024「偶然か運命か」
「面白いこともあるものだね」
「ぜんぜん面白くないですよ、アランさん」
カウンターの内側でハハッと愉快に笑っているアランに対し、席についているエマは、その反応が気に入らないとばかりに不貞腐れる。アランは、スクイーザーで半分に切ったオレンジを絞りつつ、眉を下げて申し訳なさを醸し出しながら、話を続ける。
「悪い悪い。それで、その幼なじみくんには、正体を見破られたのかい?」
「まさか! パスカルだと分かってすぐに、ペンダントは服の内側に隠したわ。それに、パスカルは私が変身した姿を見たことが無いもの」
カウンターに肘を置きつつ、エマがチェーンを持ってペンダントを示しながら説明する。アランは、それを聞いてホッと胸を撫で下ろすと、スクイーザーの受け皿に溜まった果汁をグラスに注ぎ、エマに手渡しつつ、ペンダントを注視しながら言う。
「それなら、ひと安心だね。世間は狭いと言おうか、思わぬところで知り合いに会ってしまうものだから、それは、今後も隠しておいたほうが良さそうだ。――どうぞ」
「は~い。以後、気を付けます。――いただきます」
エマが、受け取ったオレンジジュースを飲んでいるあいだに、アランは、片手にオレンジ、片手にフルーツナイフを持ち、クルクルとオレンジを一回転ながら半分に切っていく。そして、ナイフを作業台の上の皿に置き、切ったオレンジを両手に半分ずつ持つと、それをシゲシゲと見つめながら、長々と持論を展開する。
「それにしても、偶然にしては奇妙な一致だね。ドミニクくんが友だちでなければ、テオくんは街へ遊びに出なかっただろう。テオくんが街に出なければ、パスカルくんと衝突して喧嘩の火種が燃えることもなかっただろうし、その場で余計な矜持を持ち出さずに謝っていれば、そのあとにエマくんが再会することもなかっただろう。その裏で、クロエがおつかいに行きたいと言い出さなければ、エマくんはイザベルくんと鉢合わせしなかっただろう。そして、イザベルくんが高慢な態度を取らなければ、返す刀で堪忍袋の緒が切れて啖呵を切ることもなかっただろうし、そのあとにテオくんはイザベルくんと再会することはなかったかもしれない。何より、僕がエマくんの父親と親戚でなければ、エマくんはオレンジシティーにくることもなかったはずだから、エマくんはテオくんと出会うこともなかっただろう。実に興味深く、驚くべき点の多い出来事だよ」
「まるで、誰かが引き寄せたみたいね。運命の女神は、よっぱど悪戯がお好きなんだわ」
グラスをコースターに置きながら、エマが率直な感想を述べる。それに対して、アランは手にしているオレンジの片方をナイフの横に置き、もう片方をスクイーザーの突起に合わせてセットして絞りながら言う。
「予言、天命、因縁、自然法則。人智の到達しない領域に何があるかは知らないけど、バッドエンディングだけは避けたいね。何かあったら、どんなことでも僕に言うように。僕としては、君の父親から預かってる以上、心の支えになりたいし、良き理解者でありたいからね」
「はい。困ったときは、アドバイスをお願いします」
「あぁ、任せなさい。ただ、僕は魔法が使えないから、その方面の悩みは自分で解決するんだよ。いいね? ――もう一杯、飲むかい?」
「わかってますよ。そこは、ひとりで何とかします。――いえ、もう充分。ごちそうさま」
そう言うと、エマは、そのまま店舗スペースをあとにする。アランは、その後ろ姿を無言で見送ったあと、もう片方のオレンジを絞り始める。
「歳を取ると、だんだん話が長くなるものだな。子供の時分は、親の話は説教臭いから嫌になってたというのに、いつの間に、親と同じことをするようになったんだろうか」
アランの答えのない問いかけは、そのまま客が一人もいないカフェの静寂の中へと溶け込んでいった。




