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異国の少女の奇妙な体験談 2

 ギリファンに言われ談話室に残ったアディは、邪気の無い笑顔でニコニコとギリファンの近くへ近寄り、 ちょこんとソファーに座り込んだ。


 その仕草がまた可愛らしくてメルはポッと頬を染める。

 ギリファンは照れた様子の弟の後頭部をパシリと叩いた後、ようやく本題へと話を移行した。


「そうだな、名前は伺ったが、まずは何処から来たのか聞いても良いだろうか?」

「ドコから?おう!あー……西な南?ベルンのグルグネストから来ましタ。グルグネスト判るますカ?」

「う……すみません…ボク解んないです」

「ベルン連邦ケザスの東にある国だな。中央国家のケザスに比べれば小さい国だが、南東には忘却の砂漠があって観光地にもなってる」


 グルグネストは判らなかったが、かろうじてケザスはメルでも知っていた。

 ケザスはベルンの中で一番北に位置する国家で、その大きさは連邦内でも一、二を争う程の大きさだ。

 中央国家と言われるだけあり、連邦で議会が招集される場合はかならず各国の代表がこの国に集まる事になっている。

 以前はベルンの渡航船玄関口としても有名だったのだが、ウイニーが滅亡して以来、港は閉鎖され、海外から旅人が訪れる事は滅多に無くなってしまったとメルも学園でそう教わっていた。


「忘却の砂漠ですかぁ〜。良いですねぇ〜。私一度行って見たいんですよね〜。あの砂漠の曰くは、なかなかに興味深いですから〜」

「曰く?」

「メル君は国内には詳しいのに〜、国外の事は全然駄目ですねぇ〜。来賓を相手にする機会は私達より多いんですから〜。もう少し興味を持った方が良いですよ〜」

「う……そうですね。今度もっと勉強しておきます」


 国外に出ることが叶わないからとその辺の勉強はサッパリして来なかった。

 苦手と言うわけではないが、国内以外となると学んでいても虚しい気がしてメルはなんとなく国外の地理だけは避けていた。


「お前達、話が脱線するだろうが。そういう話は後にしろ。グルグネストと言う事は、イスクリス語が母国語か?」

「おー。ハイ。私、イスクリス語話せまス。あと、ウイニーの言葉少しでス」

「ウイニー語話せるんですか?凄いですね!今ではダールでも話せる人は少ないって聞きますよ」


 メルが褒めれば、アディは少し照れた様子で嬉しそうにニコニコと微笑む。


 ダール侯国はデール帝国から丁度南西の場所に位置し、ゼイルの森を西へ進めば、森はそのままダールの森へと名称が変化する。

 ウイニー王国が健在していた頃、ダールはウイニーの一部だった。その為昔はイスクリス語かウイニー語が母国語となっていたが、ウイニー亡き今では、イスクリス語かリエン語が主体の国となっている。

 ウイニー語が話せる人も中には居るらしいが、生活の中で使う人はもうあまり居ないのだという。


「私、小さい人でス、ウイニー、言葉、話せたでス。何故、判らない。不思議でス」

 そう言ってアディは肩を竦める。

 片言すぎて流石に何が言いたいのか解らず、メルとガランは顔を見合わせ首を傾げる。


 ギリファンはと言えば、顎に手を当て何か考える仕草を見せた後、聞きなれない言葉でアディに何かを話し掛けた。

 メルが驚いて姉を凝視していると、アディも驚いた様子でギリファンを見つめ、やがて嬉しそうにギリファンと同じ様な言葉を発していた。


「ふむ…」

「ね、姉さん?今のもしかしてイスクリス語ですか?」

「あ?ああ。って、お前達話せないのか?」

「話せる訳ないじゃないですか。ねぇ、兄さん」

「え〜?まぁ、姉さん程は話せませんが〜。ある程度は私も解りますよぉ〜?」

「えぇっ!?な、何故!?」


 先程からなんだか自分だけが勉強不足だと言われている様でメルは愕然と頭を抱える。

 これでもライマールの足は引っ張るまいと、それなりに勉強はして来たつもりなのだが、姉はともかく、のんびりした兄まで外国語を嗜んでいたとなると、メルの名が泣いているではないかとメルはかなり落ち込んだ。


「何故って〜、私は魔法文字専攻ですから〜。文字研究にはイスクリス語は必須なんですよ〜。古い魔法になりますと〜、解読や記述で使わざるを得ませんから〜」

「私も魔法薬学よりは魔法文字の方が得意だが、それ以前に団長職やら副団長職やら任されているからな。国賓と話す機会が多いから近隣の国の言葉は一通り覚えた」


 つまり必要に迫られてという事らしい。

 メルは魔法薬学専攻なのでイスクリス語よりもウイニー語の方に縁がある。

 とは言え、わかる単語は薬に関する物しかない。

 因みに主人のライマールは基本オールマイティーだが、薬学と見せかけて幻術専攻である。


 メルは理由を聞いたもののなんだか負けた気分は消えず、不貞腐れて姉に尋ねる。


「それで、姉さんは一体何を話してたんですか?ボクにも教えて下さい」

「うむ。なんでも物心着いた頃から誰に習わずともウイニー語が話せたらしい。お前に助けを求めた動機といい、なかなか興味深い話だな」


 更に詳しく話を聞けば、アディは物心着いた頃から旅をして生活していたとの事だった。

 両親の顔も知らず、育ててくれたのは占い師をしていた血の繋がらない老婆で、グルグネストに定住するようになったのは二年前、育て親の老婆が体調を崩す様になったのがきっかけだと言う。

 旅をしている間にウイニー語を話す地域に行った事はなく、自分がウイニー語を話す事が出来ると気が付いたのは初代デール皇帝の妃の夢を見る様になってからだという。


 ギリファンは更に夢を見始めた時期や、メルを頼る事になった経緯をアディに質問した。

「ふむ。妃の夢を見る様になったのはここ最近の事らしい。それまでも時折何か不思議な夢を見る事があったらしいが、眠れなくなる程気になる夢は見ていなかったそうだ」

「不思議な夢を?例えばどんな夢なんです?」

「あー……デール、見たでス?ウイニー、見たでス?」

「……デールの城の中を歩いたり、ウイニー王国の景色を眺めたりと、そんな様な夢らしい。メルを頼るまではベルン国内から出た事はないとも言ってる。どの夢も鮮明な景色に見えて、漠然と何処だか判るらしい。妃の夢然りだな。メルを訪ねる様に言ったのはその育て親の老婆で、占いでメルを訪ねる様に助言したそうだ。ズバリ国と名前を指名してくるあたり、力のある魔法使いなんだろうな」

「それは確かに不思議ですねぇ〜。亡国の風景ですか〜。興味深いです〜。見てみたいですねぇ〜」


 何処か興奮した様子でガランはまじまじとアディを見つめる。

 ガランの態度にアディは不快そうに眉を顰め、身を竦ませた。

 メルとギリファンはガランの頭と背を思い切り叩くと、痛そうにうめき声を上げたガランを無視して、二人は神妙な顔付きで考えあぐねる。



「それまで見ていたその不思議な夢というのも何か意味がありそうだな。妃の夢と直接関係があるかは解らないが、かの妃はウイニー王国の姫君だったと伝えられているから関係が無いとは思えない」

「そうですねぇ。初代皇帝の妃の話となると童話で伝わってる絵本ぐらいしか思いつきませんが、城で調べればもっと詳しい事が解るかもしれないです。でもやっぱり夢となるとライマール様に相談した方がいい気がするんですよねぇ〜。ライマール様の得意分野ですし」

「そうだな。しかしライムが戻ってくるまで後一週間はあるし、その翌日には合同訓練で遠征しなくてはならんからなぁ……そうなると二週間以上後でないと具体的に解決策を模索は出来ないだろうな」

「二週……?困る。私がおババ、グルグネスト居るでス。元気ない。帰ルたいでス。早く」


 どうやら育て親の老婆の具合はあまり良くないらしく、できれば早く家に帰りたいと言っている様だ。

 メルと初めてあった時から既に一月近く経って居ると思えば、かなり長い間デールを歩き回っていたに違いない。

 アディ自身の不眠の事も思えば、やはり早く解決してあげたいとメルも頭を悩ませた。


「うちは大所帯だしこっちは問題無いんだがなぁ……彼女の事情を考慮すると厳しいな。全く、ライムならこの位の事、前もって知って居そうなものなのに……あっ!」

「な、なんですか?」


 そうだよなぁ……と、メルが姉の言葉に同意していると、唐突にその姉が何かを思い出した様に声を上げる。

 皆がギリファンに注目する中、ギリファンはしげしげとメルを見ながら納得した様に頷いて見せた。


「今日ライムの所へ行った時にお前に伝言を頼まれていたんだった。"ゼイルの所へ連れて行け"って。多分この事だな」

「ゼイル様の所へ?確かにユニコーンなら夢の事をよく知っているでしょうが……祠に行けば良いんですかね?許可取れますかね……」


 ゼイルの祠は神域に当たる為、王族の許可無く入ることは許されない。

 大抵はライマールが勝手に許可を出すのだが、今回は流石にそうもいかないだろう。

 異国に住む一般人の少女相手ではかなり難しい気がする。


 しかしギリファンは意外と心配はしてなさそうだった。

「大丈夫だろう。ライムがそう言ったんだから。まぁ、祠に連れて行くより、クロドゥルフ殿下の所へ行く方が早いんじゃないか?」

「わざわざ呼び出してもらうんですか?それはそれで気が重いんですが……気さくな方だから忘れがちですが、一応皇太子様なんですよ?」

「気さくな方だから大丈夫なんじゃないですか〜?それに良いんですか〜?アディさんとの約束守らなくて〜?」


 ガランの言葉にアディが反応して不安そうにメルを見れば、メルはグッと息を飲む。

 仕方なしに「大丈夫です!任せて下さい!」と、胸を叩いてアディに応えると、その言葉にアディが嬉しそうな笑顔浮かべる。


 アディのその魅力的な笑顔にメルもつられてへらりと相好を崩しながら、エイラを優先したがるライマールはこんな気持ちだったんだろうかと内心頭を抱えたのだった。

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