役者、揃う 2 @ベルンハルト
まるで夢でも見ているかの様な心地でベルンハルトが漠然と自己紹介をすると、ゼイルは少々驚いた顔をした後、くつくつと何やら楽しそうに笑い声を漏らした。
「ジャミル家かよ!そりゃ気づくわけねぇや。俺はてっきりメルの家に生まれてくるもんだと思ってたのに。しかもお前はお前で……いや、今のお前らには関係ない話だな」
「な、なんの話ですか?」
「気にすんな。んで、お前は暴れんな!」
「嫌!離すクサイ!!貴方、嫌いでス!!」
「馬鹿言え!離したらお前、また逃げ出して無茶すんだろうが!!今のお前じゃ塀を越えられても森は越えられねっつの!ちっと落ち着け!」
ジタバタともがくアディを物ともせずに、ゼイルはガッチリと羽交い締めにして子供でもあやす様にアディを怒鳴りつける。
相手が神獣と知り、ベルンハルトもどうしていいかわからずオロオロと二人のやり取りを眺めていると、正面に座っていたメルが真っ青な顔でゼイルにおそるおそる問い掛けた。
「塀を上った事は聞きましたが……まさか森を突っ切る気だったんですか!?」
「ったく、無茶するよな。こいつ城から飛び出して荷物お前んちに置きっ放しだったんだろ?検問所でぼうっとしてたかと思えばフラフラと裏道入って塀を見上げたと思ったらよじ上りやがった」
「み、見てたんなら止めて下さいよ!ベルンハルトさんが居なければ死んでたかもしれないんですよ!?」
「あぁ?俺が原因で飛び出してったっつのに、俺が止めてこいつが止まると思うか?ぜってーもっと無茶してたぜ。ったく、自分の命を軽んじるとこは変わってねぇなぁ……」
溜息交じりにゼイルは呟いて、アディの頭をコツンと叩く。
アディは暴れても無駄だと悟ったのか、ムッとした様子で大人しくなり俯いた。
「まぁ、身内が死んでくのは辛ぇからな。俺ももっと気を使うべきだったよ。悪かったな」
「おババ死ヌない……貴方、嫌い……」
「アディ……」
ポタポタと大粒の涙がゼイルの腕に落ちてくる。
ゼイルは何も言わずにアディの頭をなで続け、メルはどう声を掛けたものかと迷っている様子だった。
詳しい事情はわからなかったが、先程のアディの話からも、アディのお祖母さんが亡くなるらしいという事はベルンハルトにも理解が出来た。
自分にはお婆ちゃんしか居ないと言った言葉から、おそらく彼女にはもう家族が残されてないのだろう。
自分の家族はまだ生きているし、勘当覚悟でこの道を選んだのだから後悔などしていないのだが、やはりそれでも時折一人は寂しいと感じる事がある。
おそらくアディは自分とは違って、そんな覚悟も出来て居ない状態で一人にされてしまうのだろうとベルンハルトは涙をこぼすアディを見ながら漠然とその状況を想像する。
それはおそらくベルンハルトが想像した所で、比べ物にならない程の孤独が彼女を待っているのだろう。
単純な想像でしか無かったが、うら若い女性にはとても耐えられる事では無いだろうと、メル同様ベルンハルトも胸を痛めた。
そんな中、ゼイルがフッと苦笑を漏らす。
「俺は余程お前に嫌われてんだな。……まぁいいけどよ。お前が否定したい気持ちも判らなくはないし、俺だってお前ら人間が死んでく度に、もう関わりたくねぇって何度だって思ってきたんだぜ?でもそう思って人間を避けようとする度に思い知らされんだよ。あの時ああしてれば後悔なんてしなかったのにってな」
何処か遠くを見る様な顔でゼイルがどこか寂しそうに語れば、アディはふと顔を上げてゼイルを見上げる。
「ゼイル、家族、居ないでス?」
「馬鹿、居るから辛ぇんだよ!ついこの前までガキだった奴が、気がつきゃジジイやババァになってころっと死んじまう辛さがお前に解るか?下手すりゃ老人になる前に死んじまう奴だっていっぱい居たさ。お前がどんなにヤダっつっても必ずそん時は来るんだ。永遠の別れってのは確かに辛ぇけど、ババァが死ぬ時お前が駄々をこねていたらババァは後悔したまま死んじまう事になるんだぞ?お前、それでいいのかよ」
真剣に語り掛けるゼイルを見上げながら、アディはくしゃりと顔を歪める。
「おババ、後悔、嫌でス。でも、私、おババ死ヌも嫌でス。どうする。解らなイ……」
「……そうだな。でも来ちまうもんは来ちまうんだ。気持ちの整理なんかつかなくったっていいさ。でも後悔したく無かったら今は気持ちを押し込めてババァがどうすれば喜ぶかだけを考えろ。ほれ、鈴もっかい貸してみろ」
そう言ってゼイルは何かを催促する様に、アディの前で手のひらを広げる。
アディはおずおずと胸元から小さな鈴を取り出すと、ゼイルの手のひらにそれを乗せた。
ゼイルはそれを握りしめてフッと目を閉じると、意識を鈴へと集中させる。
鈴を握りしめた手が仄かに白く輝き出すと、ゼイルはブツブツと何かを探す様に呟き始めた。
「もっと早くに気付いてりゃぁな……気配がちっさくてわかりにきぃ。……あぁ、でも案外近くで待機してたのか。これならまだ間に合うかもしれねぇのか?にしたってギリギリだな。……お、いたいた。お前らちょっとここで待ってろ!直ぐ戻る」
そう言ってゼイルは鈴を握りしめたまま風に巻かれてその場から忽然と姿を消す。
一体なにごとかと三人が瞬きをしていると、さほど間もおかずに、突如として一匹の若い黒猫がアディの膝の上にポトリと降ってきた。
「きゃあ!」
驚いてアディが飛び上がれば、ベルンハルトとメルも驚いて立ち上がる。
猫も何事が起きたのか理解出来ない様子で「みぎゃー!」と驚いた様な声を上げて一目散にキッチンの方へと走って逃げた。
そこへ待ち構えていたかの様にゼイルがまた唐突に現れ、猫の首根っこをヒョイっと掴んで持ち上げる。
そしてそのままアディに近寄ると、無言でアディの腕の中に猫を押し付けた。
「ほれ、こいつが次のケット・シーだ。逃がさねえ様に抱えてろ。ババァんとこ戻んぞ。お前らも来るか?」
ぽんぽんとアディ頭を叩きながらゼイルはベルンハルトとメルを交互に見やる。
二人は困惑しながら互いに顔を合わせ、再びゼイルヘと視線を戻した。
「来るかって……ベルン連邦のグルグネストですよね?そりゃぁ気になりますが、ボクはメルなんでこの国から出れませんよ?」
「あの、そもそも僕は部外者ですし……話もよく判ってないんですが……」
「あぁん?男二人がガン首揃えて何言ってやがる。女が目の前で泣いてるっつのに一人で国に送り返すつもりかよ!情けねー奴らだな!ベルンハルトはともかく、メル、お前、なんでメルがこの国から出れねぇのかちゃんと理由知ってんのか?」
「えっ?い、いえ……詳しい事は何も知らないですが……ですが代々メルは国外へ行く事は許されないとだけ伝えられてて、実際にそれを破った先祖が呪いで死んでしまったとも聞きますし……」
「なんだそりゃ!まぁある種の呪いみたいなもんは掛かってるけどさ。よーく聞けよ?お前曰くのその呪いって奴は、……まぁ、長くなっから端折っけど、目の前のベルンハルトが居りゃ無効化出来るんだぜ」
ふふんとゼイルは鼻で笑って意地悪そうに腕を組みふんぞりかえる。
自分が居ればと言われたものの、依然何のコトだか判らないベルンハルトはキョトンとしてメルを見つめ、そのメルは寝耳に水と言った様子でゼイルとベルンハルトを交互に見比べていた。
「……えっ?えっ?ま、またまたぁ〜。そんな馬鹿な話あるわけ無いじゃないですか〜。からかわないで下さいよ」
「人をからかうのは確かに好きだけど、流石に俺もこんな時にまで冗談言わねえよ。じゃあ聞くけど、お前今までデールから出ていきてぇなって心の底から思った事あんのか?」
「それくらいはありますよぉ〜。知人から土産話を聞く度にボクもこの目で見れたら良いのになぁって何度思ったコトか」
「ふーーん。おい、ベルンハルト、お前こいつに"グルグネストまでついて来い"っつてみろ」
しみじみとメルが寂しそうに答えると、ゼイルは意味深に目を細めた後、ニヤリと口角を上げてベルンハルトに指示を出す。
唐突にゼイルから命令を受け、ベルンハルトは瞬きをした後不思議そうに首を傾げた。
「あの、僕行くとは一言も言ってませんし、本当に部外者なんですが……」
「いいから!行くかどうかはともかく言うだけいってみろっつってんの」
「はぁ……ええと、メルさん?グルグネストまでついてきて欲しいんですが……?」
わけも判らないまま言われた通りにベルンハルトはメルに向かって恐る恐ると頼んでみる。
するとメルは突然雷に打たれたかの様に大きく目を見開いてベルンハルトを見つめ、間も置かずにベルンハルトと初めてあった時の様にボロボロと大粒の涙を流して泣き出してしまった。
「えっ……!?メ、メルさん!?大丈夫ですか?あの、そんなに嫌だったですか?」
「ち゛、違い゛ま゛す゛ぅ〜。逆でずぅ〜〜。ゼイ゛ル゛ざま゛ぁ〜な゛ん゛でずがごれ゛ぇ〜〜!?」
号泣される程嫌われていたのかとベルンハルトはかなりショックを受けつつも、いつかの様にまたメルにハンカチを差し出してやると、メルはハンカチを受け取ってはち切れんばかりに首を横に振って鼻水を咬みながらゼイルに向かって問い掛けた。
アディは猫を抱きかかえたまま驚いた顔でメルを見つめ、そのアディの後ろからはニヤニヤとゼイルが腕を組みながら満足そうにメルを見ていた。
「どうよ?お前が今まで国の外を見てみてぇって思ってた気持ちと比べもんにならねぇだろ?代替わりする度に"メル"の呪いってヤツの口伝は変わっちまったみてぇだけど、今のその心の衝動こそが"メル"の呪いそのものなんだよ。詳しい話をしてやってもいいけど、今はコイツの問題が優先だ。帰って来てからにしろ。ベルンハルト、確かにお前には関係ねぇ事だから無理強いはしねぇけど、見ての通りお前がついて来てくれりゃメルもコイツの側に居てやれんだけど?」
そうは言われても……とベルンハルトが困った顔でアディとメルを見れば、アディは不安そうな顔でベルンハルトを見上げ、メルはしゃくりあげながら何か言いたそうにベルンハルトを見つめていた。
(二人してそんな顔をされたら断る訳に行かないじゃないか……)
どうせ連日開店休業の様な店だし、これも何かの縁なのかな?と、ベルンハルトは苦笑を漏らす。
「僕が役に立つとは思えませんが、お二人がよろしいのであれば」
「ハル、来ルでスか?アリガト、ウレシでス」
「ううう……す゛み゛ま゛せ゛ん゛〜。ご迷惑ばかりかけて〜。姉さんの事も申し訳ありませんでしたぁ〜〜!!お礼はかならずしますからぁぁ」
そう言って二人は感極まった様子でベルンハルトに駆け寄ってヒシリと抱きついて来た。
ガッチリとしがみつかれて驚いていると、三人の様子を観察していたゼイルが何処か懐かしそうに優しげな笑みを浮かべていた。




