50 [萌蘇の大魔女] エルディエ
2019/09/28 20時に、おまけ的な過去話を投稿します。あくまでおまけなのでスルーしていい感じのやつ。
次回投稿 2019/09/30 20時
「ここだよ、エル姉」
「えっ...立派なお店なのね」
クリスの薬屋「ポアロ」を辞して、私とエル姉は雑貨屋ミラーウィッチに帰ってきた。店構えを実際に見たエル姉は、大通りに面したそこそこ立派な建物に驚いたようだ。
ちなみに、さっき私とクリスとエル姉の三人でお茶をしながら雑談している途中、親睦を深めるという理由でエルディエの事は「エル姉」、私の事は「マリ」と呼ぶことに決まった。
「想像していたよりかなり立派で驚いたわ...まだこんなに若いのに、マリはしっかりしてるのね」
「そんなんじゃないよ。エル姉だってまだ若いでしょ?」
「うーん? 私、これでもマリの10倍は生きてるわよ」
...そういえば、この人も[魔女]だった。クリスもフィアも途方もない年月を生きてるみたいだし、エル姉もそちら側だったらしい。
店に入ると、そこそこのお客さんが商品を見ていた。今は人もいるし、とりあえずこっちの案内は後回しにして、先に二階の説明をしてしまおう。
カウンターで店番してくれているミーナちゃんに一声かけて二階に上がる。
二階には私のPT[猫魔女の集会]の4人の部屋以外に、予備として3部屋作ってある。予備部屋とは言え、ベッドも収納も完備だ。従業員を雇えるって聞いてたからあらかじめ作っておいたんだけど、まさかそこに[大魔女]が住むことになるなんてね...
広めの共有リビングに、キッチン、ダイニング。絶対に必要ないであろうお風呂とトイレも備え付けてある。私達には必要ないけど、NPCには必要かもしれないからね。残念ながらまだ水も出なければ火もつかないんだけど、魔石を使った市販アイテムをセットすれば使用できるようになるらしい。
一通り部屋の説明をして、最後にエル姉の個人部屋となる場所に連れてきた。備え付けられているベッドとタンスがほんの少し埃をかぶってしまっているけど、未だに新築の匂いがする。
エル姉はベッドに腰かけ、木の部分に丁寧に彫り上げられた美しい溝を指で撫でながら憂い気に言う。
「なんというか、至れり尽くせりね...禁を破った罰って話なのに、本当にいいのかしら?
このベッドなんてかなり高かったんじゃない?」
「ここにあるもの全部知り合いの手作りだよ。そのベッドの彫刻も、さっき1階のカウンターで店番してくれてた子が空いた時間で彫り上げてくれたやつだし」
「...全国の彫刻家が大勢泣くわね」
何気なく「可愛いなぁ、魔女帽被った猫が遊んでるなぁ」としか思ってなかったけど、そこまでレベルの高い彫刻だったのか...長く生きた[魔女]が評価すると説得力あるよね。
確かに、芸術センスってスキルレベルが上がろうが全く関係ないものだろうし、そういう「美的センス」はプレイヤーもNPCも同じような価値観なのかもしれないね。
...それはさておき、また話題に上がった例のワード。流石に気になるから聞いてみようかな?
「それはそれとして、聞きたいことがあるんだけど...さっきから話してる『魔女の禁』って何?」
「えっ?」
「...『魔女の禁』って」
「違う違う、ちゃんと聞き取れてるわ。...いや、聞き間違いであってほしいのだけれど、もしかして本当に『魔女の禁』を知らないの...?」
「さっき初めて聞いた」
「クリス様...? マストで教える事なんですけど...?」
やっぱそうだよね? 普通ならそういう重要な規律って最初に教えるよね? 私もさっき「クリス...?」ってなったし。
知らないうちに禁破っててもおかしくないからね。
「そういえば、あの人一度も弟子なんてとったことなかったわね...教える内容忘れちゃったのかしら...
...ってことは、マリはさっきの私とクリス様の話があまり理解できてないってことね? ...うーん」
「恐らくこういう事だろうなぁ...っていう予想は出来てるよ」
「なら、予想と食い違いがあるかもしれないから最初から説明しましょう。まず『魔女の禁』っていうのはね、その名の通り「[魔女]である以上、絶対に破ってはいけない規則」のことよ」
[魔女]とはいくつもの危険なスキルやアイテムの製法、技術などを広く管理している存在であり、その中には世に広めることで世界のバランスを大きく歪めてしまうものも多く含まれている。
例えば強大な魔法系スキル。広範囲に高威力のそれが世に広まってしまうと、もしそれが悪意をもって使われたら甚大な被害が生まれてしまう。
例えば「魔女の秘薬」。万病を治し寿命を延ばすそれを配り歩いていれば、人は死ななくなり世界のバランスが崩れてしまう。
こういった情報やアイテムを隠し通し、許可なく使わない。これが定められた『魔女の禁』の大前提。
「この大前提を元に、具体的にどのスキル、アイテム、技術を秘匿するかを[魔女]、[魔聖]で明文化したものが、俗にいう『魔女の禁』ね。
普通なら[魔女]どころか[魔女見習い]になる前に師匠から叩きこまれるものなんだけど...」
「ちなみにエル姉はどんな禁を破ったの?」
「それ本人に聞く?...まぁいいけど。私が破ったのは「魔女の秘薬」関連ね」
「誰かにその薬を渡したとか?」
「単純な話よ。山2つ先にあった村が魔物の群れに襲われて、死にかけた女をボロボロの傷だらけの身体で必死に運んできた男にほんの少し同情しちゃってね。いつ死んでもおかしくない、気力だけで命を繋いでいるような状態だったし、他の薬じゃどうしようもなかったから魔女の秘薬でササっと治したの」
「人助けでも、禁は禁...ってこと?」
「そ。まぁ、彼ら二人には秘薬について他言できないように制約で縛ったんだけど...なんならそっちの「他者への制約魔術の行使」についても『魔女の禁』に触れてるわね...」
「世知辛いね」
例え人の命を救う行為だとしても、規則に反することは出来ない。要するに「世界の安寧」と「目の前の命」を天秤にかけるようなものかな。ジレンマだね...
クリスが厳罰を与えなかった理由が分かったかもしれない。仮に情状酌量の余地があったとしても、組織のトップが規則を甘く認識しているのは褒められたことじゃない。けど、私はそっちの方が人間らしくて好きだな。
「そんな禁を二つも破った大罪人、魔女の称号を剥奪してもおかしくないって言うのに...本当にあの方には頭が上がらないわ」
クリスもさっきエルディエに「昔の自分と重ねちまったんだろう?」なんて言ってたし、きっとクリスとエルディエには昔からの長い付き合いがあったんだろうなぁ。
もっと仲良くなったら、昔の話もしてくれるかな?
「マリの事も頼まれちゃったからね。貴方を育て、支えるために全力を尽くすわ」
「助かるよ、エル姉。改めて、これからよろしくね」
※
一階に降り、カウンター裏の作業部屋へ案内する。そこには広々とした作業台に、魔女っぽい見た目ってだけで置かれたフレーバーのような大釜。聞いた話によると、エル姉は魔法薬の権威を師匠に持っていたとかなんとか...もちろん<錬金>も<調薬>もお手の物だって話だったから、きっとここが彼女の職場になる事だろう。
「この大きいの、何?」
「大釜だよ」
「へぇ...何に使うの?」
「特に使い道はないかな」
「...そうなの」
次は店の裏手に広がる薬草園に案内。HPポーションの材料になる薬草に、MPポーションの材料の魔草がそこそこ育てられ...ていない。毎日管理するのが面倒で、今はただの広々とした庭だ。
私が見て綺麗だと感じるような優雅な所作でしゃがみ、その細い指で土をひとつまみするエル姉。
「いい土ね...品質のいい薬草が育ちそう」
「面倒でやめちゃったんだけどね」
「なら私が引き継いでもいいかしら? 庭いじりなら、腕に覚えがあるわ」
「本当? じゃここ全部使っていいよ、持て余してるし」
「夢が広がるわね...何を育てようかしら...」
その後、店内の商品スペースに案内。さっきより増えた気がするお客さんから、いつもとは違う興味の視線を感じるけど、とりあえずそっちは置いておこう。そりゃ今まで見たことない魔女らしい魔女が歩いてたら見ちゃうし。
「また広々とした店内ね...広さに対して商品の数が少ないのも、ちょっと気になるかしら」
「最近忙しくて商品用の服があまり卸せてないからね...時間さえあれば量産できるんだけど」
「あっちは何かしら...アクセサリ? 器用なものね...これもマリが作るの?」
「アクセサリは彼女の管轄、ベッドの彫刻もしてくれた[細工師]のミーナちゃん。うちの可愛い従業員の一人だよ」
「よ、よろしくお願いしますぅ...」
「あら、初めまして。私はエルディエ、マリの教育係よ。ベッドの彫刻、とてもいいセンスだったわ」
「あ、ありがとうございます...嬉しい...」
あとは実際にお店の仕事をやってみて、徐々に色々任せて行きたいね。そしたら私ももっと自由に動けるだろうし。
とりあえず私は服を作ったりポーション作ったり、最近できてなかった生産を行おう。
確か第二陣の参入って...そろそろだったような?
[魔女]...危険な情報を管理したり、技術の研究に長い年月をかける女性の総称。
[魔聖]...[魔女]の男版。[魔女]に比べて人数が極端に少ないのでレア。
この辺はゲーム内の常識として「ステータスに男女差がある」という点から来ています。具体的には「男は物理系ステータスが高く、女は魔法系ステータスが高い」というもの。なのでNPCの[魔女]は[魔聖]より多いです。
このステータスの性差はプレイヤーには適応されていません。平等です。
ここまでだと「男不利じゃね?」と思うかもしれませんが、逆に武術系の[魔女]ポジション...例えば[剣聖]などは男性の方が多いです。




