経験者はかく語りき
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ギリファンがトルドヴィンに宣言してからというもの、ギリファンをなんとか説得しようと、暇さえあればトルドヴィンがギリファンの前に現れ、ギリファンは頭を抱える日々が続いていた。
ハタから見れば、必死になって魔術師副団長を口説く騎士副団長の図にしか見えず、元々喧嘩はしてても両想いのバカップルという認識をされていた所為で、大抵の人間からは生暖かい視線が送られていた。
トルドヴィンに忠義を誓う一部の熱狂的な兵士に至っては、応援しようと画策して、ギリファンにトルドヴィンの良さをアピールする者まで現れるのだから堪ったものではない。
そんな状況でなくとも、ギリファン自身、見合いの日以来トルドヴィンとどう接したものか測りかねているのであるから放って置いて欲しいと切実に思う。
自分の事ではあるものの、トルドヴィンのその言動と行動がどうしてももどかしいのだ。
目の前にあるオモチャが欲しそうな顔をして、欲しいのか?と問えばいらないと答える子供の様な、そんな印象を受けてしまう。
もっともそのオモチャは自分自身の事なので、そんなに欲しいなら良いから持っていけ!などとは簡単に口にも出来ない。
そのおかげで、何故そのオモチャをとっとと諦めろと言えないのか?そもそも自分はトルドヴィンにそのオモチャを上げたいのか?と段々自分がどうしたいのか、そもそもトルドヴィンをどう思っているのかが解らなくなってしまい、悩みがこじれにこじれまくっている状態にまで陥ってしまった。
更にそこに責任を感じていたメルが、物言いたげな視線を仕事中に送ってくるのだから頭痛は増すばかりだ。
ここの所トルドヴィンとの噂が拍車をかけているのと、追いかけ回されているのを目にしている所為だろう。
二人の間に割って入った方が良いのか、後押しした方が良いのかと、ありありと顔に書いてあるのだ。
気付かない振りをして無視を決め込んでいるものの、終始弟の視線が気になって仕方がない。
私生活はこんな状況だが、仕事の方はと言えば、もう殆ど通常業務のみが行われている状態で研究室はかなり落ち着きを取り戻していた。
合同演習まではもう殆どする事が無いし、丁度良い機会だからと、エイラの見舞いも兼ねて、ギリファンはライマールの所に近況を報告に行く事にした。
大義名分ではあるが、要するに周りの干渉から一時でも逃れたいというのがギリファンの本音だった。
久方ぶりに竜の国へ赴き、ライマールとエイラに対面すれば、応接間に入るやいなや、何とも例えようが無いほど幸せそうな空気を漂わせて満面の笑みで二人は出迎えてくれる。
エイラはともかく、頭が花畑状態のライマールを見てしまえば、少々訪ねた事を後悔しないでもない。
一瞬たじろぎそうになりながらも、ギリファンはニコリと微笑を浮かべ、エイラに向かって挨拶をする。
「思いの外お元気そうで何よりです。とはいえ、やはり以前よりお痩せになられましたね。起きていて大丈夫なのですか?」
子供に養分を全て持って行かれているのではないかと思う程痩せこけたエイラを目にし、ギリファンは胸を痛める。
大家族の長女であるが故に、母の妊娠と出産は何度も目にしてはいるのだが、一番酷かったガランの時ですら母がここまで痩せていた記憶はなく、長引いているという事もあって無理をしてこの場に立っているのではないかと流石に心配になってしまう。
「ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません。皆さんのおかげで今はだいぶ落ち着いているんです。そちらのお仕事も忙しい時期だと聞き及んでいましたのに、ご迷惑をおかけしてしまって……」
「気にするな。仕事よりリータの身体と子が大事だ」
ギリファンが「心配はありませんよ」と答える前に、至極当然の様にライマールは言い放つ。
お前が言うセリフでは無いだろう!と呆れ顔でライマールを睨めつければ、エイラも苦笑して申し訳なさそうにギリファンに謝罪してきた。
「すみません。気を悪くなさらないで下さいね」
「いえ、陛下が謝る事では……こちらの方も騎士団が割と協力的でしたので、思っていた程混乱せずには済みましたから。それにライムの言う通り、こちらの事は気にせずお体を大事になさって下さい。弟も心配していたんで陛下が元気だと風の便りが耳にでも届けば安心するでしょう」
「ありがとうございます。メルさんはお変わりありませんか?あんなにお世話になったのに訪ねる事も出来なくて気になっていたんです」
「ええ、弟なら……」
「問題ない。リータが気にする程でも無い」
ムッとかなり不機嫌そうにまたライマールは会話に割って入る。
急に機嫌が悪くなってしまったライマールに、どうしたものかとエイラも困った顔をし、ギリファンも呆れ果てて肩を落とした。
「ライム……お前なぁ、人の会話に割って入るな。なんでお前はそうメルを目の敵にするんだ?あいつは別に陛下を女性として慕っているわけではないだろうが」
トルドヴィンの様な妙にずれた愛情表現も困るが、ライマールの清々しい程の独占欲も困りものだなとギリファンは頭を抱える。
メルもよくこんなのを主人にしようと思ったものだとしみじみ思わずにはいられない。
「面白く無いものは面白く無い。リータはメルを気にしすぎだ」
「そう、でしょうか?メルさんには大変お世話になりましたし……会いたいと思うのはいけない事でしょうか?」
「いけなくは無いが……リータはそんなにメルが好きなのか?」
「好きか嫌いかと問われれば、もちろん好きです。お優しい方ですし、お話もとてもお上手で聞いているだけで楽しいです。でも、少しだけ苦手でもあります」
"好き"とキッパリ言われてしまい、ショックを受けて唖然とするライマールを他所に、ギリファンはおや?と、首を傾げる。
「弟がですか?陛下でも苦手と感じる事がおありなんですね。因みに何処が苦手と?」
「お話は楽しいのですが、その、話題が尽きない方なので、こちらから話すタイミングが難しくて……私の周りにはメルさんの様な方はいらっしゃいませんでしたから」
「あぁ……なるほど」
確かにメルやツィシーが話し出すと、家族ですら止めに入るのは面倒だと感じる位だ。
見た目に反し、割とおっとりしているエイラならば、それは尚更の事だろうとギリファンは苦笑する。
「ライムはライムで中々喋らないので、それはそれで落ち着かないのでは?……足して2で割れば丁度良さそうな主従だな」
「ふふふ。そうですね。ですがライマール様は今のままで良いです。お話上手になってしまわれたら、私はきっと逃げ場を失ってしまいます」
「逃がす気は無い。今更メルが良いと言い出しても絶対に手放さん!」
拗ねた様子で目尻を赤く染めて、ライマールはギュッとエイラの肩を抱き寄せる。
エイラはパチパチと瞬きをすると、慣れた様子でクスクスとまた笑みを漏らした。
「言わないです。メルさんの好きとライマール様の好きは別ですよ?でも手加減して下さらないと、私はドキドキしすぎていつか心臓が止まってしまいます」
恨めしげに下から伺う様にエイラがライマールを見つめれば、「うっ……」とライマールは真っ赤になって硬直する。
一年前のこの状況ならエイラの方が慌てていた様な場面だが、すっかり慣れた様子で、どちらかと言えばライマールが上手い事あしらわれている辺り、完全に尻に敷かれているなとギリファンは目を意地悪く細める。
「陛下の前では奇行王子も反論出来ず、か?すっかり手のひらの上じゃないか。なぁライム?」
「五月蝿い。用は済んだだろう。とっとと帰れ!」
「お前なぁ……一応近況報告で来てるんだからそれはないだろうが。まぁ、お前の事だから粗方わかってはいるんだろうが……そうだな。陛下の体調もあるし、言われた通りそろそろ退散するか。せめて持ってきた書類には目を通しておけよ?」
都合が悪くなったらこれだ。とギリファンは肩を竦める。
ライマールはムッとしたまま、それでも「わかった」と、頷いて同意した。
立ち上がるギリファンに、エイラも申し訳なさそうに声をかける。
「あまりお構いも出来なくてすみません。今度はお仕事が無い時にでも……あ、クーべさんと一緒に是非またいらして下さい。色々お話を聞かせて頂けると嬉しいです」
にこにこと邪気の無い笑みを浮かべてエイラがトルドヴィンの名を口にすれば、相手が相手だけに曖昧に笑みを浮かべてギリファンは「ええ、そうですね」と答えざるを得なかった。
「なんだ。否定しないのか?」
仕返しとばかりにライマールがニヤリと口角をあげる。
ギリファンは、さては陛下に妙な事を吹き込んだなとライマールを睨みつけて見るものの、最近のトルドヴィンとの関係を振り返れば微妙な気持ちにしかならなかった。
「否定したくてもな、最近のあいつを見てると無下にも出来んから困る」
「あら?すみません。私はてっきりお二人はお付き合いなさっているのかと……」
「ははは……気になさらないで下さい。皆から言われますから。今はもう自分でもよく判らなくて、否定するのも億劫になって来ているんですよ」
「まぁ……。ふふふ。では、きっともう手遅れなんですね」
優しげに目を細めるエイラにギリファンは「手遅れ?」と、不思議そうに首を傾げる。
エイラはコクリと頷くと、ほんのり頬を染めてギリファンに言った。
「私も一緒でしたから。自分の気持ちをじっくり考える前に、ライマール様は悩む隙を与えてはくれませんでした。どう思っているのかなんて考えていたら、あっという間に囚われてしまいますよ」
クスクスと笑いながらエイラはライマールを見上げる。
ライマールはそんなエイラの言葉に満足した様子で、どうだ!と言わんばかりにギリファンにニヤリと笑みを浮かべて見せた。
「…トルとライムのやってる事が一緒なら、そら恐ろしいものがあるな……」
「お前も適当なところで観念すれば良い」
「馬鹿言え!そう簡単に割り切れるかっ!へ、陛下のご忠告に感謝する!肝に命じて私はそろそろ本当にお暇させてもらうぞ!!ライム!お前も陛下をあまり困らせるんじゃないぞ!!」
真っ赤になって踵を返し、ギリファンが退室を試みれば、背後からくつくつと二人の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
居心地の悪さを引き摺りながらギリファンが扉のノブへと手を掛けた所で、思い出したかの様にライマールがその背に声を掛けた。
「ああ、そうだ。メルに"ゼイルの所へ連れて行け"と伝えろ。うっかり忘れる所だった」
結婚しても意味不明な所は相変わらずだなと思いつつ、ギリファンは片手を振ってそれに応える。
どうせ気にしても意味は無いのだろう。言われた言葉だけを憶えてギリファンは今度こそ部屋を出た。
気分転換に来たつもりがなんだかどっと疲れたなと、扉の向こうから聞こえる二人の談笑する声を聞きながらギリファンはまた苦笑し、家路に着くのだった。




