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史実と真実

 =====



 道すがらベルンハルトにこれまでの事を軽く説明しながら、メルはゼイルの案内通りに先程アディの家にいた夫婦の家へと向かう。

 アディの家と然程変わらない作りの家を訪ねれば、夫婦は嫌な顔一つせずにメル達を迎え入れてくれた。

 もっとも本当にラクダの様な顔をしているため、その表情はケット・シーとはまた別の意味で読み取る事が困難だった。


 夫婦が暮らす家には客専用の家があるらしく、やはり作りは同じなのだが案内された場所へ行けば、そこにはスヤスヤと気持ち良さそうに部屋の隅で丸まって眠るライマールの姿があった。


 研究室の机の下で寝る事も珍しく無い所為か、寝返り一つうたずに眠るその姿は王子の貫禄など微塵も感じさせない。

 せめてもっと真ん中で寝てくれればいいのにと、メルは苦笑しながらライマールの掛け布団を掛け直した。


 部屋の中央へ向き直ると鉄製の黒い鍋が配置され、中には暖かそうなスープがあり、鍋の周りにも見たことのない果物や変わった形のパンらしき物、肉類が円を描く様に置かれていた。


 既に料理の前に座っているベルンハルトと向き合う様に座ると、メルは不思議そうに首を捻った。

「この料理、どこから持ってきたんでしょうね?アディの家にもあのご夫妻の家にもキッチンらしき場所は見当たりませんでしたが……」

「ん?ああ、この辺りの奴らは共同で料理すっから外にあるんだよ。寝床と食卓以外は全部外だぜ」


 小さな赤い実の詰まった果実に手を伸ばしながら、ゼイルが当たり前の様に答える。

 なるほど。通りで家がシンプルな訳だとメルはようやく合点がいく。

 しかし風呂場やトイレまで外となると、やっぱり不便な様な気がしないでもなかった。

 ベルンハルトもパンを手に取りながら感心した様に頷いてゼイルに質問をする。


「随分お詳しいんですね。神獣って自分の国以外からは外に出ない物だと思ってたんですが、他の地域の事もお詳しいんですか?」

「いいや。俺が知ってんのはフィオのやつ……初代皇帝と行った事のある場所と、運命の乙女が旅した場所位だぜ。リン・プ・リエンの方はだいぶ変わっちまってんだろうけど、この辺はあんま変わってねぇな。2000年以上経つってのにある意味すげぇよな」

「それってやっぱり建国前のお話ですか?お二人が旅をなさっていた事は知っていましたがこんな所にまで来てたんですか?」


 デールに残されている初代皇帝やウイニーの姫の話はデール国内やウイニーに関する物しか残ってない。

 二人が旅行好きだったという事はとても有名な話だったが、国外を旅した話は聞いた事が無かった。

 詳しい文献を探せば何かしらは出てくるのかもしれないが、メルは歴史家という訳でもなかったのでごく一般的な知識しか持ち合わせていない。


 何気なくメルが尋ねれば、ゼイルは珍しく嬉しそうに頷く。

 過去の話を聞かれた時、ゼイルは大抵の場合面倒くさそうに適当にあしらうのに、余程楽しい思い出だったのか誤魔化す事なくニヤリと笑みすら浮かべて話し始めた。


「あぁ、初代皇帝はデールの開拓時代は武器商人やら吟遊詩人やらの真似事して独りでフラフラしてたからな。ベルンの主要国家は大抵回ったぜ。この辺は特になんもねぇから素通りが多かったけど、初代皇帝が乙女に俺の懐中時計を預けてた時に何度か停泊した事があるぜ」

「か、開拓時代に懐中時計を預けてた!?開拓時代ってまだお二人はご結婚なさっていないですよね?!あ……ご婚約されてそれで預けていたって事ですか?」


 神獣との契約媒体は様々な形をしている。

 ユニコーンや雪狐の媒体は懐中時計の形をしていて、中でもユニコーンのゼイルの契約媒体は、国の最終防衛の要ともなっている為、国宝中の国宝としてかなり扱いは厳重であると言えるだろう。

 今の時代ならば余程の理由が無い限り、たとえ伴侶であっても預けるなんてとても考えられない事だ。


 初代皇帝とウイニーの姫君の恋愛物語は色々な脚色の話が伝わってはいるが、どの物語の中でも二人が大恋愛の末結ばれたとされており、婚約の証に初代皇帝が妃に手渡したのだとすれば、そこには何かロマンチックなエピソードがあるのだろうとメルは期待に満ちた顔で目を輝かせた。


 遠い昔の初代皇帝とその妃のロマンスに思いを馳せ、メルがほんの少しうっとりとしていれば、ゼイルはくつくつと肩を揺らして笑い声を漏らす。

「あの頃は婚約どころか告白もしてねぇし名前すら名乗ってなかったぜ。しかもあいつ初対面で一目惚れしたからって懐中時計あっさり渡したもんだから無茶苦茶周りから大顰蹙(だいひんしゅく)喰らったんだぜ?後にも先にも神獣の扱いが酷かったのはあいつしか居なかったな。トンデモ具合ならライムといい勝負になるぜきっと」


 まるで他人とは思えないエピソードにメルは目を丸くする。

 確かに物語として聞けば女性が好みそうな話ではあるが、自分の主人が主人なだけにウットリするどころか、胃が痛くなりそうな錯覚におそわれた。


 思わず「うっ……」っと唸ってメルが胃のあたりを押さえている中、ベルンハルトも流石に驚いた様子でゼイルに話しかけていた。


「僕も幾つか初代皇帝に関する書籍を読んだ事がありますけど、本に書かれている人物像と随分かけ離れているんですね。帝国の最終防衛機構を作られたのも初代皇帝陛下と習いましたし、もっと厳格な方だと思ってました」

「まぁ歴史なんてもんは先人の都合で簡単に書き換えられちまうからな。数十年前の話だって案外曖昧な物だったりすんだから、そんなもんだろうよ。乙女だって美女で儚げな女性像みたいな書かれ方してっけど、割とアグレッシブなお転婆姫だったし、乙女が初めてこの地に来た時だって護衛連れてなかったし供は初代メルのみだったんだぜ」

「えっ!?初代メルは皇帝に付き従っていたんじゃないんですか?」


 一国の姫君が護衛無しで供ひとりだけの旅だった事よりも、妃の供が初代メルだったという事にメルは後頭部を殴られた様な衝撃を受ける。


 メルの家に残されている口伝の中にはそんな話は全く残っていなかったし、初代メルの出自は特に謎となっていて、父や祖父ですら開拓時代におそらくリン・プ・リエンからバルフ・ラスキン家と一緒にこちらへ来たのだろうと思い込んでいた程だった。


「お前んちって初代メルを崇めたて祀ってるみたいな所あんのに、そういう話は残ってねぇのかよ。おもしれぇな。初代メルは元々ウイニーの公爵家…つまり乙女んとこの小間使いだったんだぜ。俺も乙女と会う以前の詳しい話は知らねぇけど、二人は小さい時から姉弟みたいに育ったって聞いた事があるぜ。実際すげぇ仲良かったし、姉弟とか恋人とかって枠に当てはめられねぇ絆みたいなもんがあったな」


 呆れ交じりに説明するゼイルの言葉を半ば愕然としながらメルは聞いていた。


(呪いの話も、出自に関する話も、実際はまるで違うなんて……代々引き継いで来た"メル"の存在って一体……)


 チラリと目の前のベルンハルトへ視線を移し、メルはここに来る前の事を思い出す。

 ベルンハルトに頼まれた時、メルは確かに例えようの無い激しい感情に突き動かされた。

 ベルンハルトと初めて対面した時も懐かしいと感じたが、あの時以上に激しく心が揺さぶられ、感情は篭っていない頼みだったにも関わらず、ベルンハルトに頼まれた事が嬉しいとすら思ってしまった。


 自分と同じ様に、驚いた顔をしながらベルンハルトが肩を竦めるのを見て、メルはまた胸にじんわりと沁みる様な感覚を感じる。

 嫌な感情ではないだけに、自分の身を支配するこの呪いが恐ろしいとメルは背筋に冷たいものを感じる。

 自分の意思が本当にここにあるのだろうか?と考えずにはいられなかった。


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