を見た瞬間に息を飲み、二人は魔物がまだ残っている事も忘れ、お互いの顔をマジマジと覗き込んだ。


「おいっ!あんたら!話は後にしろ!お、俺はもう体力限界……後は頼む……ッス」

 フラフラとその場に座り込んでしまった赤毛の男の声に、少女と青年がハッと意識を取り戻す。


「まだ戦えるか?」

 青年が少女に声を掛けると、少女は再びキリッとした顔で頷いて、再び魔物に剣を構えた。

「まだ行けます。この隊の隊長は貴方ですね?なら、貴方の指示に従います」

「よし。だが無理はするな。キツくなったらいつでも言え。皆、誰一人欠ける事なく生きて帰るのが目標だ!」


 青年の掛け声に後ろで控えていた騎士達が「おー!」と言う返事を返し、魔物の残党達へと立ち向かって行く。

 少女も負けじと青年と兵士達の後を追う。



 三人が数奇な運命の出会いと再開を果たしたのは、もう7年も前の話になる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ