猫と少女 2
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神獣達が落ち着いた所で、改めてソファーに座り直す。
アディは相当機嫌を損ねてしまった様子で、出された茶菓子をパクパクとまた口に頬張りながら、キッとゼイルを睨みつけていた。
メルはハラハラとゼイルとアディを見ていたが、ゼイルはアディのその態度に気を悪くする様子はなく、むしろ何処か面白そうに意地悪な笑みを浮かべてアディをじっと見つめていた。
「ええと……アディなんですが、毎晩同じ夢に悩まされてるらしくって、眠れないそうなんですよ……ライマール様からゼイル様に会わせる様にって言われて連れて来たんですが……あの……何か彼女の事について知ってたりするんですか?」
おずおずと聞いてくるメルをゼイルはチラリと見た後、やはりニヤニヤと笑みを浮かべながらふんぞり返る。
隣で座っている雪狐ははしゃぎ過ぎて疲れたのか、グッタリとソファーにもたれかかって、それでもやはり笑顔で事の成り行きを見守っていた。
「さぁな。で?その同じ夢ってのはどんな夢なんだよ」
先ほどまで散々笑い転げていたにも関わらず、メルの問いに答える気はないらしく、ゼイルは大して興味もなさそうにアディに問いかける。
散々笑われていたアディはまだ不快そうな様子で、しかし渋々ながらもゼイルの問いに素直に答えた。
「広場ガ女ナ人、泣いてるでス」
「えっと、初代皇帝のお妃様が夢に出て来て泣いてるらしいんです」
「初代皇帝の妃がねぇ……ふーん……理由は?」
ゼイルは片眉を上げて図るようにアディを見ながらゼイルは更に問いかける。
そう言えば何故妃は泣いているのか、その内容を詳しく聞いていなかったなと気がつき、メルはゼイルと同じようにアディに注目した。
するとアディはフォークを握りしめたまま、ションボリした様子で片言ながらそれに答える。
「ウイニー無いでス。デール壊スたでス。悲しい、泣いてまス。どうしたイイか、私、解ルません」
アディの一言を聞いて、メルやクロドゥルフ、トルドヴィンは過去の祖先達の過ちを思い起こし、表情を固くする。
初代皇帝の妃の話は、今日ではおとぎ話で伝わっている程度でしか認知されていない。
それでもその妃がウイニー王国の姫君であった事位は伝わっており、夢とはいえ、その姫君が悲しんでいると聞けば、自分達の先祖が犯した過ちに罪悪感を感じずにはいられなかった。
その三人の様子にゼイルは呆れた顔で肩を落とす。
「おいおい、何しみったれた顔してんだよ。お前達がしでかした事じゃねぇだろうが」
「そうは仰られましても、友好国だったウイニーを滅ぼしてしまうきっかけを作ったのはデールですから、自分の先祖がした事に責任は感じてしまいますよ」
「ボクも、一応は魔術師ですから、やっぱり気になります」
「祖国を作った皇帝の妃が悲しんでいると言われれば流石に……ね。謝罪しても仕切れない。全責任は子孫である現バルフ・ラスキン家にある。その事で始祖が悲しんでおられるなら、私に出来る事はなんでもさせてもらうよ」
「あのなぁ……」
更に沈んだ室内の空気にゼイルは苛立たしげに頭をカリカリと掻き毟る。
人間とはなんて厄介な生き物だと言いたげにゼイルは大仰にため息を吐いた。
「350年も前の話だぞ?おめぇらの親父も、ジジイですらも生まれちゃいねぇよ!大体コイツは異国民だが、ウイニーの生き残りでも、元ウイニー領土のダールに住んでる訳でもねぇ。何を責任とるっつんだよ。しかも夢の話だっつのに」
「それはそうですが……そういえば、そもそもどうして無関係のアディさんの夢に妃殿下は出てくるんでしょうね。突然同じ夢を見るようになったんですよね?」
口籠ったトルドヴィンが、ふと気付いた様に首を捻る。
出自不明の、肌色からしてベルン特有の民族であるアディが、見た事も無い異国の妃の夢を見る事自体が不思議な話なのだ。
メルもその事を思い出し、トルドヴィンと同じ様に首を捻った。
「えぇ、そこなんですよね。アディは育て親の占い師とグルグネストに定住する様になってからその夢を見る様になったらしいんです。でも、それまでもウイニーの風景だったり、デールの風景だったりを夢に見たり、習ってもいないウイニー語が理解出来たりと……俄かには信じられない話ばかりなんです」
「私、ウソ言テなイでス!ホントでス!」
「あっ、べ、別に疑ってるとかそういう事じゃ無いんです!ただ、僕の知識では説明出来ないってだけで……」
憤慨するアディにメルは慌てて弁明する。
その二人のやりとりに少し驚いた様に雪狐とゼイルは目を見開き、やがて何かを理解した様子でニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべてメルを見ていた。
どうやら自分がアディに好意を持っている事を悟られてしまったらしいと気がついたメルは、バツが悪そうに赤面する。
ゼイルはそのメルの態度が面白くてたまらないといった様子で、意地悪く目を細めながら話を続けた。
「なるほどねぇ。それまでの話はともかく、そりゃグルグネストって地が影響してんだろうな」
「住む土地が?そんな事ってあるんですか?」
「正確には土地そのものが影響してる訳じゃねぇよ。グルグネストの神獣がそいつに影響与えてんだよ。ずっと気になってたんだけどよ。お前、育て親のババァって奴からなんか貰ってねぇか?旅に役立つガラクタとかじゃねえぞ?肌身離さず大事にしろって言われる様なもんだ」
「モシカシ、これ、そうでスか?」
キョトンとして、アディは胸元に隠していたネックレスの鎖を取り外す。
手元を見れば、鎖の先にカラフルな花と可愛らしいネコの細工が施された、小さな鈴がそこにあった。
ゼイルはそれを見て「やっぱりな」と呆れた顔をし、気だるそうにソファーに身を投げていた雪狐も身を乗り出してアディ手元をまじまじと覗き込んで、やがて顔を顰めて身を引いていた。
「やぁねぇ……この子、どれだけ神獣と縁があるのかしらぁ。しかもよりによってあの化け猫よぉ!」
「ば、化け猫?どういう事ですか?」
「あ?これ見てわかんねぇのか?コイツはグルグネストの神獣と契約しちまってるんだよ。悪いこた言わねぇ。その鈴とっとと捨てちまえ」
「嫌でス!!これ、オババくれタ!大事スル物!貴方、嫌イでス!!」
「お前がそんな事言う日が来るとはな……どうやってコイツを手懐けたんだ?」
鈴を大事そうに握りしめ、キッと睨みつけてくるアディを見ながらゼイルと雪狐は深々とため息をつく。
未だよく理解出来ていないメル達は恐る恐るとゼイルに問いかけた。
「ええっと……もっと解りやすく教えて頂けませんか?グルグネストの神獣って悪い神獣なんですか?」
「悪いっつうか……人間にとってあんまいい影響は与えねぇんだよ。グルグネストの神獣はケット・シーっつって、チョット特殊な神獣なんだよ」
「ケット・シー?グルグネストにも王族はいるが、彼らからそんな神獣が居るなんて話は聞いた記憶は無いな」
ゼイルと契約しているクロドゥルフも要領を得ないと言った様子で首を捻る。
国を護る神獣は一種とは限らないし、王族が管理しているとも限らないが、それでも国にとって要人が神獣と契約を結ぶのが常だし、把握していないなんて事はまずあり得ない事だからだ。
ゼイルはその疑問を察してクロドゥルフに答えた。
「だぁら、ケット・シーってのは特殊なんだよ。そうだな、竜の山脈に住むドラゴンみてぇなもんだと思えばいい。グルグネストと繋がってはいるけど、歳とるし定住はあんま好まねぇし、世代交代しやがるからな。まぁ、その点ではラハテスナの虎眠も一緒なんだけどよ。虎眠のそれはラハテスナの王族を介して行われるが、ケット・シーは選挙制だ。ハイニア中に住む猫が独自の交流手段で話し合って、次のケット・シーになる奴を選ぶ。選ばれたやつは、それまでのケット・シーの記憶と力を引き継いで新しいケット・シー、つまるとこ猫の王様になるっつー話だ」
「えっ!?ケット・シーって言うのは、ね、猫そのものなんですか!?っていうか猫が話し合って王様を決める!?」
誰もが知ってる猫と言えば、ニャーと鳴いて気まぐれにエサをねだってくるあの猫の事しか頭に思い浮かばない。
その猫が人の様に意思の疎通を図り、ましてや選挙を行い神獣に昇華するなどとてもじゃないが信じられる話ではない。
目を白黒と瞬かせる男三人を面白げに見て、雪狐は尻尾をパタパタと振りながら口を開いた。
「人間だけが世界を掌握してるなんて思ったら大間違いよぅ〜♪ルフはともかく、トルやメルは街で猫が一箇所に集まってる所を見た事位あるでしょう〜?ケット・シーって元は猫に違いないから、案外世代交代は早いのよぅ〜。死んでからじゃ遅いから、何匹か候補を常に話し合うのが猫の世界なのよぅ〜♪」
「う……言われて見れば確かに近所の屋敷の噴水に猫が集まってるの見た事ありますが……ね、猫が一国を護っていたとか……なんか怖いです!!」
ゾッとして腕を抱えるメルに賛同してトルドヴィンやクロドゥルフもウンウンと頷く。
その国がデールでなくて良かったと誰もが思わずにはいられなかった。
「あいつは守護神獣じゃねぇから、護ってるってのとはまた違うんだが……まぁ、だから人間には認知されてなかったんじゃねぇの?ラハテスナやら竜の国の王家なら存在を認知はしてんだろうがな」
「なるほど……でも、人間にあまりいい影響を与えないってどういう事なんだ?やはり猫の王だから気まぐれに人を襲うとかそういう事なのか?」
「そんなことはしないわよぅ。気まぐれ具合ならゼイルだって負けてないじゃなぁい♪」
「お前にだけは言われたくねぇ!……単純にケット・シーの持ってる力の問題だよ。俺は夢想、雪狐は氷を司ってるのは知ってるよな?ケット・シーもちゃんとそういう力を持ってる。あいつも俺や眠虎に近い力だけど、夢より厄介な、幻覚やら混乱……つまり惑わす力を司ってるんだよ」




