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猫と少女 1

 =====



 翌日早速アディを連れてメルは登城する。

 常にライマールにべったりくっついている所為か、はたまたアディが綺麗すぎるのか、廊下で誰かとすれ違う度に驚いた顔で皆がメルに注目していた。


 その居心地の悪さを誤魔化そうと、メルはアディにはなしかける。

 アディはといえば城の中が物珍しいのか、キョロキョロと目を輝かせて辺りを観察していた。


「そういえば、デールのお城の夢を見たりしていたんですよね?やっぱり見覚えがあったりするんですか?」


 周りの景色に夢中になっていたアディは、メルに問われてキョトンと首を傾げる。

 暫く考えた後、ふるふると首を横に振ってアディは「無い」と答えた。


「夢ガお城、ここ違うでスね。もっと小さい。あー……コレ、無い物あるでス」

 そう言ってアディは廊下に飾られた絵や装飾品を指差す。

 どうやらアディが見た城はもっと質素な造りの城だったらしい。


 それを聞いてはたと立ち止まりメルは腕を組む。

「うーん。そうなるとやっぱり古い城なんでしょうねぇ。初代皇帝の妃に関わる城となるとやはり旧帝都の城ですかねぇ」

「旧テート?行くでスか?」

「そうですねぇ〜。行く必要があるかどうかもゼイル様に聞いて見ましょうか」


 メルがにこっと微笑んで見せると、アディも嬉しそうに笑顔を向ける。

 その事がやたら嬉しくて、メルは周囲の視線の事などすっか忘れ、浮かれた様子で騎士団の執務室まで辿り着いた。


 軽快にノックをすると、中からトルドヴィンの「どうぞ」という声が聞こえて来る。


 そういえばここはトルドヴィンも利用する場所だったなと今更ながらに気が付いて、メルは浮かれていた心が一気に冷めてしまった。


 大仰にたんかを切って以来、顔を合わせる事はあってもトルドヴィンとはまともに話をしていない。

 気後れしたが、ノックをした手前、入らないわけにもいかず、恐る恐るとメルは伺う様に扉を開けた。


「すみません。クロドゥルフ様っていらっしゃいますか?」

「ん?殿下なら訓練所の方で稽古中ですよ。そろそろ戻ってくると筈だから。中で待つかい?おや?そちらのお嬢さんは?」


 割と普通にメルを出迎え、トルドヴィンはニコニコとアディに笑顔を向ける。

 ホッとしたのもつかの間、アディに向けられたその笑顔がなんとなく気に入らず、メルは少しムッとしながらトルドヴィンにアディを紹介した。


「ちょっと訳あって今うちで預かってる子なんです。アディって言います。アディ、アスベルグ騎士団のクーベ副団長です」

「アディ・ラジャ・ウパラでス。コニチワ!」

「トルドヴィン・クーベです。可愛くて元気の良い子だね。大したもてなしは出来ないですが、とりあえずその辺に座って待っているといいよ。今お茶を用意してくるから。アディはお菓子は好きかい?」

「お菓子!大好きでス!甘い、美味しいネ」

「あ、僕がやりますよ!」

「いいからいいから。メルも座って待ってるといい。すぐ持ってくるよ」


 そう言ってトルドヴィンは部屋から出て行く。

 渋々ながらソファーに座れば、アディもちょこんとメルの隣に座り込んだ。

 アディの長い髪からフワリと甘い匂いが鼻を掠め、メルはどきりと心臓を跳ね上げる。


(ちょ、ちょっと近い…)


 嬉しそうにソファーの上で足をばたつかせるアディの隣で、メルは顔を真っ赤にして身を硬くした。

 借りてきた猫の様にすっかり黙り込んでしまったメルを不審に思ったのか、アディは心配そうに首を傾げてメルの顔を覗き込んだ。


「どした?熱あるまスか?元気ない?」

「ぅわっ!!ち、違います!!き、緊張してるんです!!あのっ!ああああ、あまり近寄らないで貰えるとボク助かるんですがっ!!」

「何故?メル、私、嫌いでス?」


 慌ててメルがソファーの端っこまで仰け反ると、少し傷ついた様にアディはしょんぼりと項垂れる。

 違います!その逆です!!と、心の中で叫びつつ、もしかしてアディもボクの事が……と、アディの反応に淡い期待を抱いてしまう。


 しかしそれを口にする勇気は流石になく、誤解だけでもとかねばと、メルは首をブンブンと横に振った。

「き、嫌いとかじゃないくてですねっ、その、ええと、ボクの事情です!!」

 なんだよその言い訳は!!と、自分で言っておいて頭を抱える。

 アディもよく解らないと眉間に皺を寄せ、訝しげに首を捻っていた。


「嫌い違ウ?なら好きでスか?」

「えっ……あの……そ、そうはっきり聞かれると物凄く答えにくいんですが……ええと……す、好きか嫌いかと問われればですね……それはもちろん、す、す、すー……」

「やぁ、待たせたね。丁度そこで殿下にあって連れてきたよ。茶菓子はこれで良かったかな?おや?メル?顔が真っ赤だけどどうかしたのかい?」


 絶妙なタイミングでトルドヴィンはポットと茶菓子を両手にかかえてクロドゥルフと一緒に部屋の中へと入ってくる。

 アディはすっかり綺麗に並べられた茶菓子に気を取られ、両手を叩いて喜んでいた。


(絶対、絶対ワザとだ!!さては姉さんの件で仕返ししたんだな!?)


 若干涙目交じりにメルはトルドヴィンをギロリと睨みつける。するとトルドヴィンは訳がわからないとでも言いたい顔でヒョイっと肩を竦めて見せた。

 後ろにいたクロドゥルフを見れば、苦笑しながらメルに「ごめんね」と、片手を上げていた。


「それで、私に用があるんだって?珍しいね。ライマールの事かい?」

「ううう……違います。とても個人的な事で申し訳ないんですが、ゼイル様にこの子を会わせてあげたいんです。お忙しいのは重々承知なんですが、ほんの少しの間でも聞いて頂けないでしょうか?」

「うん?私は全然構わないが……何か込み入った事情がありそうだね。詳しい話を聞いても良いかい?」


 勿論です。と、メルは頷いてこれまでの事を二人に話す。

 何とも不思議な話にクロドゥルフトルドヴィンも思わずアディを見つめたが、当の本人は分かっているのかいないのか、呑気にお菓子に夢中になっていた。


「なるほどねぇ。まぁ、ライマール殿下がそう仰ったのならやはり普通の夢では無いんでしょうねぇ」

「そうだね。私も自分の先祖の話となればとても興味があるよ。ゼイルを呼べば良いんだね?……出てくるかなぁ?」


 苦笑しながらクロドゥルフは懐から懐中時計を取り出す。

 他の神獣はよく知らないが、ユニコーンはどうもあまり主人の命令に素直に従う気質ではないらしい。


 自分の場合は相性の問題もあるから……と、クロドゥルフは困った様子で肩を竦める。

 それでもクロドゥルフが「ゼイル」と、名を呼べば、割とアッサリとゼイルは姿を現した。


 お菓子に夢中になっていたアディは、突然目の前に現れたツノの生えた青年に青い瞳をめいっぱい見開いて、フォークを咥えたまま驚いていた。


「なんだ?なんか用か?くだらない用ならはっ倒すぞ」

「うん。すまないね。君にどうしても聞きたい事があって、彼女なんだけど、不思議な夢を毎日見てて不眠症らしいんだ。その夢っていうのが……ゼイル?」


 不快そうに腕を組んでグルリと周囲を見渡したゼイルは、クロドゥルフの話を全て聞く事無く、驚いた顔でアディへと近寄って行った。

 そして徐にアディの腕を掴んで立ち上がらせたかと思うと、がっしりとアディの顔を両手で挟んでマジマジと信じられないものでも見るかの様に観察した。


「何するカ!」

 不快そうに睨めつけてくるアディを物ともせずに、ゼイルはポツリと「マジかよ……」と呟く。


「お前……なんでよりによって……っぶ……ックックックックック」

「ゼ、ゼイル様?」


 アディの顔を挟んだまま俯いたかと思えば、肩を小刻みに震わせ、ゼイルは小さな笑い声を漏らす。

 訝しげにメルが声をかければ、もう耐えきれないとばかりにゼイルは腹を抱えて部屋中に響き渡るほどの大きな声で爆笑した。


「ぶはははははは!なんでこうなったんだよ!やべぇ!これ雪狐に見せねぇと!お前らちょっと待ってろ!」


 そう言ってぽかんと口を開けて唖然とするメル達を放って、ゼイルは風と共に姿を消す。

 そして程なくして気だるそうな雪狐の手を引いてゼイルはまたメル達の前に姿を現した。


「なぁにぃ?まだ暑いじゃなぁい。動きたくないわよぅ。せっこさんもう昔みたいに若くないのよぅ」

「ばっか!よく見てみろって!アレ見ればそうも言ってらんねぇって!」

「はぁ〜?……って、やだっ!うっそ!!えぇ!?」


 雪狐はゼイルが指差したアディへと視線を移すと、先程のゼイル同様、驚いた顔でアディの量頬を掴んでマジマジと顔を眺めた。

 とても迷惑そうにするアディを他所に、やはりゼイルと同じく、気だるそうにしていたのが嘘の様に雪狐は腹を抱えて爆笑しだした。


「あはははははは!やっだ!超ウケる!!随分と可愛いじゃない♪っていうかよく見ればレティにそっくりよぅ」

「な?やっぱそう思うだろ?これぞ奇跡だぜ奇跡!」


 ゲラゲラと腹を抱えて笑う神獣達にどうしたものかと一同困惑していると、笑われているアディは、かなり不快そうに顔を真っ赤にし、あろうことかゼイルの脇腹めがけて回し蹴りを繰り出した。

 その蹴りは残念ながら本人の思い通りにはいかず、ゼイルはすんでの所でヒョイっとその足を避けてしまった。


「笑う!シツレイ!!アナタ、嫌いでス!!」

「ア、アディ!」


 蹴りが空振りに終わり、体勢を立て直したアディは、更に憤慨して、ゼイルに殴りかかろうとする。

 その見事な蹴りに呆然としていたメルは、そこでようやくハッとして、アディの両手を掴んで止めに入った。


「お、落ち着いて下さい!気持ちはわかりますが、ゼイル様は神獣なんです!神獣を殴ったり蹴ったりするのは流石にマズいです!!スイマセンスイマセン!アディはこの国の事まだよく分かってないんです。どうか許してやって下さい!!」


 アディの両手を掴みながら、メルは真っ青になってヘコヘコと頭を下げる。

 神獣に危害を加えたとなれば当然死罪は間逃れない筈だ。無論ここへ連れてきたメルだってただでは済まないだろう。


(これはアディにちゃんと説明しなかったボクの落ち度です!処罰されるならボク一人で責任を負わなければ!!)


 そうなるとやっぱり自分が死罪になるんだろうか?ああ……思ったよりも短い人生だったな……と、メルは徐々に血の気を無くしていく。

 しかしゼイルは全く気にしてない様子で、ブンブンと手を振ってまだどこか楽しそうにメルに答えた。


「気にすんな。そいつに殴られたくらいじゃ腹なんてたたねぇよ。つか、悪かった。笑うのは確かに失礼だった。謝るよゴメン。許してくれ」

「ごめんなさいねぇ〜。ゼイルもせっこさんもつい嬉しくなっちゃってぇ〜。あなた、昔の知り合いにそっくりなのよぉ〜。許して欲しいわぁ〜♪」


 二人はフッと優しげに目を細めてアディを見下ろす。

 その目はまるで我が子を慈しむ様な優しさに満ちていて、殴りかかろうとしていたアディも渋々ながら頷いて二人を許した。


 どうなるんだろうとハラハラしていたメルは、ようやくホッとしてアディの両手を開放する。

 それを合図にゼイルはアディに手を差し出すと、いつも女性に取る態度とは若干違った様子でアディに自己紹介をした。


「俺はゼイルだ。こっちは雪狐。メルが言ったとおり人間じゃない。神獣ってやつだ。お前、名前なんて言うんだ?」

「アディ…アディ・ラジャ・ウパラ言うまス」

「「アディ・ラジャ…ウパラ!?」」


 アディの名を聞いて、ゼイルと雪狐は目を見開いて同時に声を上げる。

「ぶははははは!誰だこいつに名前つけたやつ!」

「あ、あらぁ、ダメよゼイル。笑ったりしちゃぁ〜…っぷ……あはははは」


 引っ込み始めていた二人の笑いはまた腹の底からジワジワとせり上がってくる。

 ヒーヒーと涙を浮かべてまた爆笑し出したゼイルに、アディは今度こそ見事な蹴りを喰らわせたのだった。

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