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あなたの未練 お聴きします  作者: 小山洋典
第四話 巣立ちの頃
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巣立ちの頃 第四部

 あの初回面接以来、先輩の手厚い指導を受けながら、私は修斗くんと向き合う作業を続けていた。

 しかし、実際に体験してみるとわかることだが、面接を終えると、くたくたになって、倒れこんでしまいそうな自分がいる。それを言うと先輩はうんうん、と頷いて答えてくれた

「それはな、実習生。お前がまだ、修斗くんを『助けてやろう』『何とかしてやろう』と、『縦の関係』を築いているからだ。『横の関係』ではなくな。どこか、心の奥底で、対等の立場で向き合ってないんだよ」

 私はまだ背伸びをしすぎている。修斗くんに、いいところを見せたがっている。先輩はそう言いたいのだろう。

 でも、信頼関係を保ちつつ、本当に全身を耳にして聞いていると、本当に疲れる。理屈ではなく、どうしようもないことなのではないだろうか? 

 そう言うと、先輩は大したことでもなさそうに頷いた。

「実は、理屈でも、信頼関係は築けないことはないんだ。人は『YES』と言う時、心を開きやすくなる。……だから、そうだな、応用して、簡単に『はい』と言わせてしまう状況を作ってみるとかな。少し試してみようか」

「はい……あ、今のはノーカウントで」

 先輩は苦笑して肩をすくめる。

 私が『はい』と言わされる? 

 私は警戒しつつ、先輩が何をしようとするのかをも待ってみた。

「今日は何時に起きたのかな?」

 先輩は、のほほん、とした口調で口を開いた。

「……は? 7時半くらいですけど」

「7時半くらいに起きたんだね」

「! は……はい」

「今日の朝食はなんだった?」

「食パンと、卵焼きとサラダです」

「今日の朝食は、食パンと、卵焼きとサラダだったんだね」

「…………はい」

「好きな飲み物は何かな?」

「……そうですね、ミルクティーかな?」

「好きな飲み物はミルクティーなんだね」

 ……く。『はい』と言わされる。

「は、はい……」

「と、ここまでにしとこうか」

 先輩は、パン、と手を叩いて、

「今、3回お前を『はい』と言わせることができたよな? これを、普通の会話の中に、自然に取り入れる。今まで教えたことも含めてな。まあ、一番怖いのは、テクニックに走りすぎて、気負いすぎることだ。適度に『自分自身』を失わない程度に活用するといいだろう」

「……はい」

「さて、そろそろ時間だ。修斗くんを案内しろ。面談をするのは、お前だよ。俺は横に居てやるから」

 たったそれだけのことが、私にはとても心強い。

「は、はい! 頑張ります!」

 と張り切って言うと、

「頑張りすぎないように、頑張ってな。気負いすぎてもろくなことがないぞ、この仕事は」

 先輩は苦笑して返した。


***


 面接室に修斗くんがやってきて、面接はしばらく他愛のない話から始まった。

「修斗くん、修斗くんの好きな食べ物って何かな?」

「うーん、ハンバーガーが好きだな。DOSバーガーは高いけど美味しいと思う」

「DOSバーガーが好きなのね」

「うん」

「前にも話してくれたけど、好きな時間の使い方はなんだっけ?」

「マンガを読むこと。バトル系が好きかな」

「好きな時間の使い方は、マンガを読むことなのね。その中でも、バトル系が好き」

「うん、そうだよ」

「好きな音楽は、どんなのがあったっけ?」

「主にアニソンだけど、オタクというわけではないよ」

「そう、アニメの音楽が好きなのね。最近のアニメは、なかなかいい曲があるよね」

「うん、僕もそう思う」

 そうしていくうちに、だんだんと修斗君との距離が縮まり、身振りまででもなく呼吸までもがシンクロしていくのがわかった。

 そろそろ本題に入ってもいい頃だろう。

「ねえ、修斗君、あなたの未練……のことだけど……」

「うん、あいつらへの復讐だよ」

 修斗くんは事も無げに答える。

「あのね、修斗くん。もし、『復讐』しなかったら、どうなるの?」

 修斗くんは「え?」と呟くと、

「そんなの、当たり前だよ。僕が生まれてきたた意味がなくなったちゃう」

 私は、温和な調子の会話の中でも、しっかりと『自分を込めて』質問する。

「そう。『誰にとって』意味がなくなるの?」

 訝しげに、修斗くんが小首をかしげる。

「そんなの……自分にとってに決まってるよ。自分にとって、生きてきた意味が無くなっちゃう」

「自分にとって、生きてきた意味がなくなっちゃう。そうなると、どうなるの?」

「え……ええ? 何が聴きたいの? そんなの、あいつらのせいで、めちゃくちゃにされるために生まれてきたことになっちゃう!」

「自分にとって生きてきた意味がなくなるのと、あの子達にめちゃくちゃにされるために生まれてきたことは同じ意味?」

「そうじゃないけど……」

 私は息を吸い込み、修斗くんに呼吸を合わせて、ゆっくり言った。

「そう、それはどう違うの?」

「僕は、僕なりに人生に意味を持って生きてきた。でも、あいつらがそれをさせてくれなくしたんだ」

 修斗くんは居心地が少し悪くなったようだが、まだ信頼関係ラポールの糸は切れていないことを感じ取り、私は続けた。

「あの子達がいなければ、修斗くんの人生はどうなってたと思う?」

「それは……わからないよ。残酷すぎるよ、そんな質問」

 修斗くんは、あどけない顔をしかめた。

「そうね、ごめんなさい、でも、意地の悪い質問をもう一つさせてもらうね。修斗くん、これまであなたの人生の関心は『誰にあって』生きてきたの?」

 修斗くんはその言葉に「うっ」と詰まると、顔を赤くしていった。

「それを言わせるの? そうだよ、認める。僕の関心はあいつらにあった……僕はあいつらばかりに振り回されてたんだ。あいつらのせいにできない人生なんて……想像もできないよ」

「うん。もう、『彼らのために修斗くんがいなくてもいい』んだよ。がんばったね」

「うん……」

 私はいたわりの言葉をかけると、先を続けた。

「きつい質問だったね、ごめんなさい。でも、なるほどね。ところで修斗くん、話が少し跳ぶんだけど、もし、あなたが生まれ変わったとして、また人間として生を受けたなら、その時はどんな人生を送っていたい?」

 その質問は、修斗くんの予想外だったようで、修斗くんはポカン、とした表情をしたあと、

「……それは、いじめも受けずに、友達もたくさんいて、毎日面白おかしく過ごすこと……かな?」

 ここが今回の面談のキューだ。私は深く頷いた。

「うん……修斗くん、よく聞いて。もしかして、君が望んでたのは、『復讐』なんかじゃなくて、そういう、いじめも受けず、友達もたくさんいる、安全でごく平凡な人生だったんじゃないかな?」

 修斗くんは明らかに狼狽した。

「そ、そんな……! それは、確かに、僕もいじめを受けたくなかった。友達も沢山欲しかった! でも、実際に僕はいじめられたんだ。それで、死ぬことまでに追いやられた! そりゃ、僕だって、安全で平凡な人生を望んでた。でも、あいつらがそれを邪魔したんだ!」

 しかし、私は修斗くんを逃がさない。

「なるほどね。修斗くん、これは難しいことだから、深く考えて欲しいのだけれど……『いじめられずに、友達もたくさんいる人生を望んでたあなたは』、『何のために』マンションから飛び降りたの?」

「何のために……? そんなの、あいつらのいじめに耐え兼ねて……誰も助けてくれなくて……」

「ううん、違うの。私が聞いたのは、『原因』じゃないの。私が聞きたいのは、修斗くんの『目的』。あなたは飛び降りることによって、自殺することによって、『何がしたかったの』?」

「それは……! う、ううん! そんなわけない!」

 憤慨して、修斗くんが答える。

 私は言葉を重ねた。柔らかい口調を心がける。

「自らの命を絶つことによって、『何が起こる』と思った? 『それは何のため?』」

 そう言うと、完全に言葉に詰まって、修斗くんは顔を紅潮させる。

「み、認めない……そんなの、あんまりにも残酷すぎることじゃないか!?」

「そう、残酷すぎることなのね」

 私は、修斗くんの苦しさと苦悩を感じつつ、最後の質問をした。

「最後にもう一度だけ聴くね……あなたは、『何のために』飛び降りたの?」

 修斗くんは、頭を振り、歯を噛み締め、握り締めた拳をふるふる震わせながらも、しっかり言った。

「わかった……わかったよ。認める。僕は……あいつらに『復讐するために』飛び降りたんだ。あいつらに、僕の感じた辛さを少しでも分からせてやりたかった。罪悪感を持たせてやりたかった。そして、周りにいたのにいじめに気づいてもくれなかった大人たちに、助けてくれなかった大人たちに、やり場のない悔しさと絶望を抱え込んでいたことを、知ってもらいたかった……」

「……そう。よくその答えを出してくれたわね。お話できて嬉しかったわ。またお話しましょうね。今日は、ありがとう」

「……うん」

 修斗くんが疲れた息を吐くと、私もまた、心の中で、疲弊した息を吐いて、先輩に「これでよかったのか」と目配せをした。

 先輩はうん、と頷いていて、私の面接を肯定しているようだった。

 『未練』の元となっている「復讐」は次第にほぐれつつある。あとは修斗くん自身の問題だ。先輩の態度に安堵感を抱きつつ、これまた先輩に面談の前に何度も言われていた言葉を、ふと思い出した。


 

「俺たちは、クライエントを水辺へ誘導する手助けはできる。しかし、水を飲むかどうかは、クライエントに任せなければならない。もし水を飲むことを強制できても、それはクライエントの『責任』も『自由』も奪い取ることなのだから……」

 ――と。

 

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