初めての共同作業 2
ライマールが発した風に気がついたシャドウ達は、慌てた様子で散り散りに奥の方へと逃げて行く。
風は倒れている人物すれすれを掠め、やがて奥の方に消えて行った。
唖然として見ていたギリファン達は、風が消えると、ハッとしてライマールに食いかかった。
「馬鹿っ!お前っ、ハルに当たったらどうする気だ!!」
「問題無い。ただの威嚇だ。殺傷力は無い。それより回収してこい。ボヤッとしてるとまた戻ってくるぞ」
ライマールの言葉にいち早く反応したのはデーゲンだった。
トルドヴィンやギリファンの命令を聞く前に、警戒すら忘れて倒れている人物に一目散に駆け寄る。
「ハル!!しっかりしろ!!俺が解るか?!」
倒れていたのはやはりベルンハルトだった様で、デーゲンは焦った様子でしきりに彼の頬を叩いていた。
後から駆けつけたトルドヴィンが、険しい顔でデーゲンの肩を叩き、とにかくこの場から離れるのが先だと彼を促した。
二人で意識の無いベルンハルトを抱えながらライマールの元まで戻ると、メルとギリファンが直ぐにベルンハルトの元へ駆け寄った。
「ハル!もう大丈夫だ、今助けてやるからな。デーゲン、話し掛け続けろ!見たところ外傷は無いな?おい、誰か!気付け薬持ってる奴は居ないか?使えそうな物を持ってる奴はとにかく持ってこい」
「姉さん、これ使って下さい。ないよりましな筈です」
「イリクグリか…ナハトリーフより効果が薄すぎるが仕方ない」
「あ、自分、ナハトリーフなら少し持ってます!」
「私はエラギを!」
「よし、ならその二つを私の持ってるクロッツと合わせて1:1:2で調合しろ!道具がなければ短剣でも使って潰せ。メル、お前はこっちを手伝え、意識を取り戻すのが先だ。ライム!ヤツらの相手はお前に任せたからな!」
ギリファンの命令に従って、魔術師達は世話しなく動き回る。
ギリファンが呪文を唱え、メルもそれに合わせる様に魔法文字を集めて行く。
「姉さん……変です」
しかし何故か手元に文字が集まって来る気配はなく、どんなに意識を集中してもメルの魔法が発動することは無かった。
それはギリファンも同じで、手先にまるで手応えが無い。
二人はハッとして、周囲に意識を集中させ、辺りを見渡す。
目を凝らして見たものの、この場所の魔法文字の量自体が極端に少ない事に、ここでようやく気がついた。
「そんな……こんなに魔法文字が無いなんて事……」
「そう、か……何も無い場所だからこそ、文字の量も少ないのか」
これでは明かりは灯せても、人一人助ける分の文字を選定して、集めるのはかなり時間がかかる上に困難だ。
薬も治癒術用の魔法文字がなければ、ただの草にしかならない。
一刻を争う自体なのに、このままではベルンハルトは確実に衰弱死してしまうだろう。
「生命力に溢れて魔法が使えない、俺達よりもタフな素材がそこにいっぱい居る」
黙って二人の会話を聞いていたライマールが、チラリと横目で、する事もなく茫然と立ち尽くしていた兵士達へ視線を送る。
何を言われたのかイマイチ判らない様子の兵士達を見た、メル達魔術師は、真っ青になって皆一様にブンブンと首を横に振った。
「無茶ですよ!そりゃあ人間の体内にもある程度は治癒術用の文字が混在してますが、人体から採取するなんて前例が無い上に、へ、下手したらし、し、し……」
ガクガクと頭を抱えながら訴えたメルの言葉で、漸くライマールが言った言葉の意味を理解した兵士達が表情を硬くする。
しかしライマールはおくびもせずに、厳しい目つきでメルを睨み付けた。
「全部採れとは言ってない。これだけの人数がいる。かき集めれば全回復とまではいかなくても、命を繋げるだけの量は採取出来る筈だ。問題無い。多少疲労を感じる程度だ」
「失敗しければ。でしょう?!採取を加減するなんて器用な事出来るわけ……」
「出来る出来ないじゃないだろ。やるんだ。一般人を見殺しにして自分達だけおめおめ生き残りましたなんて、恥だと思わんか?だが私達を信用出来ない奴はいらん。自分の命が惜しい奴は下がれ。協力出来る奴はそこに並べ。加減は私が見る」
「姉さん……」
厳しい状況は百も承知と、メルの言葉にかぶせる様に、厳しい顔つきでただ一人、ギリファンが頷いて見せる。
おそらく、ライマールが言い出さなくても、最終的にその考えが浮かんだだろうと、ギリファンは迷う事なくライマールに同意した。
「そこまで言われて見てるだけなんて出来るわけ無いじゃないか。私はファーを信じているよ。どうせシャドウと戦う事も出来ないんだから、役に立つなら喜んで」
それを黙って話を聞いていたトルドヴィンが、ニッコリと微笑んでいち早くギリファンの量が隣に座る。
ギリファンはトルドヴィンと目を合わせると、力強く頷いて、文字の採取を開始した。
それを見ていた他の兵士達も、意を決した様に頷き合って、それに習う。
そこまでくれば、メル達も出来ないとはもう言う事も出来ず、ギリファンの指示を仰ぎながら、前代未聞の治療に着手したのだった。
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どれほどの時が経ったのか、全ての兵士から魔法文字を採取し、その全てをベルンハルトの為に余す事なく使い切った。
その甲斐あって、朦朧としていたベルンハルトの意識は徐々に浮上し、最後に即席で作られた薬を口にすると、まだ少し辛そうな顔で何度か瞬きを繰り返した。
「ここ……は?」
「ハル!判るか?お前の兄だぞ!」
「デーゲン兄さん?ごめん、兄さん、眼鏡を取ってくれない?よく見えない……」
「あぁ……お前の手元には落ちてなかったな。失くしてしまったのか」
「ベルンハルトさん、まだ辛い所はありますか?食べれるもの、これしか無いんですが、食べれそうですか?」
デーゲンに抱えられたベルンハルトに近付いて、メルはベルンハルトの口元にライマールが持っていたキャラメルを一粒押し当てる。
ベルンハルトは特に抵抗することなくそのキャラメルを口に含むと、まだどこかぼんやりとした表情で、幸せそうに口元を綻ばせた。
「これは ……キャラメルですね。シュネーバルも好きですが、これも好きですよ。甘いものは大歓迎です。ところで貴方は……声に聞き覚えがあるんですが……眼鏡がないとやっぱり不便ですね」
ずっと闇の中に居た割には思ったよりしっかりした様子のベルンハルトに、一同ホッと息を着く。
メルも漸く肩の力を抜いて、ギュッとベルンハルトの手を握りしめた。
「メルです。ベルンハルトさん、ここに来るまでの事……」
「メル、後にしろ。ベルンハルト殿、すまないが、もう暫く付き合ってもらう。クーべ、こっちに来てギリファンの隣に。他の者はその場を動くな」
ライマールはメルの言葉を遮って、トルドヴィン達に指示を出す。
ベルンハルトを取り巻く様に集められたメル、ギリファン、トルドヴィン、デーゲンに視線を巡らせると、自分はその場から少し離れる様にライマールは後ずさった。
「もしかして、ライ、マール殿下、ですか?それに皆さんもいらっしゃるんですか?一体何が……」
「今は余計な事は考えるな。いいか、お前達、絶対に動くな」
「えっ?な、何するつもりなんですか?ライマール様?」
物凄く不安そうな顔でメルが問い掛けるも、ライマールはそれに答えず、何か呪文を唱えようと両手を前で交差させ、一同を見渡す。
すると何かに気がついた様に、ピタリと動きを止めて、ムッと険しい表情でまた両手を下げてしまった。
「……予定が狂ったせいで一人足りない」
「何の話だ?」
「だいぶ判ってきましたが、殿下はもう少し、他人との意思疎通をする練習をなさった方が宜しいですね」
眉を顰めるギリファンと、呆れた様子で腕を組むトルドヴィンに睨まれるも、ライマールは我関せずと考え込んでしまう。
すると突然、どこからともなく、変声期前の高い少年の声が辺りに響き渡った。
『大丈夫、ここに居るよ。外側に……居る』
「だっ、誰だ!?」
どこからとも無く聞こえてきた声に驚いて、デーゲンがキョロキョロと、辺りを見渡す。
他の人間も同様に辺りを見渡して見たが、声の主と思われる人物は視界内に捉える事は出来なかった。
一人、ライマールだけが別段驚く様子もなく、納得した様に頷いた。
「そうか、なら問題無い。始めるぞ」
「だから!何をする気なんだお前はっ!!」
しびれを切らしてギリファンが怒鳴る中、ライマールは再び両手をかざす。
指先から銀色の光の粒が現れ、徐々にライマールの体を包み込む。
元番人、と、名乗ったあの謎の人格が現れた時と同様に、黒い衣と髪は白に、唯一肌の色はそのままに、そして瞳の色は金色にと微妙に違った姿に変化させていた。
ライマールは神々しいその姿で一同を見据えると、どこかゼイルにも似た意地悪な笑みを浮かべ、とても澄んだ清らかな声で宣言した。
『この地に過去を再現して、シャドウを再び眠らせる』




