ベルンで見る夢(連鎖) 1
=====
悶々とした感情を抱えながら食事を済ませると、メルはいつもの様にライマールの口元に適当な食事を押し当てて夕飯を食べさせる。
寝たまま食事を取るライマールにベルンハルトは驚き、流石に知らなかったのかゼイルもかなり呆れた様な顔をしていたが、メルの頭の中は自分の身に起きたこれまでの事を整理するので一杯一杯だった。
すっかり黙り込んでしまったメルにゼイルは興味をなくしたのかいつの間にか姿を消してしまい、ベルンハルトもどうしたものかと時間を持て余した様子で家の中をキョロキョロと観察していた。
暫くするとラクダ顏の奥方がメル達の家に顔を出して、ベルンハルトといくらか会話を交わす。
食器を回収して奥方が外へ出て行くと、どうやらアディは泣き疲れて寝てしまったらしいとベルンハルトが奥方との会話を訳してくれた。
今日の所はこのまま夫婦の家に落ち着き、メルとベルンハルトは翌日またアディの家を尋ねる事にした。
お互い特に会話もなくそのまま床に就くと、メルは天井を見上げながらまたボンヤリと考える。
アディの事も無論心配だったが、それ以上にやはり思考は"メル"に関する事の方に動いてしまっていた。
ゼイルはベルンハルトがいれば"メル"の呪いを無効化出来ると言っていた。
あの激しい感情で動揺の方が大きく何も考えられなかったが、そもそもどうしてベルンハルトなのだろうか?
彼と出会ったのはつい最近で、顔を合わせたのも今回で3回目な上に接点と言えば、姉のギリファンが付き合っていたという程度のものだ。
その件に関しては今更ながら謝罪しても仕切れない後ろめたさがいまだにあるのだが、それはそれとして、オ・ガ・ジャミル家とメルの家系は古くから続く家ではあるが、接点と言える接点も特になく、隣に住むクーべ家程親しい間柄というわけでも無かった。
社交場でジャミル侯爵と顔を合わせる事はそれなりにあったが、その程度でしかなく、今まで気にした事があるかと言われれば正直全く無いと答えるのが正しい。
もしかしたら初代メルには、メルがまだ知らないオ・ガ・ジャミルの血族と呪いに関する何か曰くがあるのかもしれない。
突き詰めて行けば、メル自身そもそもどうしてこんな呪いがかけられているのか、その原因すら知らないのだ。
デールから出ずに教えに忠実でありさえすれば実害の無い呪いと思っていただけに、気にした事すらなかったとも言えるのだが、今思えば気にしなかった事自体が呪いなんじゃないか?とすら思えてきてしまう。
段々とまた自分の考えが何処にあるのか判らなくなり始め、思考が堂々巡りを繰り返していると、今日一日色んな事があった所為か、メルは然程間も置かずに眠りについていた。
=====
気がついた時にはメルは城の屋上で佇んでいた。
城といっても見覚えのない古めかしい造りの城で、その城が旧帝都にある城の屋上である事がハッキリとわかった。
(あれ?ボク前にもこんな感じの夢を見た気がするぞ)
あれは何時の事だったか?確か初代皇帝が出てきた夢だった様な気がする。
朧げな記憶を徐々に思い出し、それがどんな夢だったか更に記憶をたどろうとしていると、その屋上の奥の方で、鳶色の髪をした中年の貴族と思しき男性がボンヤリと眼下に広がる街を眺めているのが目に飛び込んで来た。
(あれは……初代皇帝様?)
以前見た時よりも歳をとっているが、確かに初代皇帝の面立ちをしていた。
遠くから見える横顔は何処か悲しげな表情をして、ただ一点を眺めるその顔は、よく見ればベルンハルトに似ている様な気がした。
(メガネは掛けて無いし、歳ももう少し上みたいだけど、確かにベルンハルトさんによく似てる。皇帝広場の銅像ってもっと厳めしい顔をしていた気がするけど……)
以前見た夢で初代皇帝はどんな顔だっただろうか?とメルは首を捻る。
あの時はまるで気づかなかったのに、今はハッキリとその面立ちがベルンハルトにそっくりだと認識出来た。
何故今更そんな事が解るのだろうとメルが首を捻っていると、初代皇帝の背後から誰かが歩み寄るのが見えた。
この場所からでは顔はよく見えなかったが、出で立ちからは貴族の女性で、メルやアディの様に綺麗な金色の髪を結い上げているのが見えた。
『テディ……』
女性の澄んだ声が直接メルの頭に響き渡る。あまりに鮮明な声にメルが目を見開いていると、初代皇帝が女性の声に振り返った。
初代皇帝はどこか力なく女性に微笑みかけると、また城下へと向き直る。
女性がその隣に立って同じ様に街を見下ろすと、初代皇帝は女性の腰を抱いて自分の方へと引き寄せた。
二人は暫く何も言わずに互いに寄り添い、何処か寂しそうに街を見下ろしていた。
『レムナフが居なければ、僕はこの国を作るどころか幼い頃に死んでいた筈なんです』
何かを懐かしむ様に初代皇帝は街を見下ろしながらポツリと呟く。
女性はぎゅっと彼の背中を掴むと、街を見下ろしたまま小さく頷いて見せた。
『ご家族に見守られながら逝ったって。きっと幸せな最期だった筈よ』
『……そうですね。ただ、最期に一目会う事も出来なかった。少しだけ王様になった事、後悔してます』
『テディ……』
自嘲する様に笑みを浮かべる初代皇帝に女性はそっと手を伸ばす。
両手で初代皇帝の頬を優しく挟むと、女性は背伸びをしてそっとその唇にキスを落とした。
『ダメよテディ、そんな事言ったらレムナフさんに怒られてしまうわ。レムナフさんはいつだってあの椅子に座るテディを誇らしげに見ていたんですもの。大事なのは見取る事じゃないわ。レムナフさんが誇らしく思える人間になる事よ』
震える声で語りかける女性の頬からは、ポロポロと大粒の涙が伝っていた。
無理に笑みを浮かべようとするその口端は小刻みに震え、何とか嗚咽を堪えているかの様だった。
初代皇帝は彼女を見下ろして力なく微笑みながらその涙を拭う。
彼女の額にキスを落とすと、彼もまた何かを堪える様に彼女を腕の中へと抱き寄せた。
『そうですね。レムナフなら"陛下、ご自分の立場を考えなさい!"って怒るでしょうね。……レティ、すみません。暫く、こうしていて貰えませんか?母や父、兄上の時は平気だったのに、これが歳をとったって事なんですかね?』
『ううん。テディ、皆テディの大事な人だわ。今まで我慢してた分悲しいのよ。大丈夫、テディは一人じゃないわ。私も居るし、子供達だっている。ゲイリーさんもホルガーさんもまだいるもの。テディが逝く時は皆で見守ってあげるわ』
ポンポンと初代皇帝の背を叩きながら女性が言えば、男性はクスリと小さく笑い声を漏らす。
『レティや子供達はともかく、僕、ゲイリーやホルガーより先に死ぬんですか?それなんか凄い嫌です。絶対長生きしますよ!……うん。決めました。レムナフより長く生きてやります』
『ふふふ。そうね。じゃあ私はレムナフさんやテディよりもうんと長生きするわ。それでひ孫達にお話しするの。デールを作った王様には凄い英雄が沢山側に居たのよって』
『レティ……ありがとう。君が居てくれて良かった』
初代皇帝と女性は互いに微笑み合うと、メルには聞こえない声で何かを呟き、どちらからともなくキスを交わす。
二人が離れて城の中へと戻ろうと振り返った時、ほんの一瞬だけほんのりと頬を染めた女性の横顔がメルはハッキリと認識出来た。
「アディ!?」
肌は白く、歳も初代皇帝に近い中年の女性だったが、確かに大人びたアディといった印象を受けた。
その衝撃に思わず叫び声を上げると、女性がふと不思議そうにこちらを振り返るのが見えた。
しかしそれも一瞬の事で、叫び声を上げたメルの意識は徐々に現へと引き戻されて行ったのだった。




