異国の少女の奇妙な体験談 1
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その日、メルは結局ベルンハルトの店には行かず、アディを連れて帰宅した。
始めは連れてくるつもりなど無かったのだが、連絡先を聞けば旅館では無く裏路地の隅っこを指差し、そこで寝泊まりをしていると、とんでもない事を言い出したので、連れて来ざるを得なくなってしまったのだ。
どうやらそれまでも旅費節約の為にそんな生活を続けて来たらしく、今までよく無事でいられたなとメルは真っ青になってアディーを家へ招待したのだった。
家に帰ればまず母が狂喜の悲鳴を上げ、アディを歓迎した。
父は普段真面目なメルのあまりに大胆な行動に困惑し、すぐ下の弟のエドは然程自分と変わらない年頃の美少女を連れて来た兄に呆れ、その下の妹のツィシーは珍しく白い目でメルを睨みつけ、さらに下の弟のクルロはアディのあまりの美しさに、メルと同じ様に真っ赤になって部屋の隅で固まっていた。
そこにガランとギリファンが帰宅すれば、やはりうちに連れてくるのは間違いだったとメルは大いに後悔する事となった。
夕食を終え、談話室へ移り、父や弟の隣で母とツィシーが興味津々でアディーを質問責めにしている間に、メルは青筋を立てた姉と、面白そうに目を輝かせた兄のガランに板挟みにされた状態で囲まれる。
大体なにを言われるか予想しつつ、メルはソファーに座り、姉から落とされるであろう雷を覚悟して身を縮こませて小さく身構えた。
「お前は何を考えているんだ?呆れて物も言えんぞ。何がどうしてこうなった?」
「すみません。その、かくかくしかじかで、彼女に相談を持ちかけられたんですが、連絡先を聞いたら町の裏路地で野宿するって聞いて、流石に放って置くのは忍びないかなって……う、うちは大家族ですし、一人増えても問題無いじゃないですか」
ついアディとの出会いから今に至るまで、事細かに話したくなる気持ちを抑え、姉の逆鱗になるべく触れない様にと何とか要点をまとめて、メルは珍しく手短にこれまでの事をギリファンとガランに話して聞かせた。
ガランはともかくギリファンは、あれだけ自分の恋愛に猛反対していた弟が、身分不詳の、下の弟と然程としの変わらないであろう少女を相談も無しに家に連れて来たとあって、怒りを通り越してほとほと呆れた様子で大仰に溜息を吐き出した。
「確かに一人増えたところで変わりは無いがなぁ……お前……犬猫拾ってくるのと訳が違うんだぞ?身分も判らないなんて盗人だったらどうするんだ」
「ボ、ボクだって人を見る目位あります。彼女は絶対そんな事する様な子ではありません!大体盗まれて困る様なものなんて家には無いじゃないですか」
「馬鹿者!家宝は無くとも家にだって盗まれて困るもの位あるわ!はぁ……その自信は一体どこから出てくるんだ……まぁ、確かに悪い娘には見えんが……お前、人の恋愛に口出ししてきた割に自分は軽率だと思わんのか?」
「うっ…」
言われるかなと思っていたものの、実際言われるとやはりぐうの音も出せない。
自分でも考えなしではあるなと自覚しているだけに「すみません」とメルは項垂れるしかなかった。
「まぁまぁ〜、過ぎてしまった事ですし〜。確かに女の子が一人で野宿は感心出来ませんから〜。メル君の気持ちはよ〜くわかりますよぉ〜。銅貨のつもりでうっかり金貨3枚も渡しちゃう程可愛らしいですからねぇ〜」
「に、兄さん!」
「うわっ!マジかよメル兄。どんだけだよ!確かに可愛いけど、それは無いわ」
「あらっ!エドちゃん、男性は懐が広くなくちゃ女性は靡かないものよ?ジュニアちゃんは正しいわ」
「イザベラや、懐の意味がちぃとばかり違いやしないかね……ま、まさか君は懐に惹かれて私と結婚したのかい?!」
「メル兄サイテー!そういうのばいしゅーって言うのよ!フケツだわ!」
「ツィシー、それ意味わかって使ってる?」
いつの間にこちらの会話に耳を傾けていたのか、家族総出で言いたい放題である。
「私、迷惑かけてルですカ?ごめんナ?ヤパリあそこ戻るマスよ」
「いや、悪いのは弟ですから。貴女が気になさる事ではない。あーもー!お前達が横から口を出すとややこしくなる!各自そろそろ部屋に戻れ!アディ殿には少し聞きたい事がある。明日と言いたい所ではあるが、私も明日は仕事でしてね。長旅でお疲れだろうがもうしばし付き合ってもらっても良いだろうか?」
「構わマセン。大丈夫でス。なんでも答えるでス」
ギリファンの号令に皆肩を竦め、ガランとメルを残して談話室から出て行く。
やっと静かになったと溜息をつく姉の横で、当面弟妹達から白い目で見られるのかとメルはガックリと首を落とした。




