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太古の記憶 2

「これが、帝国が犯した罪の大きさ……初代皇帝が望んだものの意味がやっとわかった様な気がするよ」


 手にしていた剣を納めながら、トルドヴィンが祈る様に目を伏せつつ呟いた。

 今のデール帝国も厳しいとはいえ、現皇帝があまり好戦的な人ではないお陰で長い平和が保たれている。

 しかし、今、目の前にある幻を見てしまえば、今のデールですら足下にも及ばない程の安寧秩序がそこにあった。


 例えばそれはデールならば必ず街の中を巡回している筈の兵士の姿が無かったり、魔法を使って見せる人を見て驚きつつも、喜んで拍手をする町の人々だったりと、些細でいて、とても大きな違いだった。


 その意味を噛み締めて、トルドヴィンに習う様に、兵士や魔術師達が敬礼をして目を伏せる。

 帝国が犯した罪が、この先消える事は無いだろう。だが、繰り返させない事は出来る筈だと、皆目の前の幻を胸に深く刻みつける。


 祈りを捧げ、目を再び開くと、いつの間にか現れていたシャドウ達が、吸い込まれる様に街の中へと進んでいく。

 各々思うところでもあるかの様に、店の中に入っていったり、談笑している人の隣にユラユラと影を揺らしながら立ち尽くしたりと、その姿はとても物悲しく感じられた。


「この幻術も20年前後しか続かない。効果が切れればシャドウ達はまた外へ出て来る様になる」

「そんなにすぐに消えてしまうのか?そうなったら今度は私達だけでは済まなくなるな……」

 

 シャドウ達の様子を、皆胸を痛めながら眺めていると、いつの間にか元の姿に戻っていたライマールがほんの少し、ぐったりとした様子でぽつりと呟く。

 ギリファンは驚いてライマールを振り返り見上げると、その状況の深刻さに危機感を感じて腕を組みながら考え込む。

 それを見たライマールは疲れた様子でその場に座り込み、小さく頷いてそれに答えた。


「幻術が完全に消える前に対処しなければ必ず被害者は出る。無論、今回の方法で助ける事は不可能では無いが、相応の記憶が集まるとも限らない。ましてや俺が生涯を終えた後となれば誰も助けられなくなるだろう。その前に何としても未完成の術を完成させねばならんし、魔術師の数も兵士と同等数が必要になってくる。解ってはいたが、時間はあまりない」

「レイスと違ってデール国内だけで被害が収まる事はないだろうね。近隣の国にも協力を願い出た方が宜しいかと」


 二人の会話を聞いていたトルドヴィンが話の間に割って入る。そして、暫し考え込んだ後、険しい表情でライマールの前へ進み出て、徐に剣帯から剣を抜いた。

 更にライマールの前にその剣を置いて片膝を着くと、騎士然とした態度でライマールに深々と頭を下げる。


「殿下、これまでの無礼をお詫び為ると共に、私も微力ながら殿下のお力になりたいと願います。この問題は魔術師だけの問題とはとても思えません。過去の過ちを恐れ、魔術の進歩を停滞させて来た我々にも責任がある筈です」


 魔術師の心得なんてないに等しい。下手をすれば、新人の騎士達よりも無知かもしれない。

 一から学ぶ必要があるし、魔術師達の手助けとなれる程の知識が身につく事はないだろう。

 だがそれでも実戦が発生した時に最低限の魔法が使えれば、その負担は軽減出来る筈だ。

 たかがしれているとはいえ、全てをライマール達に任せてしまうには、流石に気が引ける問題だとトルドヴィンは感じたのだ。


 それを聞いていた他の兵士達も、同じ様にライマールに向かって跪く。

 まさか自分に向かって(こうべ)を垂れるとは思っていなかったライマールは、少々怯んだ後、目元に朱を走らせた。


「お前達はクロドゥルフの部下だろう。俺に頭を下げるな。目指す物が同じなら俺じゃなくて、ギリファン達と手を取ればいいだけだ。仕事はする。だが、俺はもう竜の国の人間だって事を忘れるな」


「顔を上げろ」と呟いた後、ライマールは胡座をかいたまま、居心地が悪そうにぷいっとそっぽを向いてしまう。

 それを見ていたギリファンとメルがニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。


「いつも邪険にされてるから照れてんのか?素直に分かったって言っとけばいいのに、こう言う時だけ捻くれてんだなお前は」

「それだけじゃないですよ姉さん。ライマール様はクロドゥルフ様の事が心配なんですよ。義兄さん達がライマール様に頭を下げちゃったら、ライマール様は魔術師、兵士共に認められたことで政治的なよからぬ企みが心配なんですよねー?」

「……五月蝿い。もう用は済んだ。とっとと帰るぞ」


 ライマールは皆の視線を避ける様に背を向けるも、耳が真っ赤に染まっていた為、誰の目から見ても照れているのは隠し切れていなかった。

 誰もがそんなライマールの姿に心を和ませたものの、帰ると言われてメルがハタと我に返る。


「ライマール様、帰るのは大賛成なんですけど、どうやって帰るんですか?方角が判らないどころか、この空間って、そもそも他の地域に歩いて出れるものなんですか?」

 当然誰もが抱くであろうメルの疑問に、自分達の置かれた状況自体は何ら変わりない事に改めて気がついて皆一瞬にして意気消沈する。


 しかしライマールはフンッと鼻から息を短く吐き出すと、ローブの袖口から見覚えのある懐中時計を取り出した。

 銀を燻したゼンマイ式の懐中時計には、蓋に蔦柄の透かし彫りが施されている。

 ライマールが握りしめた鎖の先にある時計が揺れて、くるりと裏返れば、何処かで見た事のある、前足を高々と上げたユニコーンの彫刻が姿を現す。


「なっ……それはゼイル様の懐中時計!?何故ライマール殿下が所持なさっておられる!それはクロドゥルフ皇太子の持ち物の筈だ!!」

 ベルンハルトを支えながら驚愕に声を上げたデーゲンの言葉に、ライマールはムッと眉を顰める。


「この人数を俺一人の力で転移させるのは無理だ。だからクロドゥルフから借りてきた。ーーゼイル、色々と責任をとってもらうぞ」

 ライマールが懐中時計に向かって語りかければ、懐中時計から淡い光が発せられ、そこからゼイルが姿を現す。

 ゼイルは何故かげっそりと疲れた様子で、後頭部を掻き毟りながらライマールを見下ろし、返事を返した。


「どうしろってんだよ。ったく、どいつもこいつも……お前と俺二人でも無理あんだろ」

「近場にいる神獣を全部連れて来ればいい。使えるのが外に居るだろ」


 明後日の方向をジッと見つめながらライマールは指示を出す。ゼイルも同じ方向を見ながらため息交じりに「わぁったよ」と頷いて、再びその場から姿を消した。


「どなたかゼイル様以外の神獣が近くにいらっしゃるんですか?そう言えば、先ほど何処かから声が聞こえて来てましたが、もしかしてそれです?」

「あぁ」

「一体どなたが?場所からして近場と言えば……雪狐様とかですか?」

「……雪狐は居ない。でもアディ殿と一緒に何人か来てる」

「アディ!?アディもここに来てるんですか!?」


 メルが驚いて大きな声を上げると、ライマールはしまったという表情で顔を背ける。

 するとそれを耳にしたベルンハルトが、目を見開いた後、頭を押さえながら自分の記憶を辿り始めた。


「えっ……アディ……さん?そう言えば……アディさんが店を手伝ってくれて……僕は、店番をしてて……それで……」

 メルの言葉をきっかけに、ベルンハルトはポツポツと、記憶を辿って行く。

 状況を把握し始め、顔色がみるみる内に青く変化していく様を見て、ライマールが徐に腰を上げ、有無を言わせず素早い動きでベルンハルトの両目を手で覆った。


眠虎(みんこ)の夢想』

「ちょっ……」


 ライマールが呪文を口にした途端、ベルンハルトは抗いきれぬ強い睡魔に襲われ、あっという間に意識を手放し、スヤスヤと気持ち良さそうな寝息を立てはじめる。


 ライマールの突然の行動に、驚いたのはもちろんメルだけではなく、ベルンハルトを抱えていたデーゲンも、何事かとライマールが王子だという事も忘れ、怒鳴りつけた。


「なっ、私の弟に何をしたっ!!」

「五月蝿い。鎮静剤が無いここで正気を失われても困るだけだ。眠っていて貰った方が面倒はない。メル、あまりベルンハルト殿を刺激するな」

「ボ、ボクの所為ですか?!」


 アディの名を口にしたのはライマールだし、まさかと思って質問をしただけなのに、理不尽だ!あんまりだ!と視線で抗議するも、ライマールは相手にする気はないらしく、また面倒くさそうに元の位置まで戻り、とうとうゴロンとその場に横たわってしまう。


「疲れた。ゼイルが戻って来るまで俺は寝る」


 ライマールのその態度に、誰もがあんぐりと口を開ける中、何処までもマイペースなライマールは、そう宣言した途端、ベルンハルトと同じ様にピタリと動かなくなり、やがて気持ち良さそうな寝息を立てて眠り始めた。

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