43 商人と弓使い
外伝っぽいのが今回含めて3回続きます。ご容赦...!!
次回投稿 2019/09/03 20時
始まりはたった一つの書き込みからだった。
567.名無しの鏡の魔女
こんばんは。持て余しているので情報提供です。
ふんわりとした情報ですが、なにやらレンヴァイツの地下が危険とのこと。
皆様ご注意ください。
この情報にたくさんのMagiratoraプレイヤーたちが動いた。具体的にはレンヴァイツに向かって。
今や空前のレンヴァイツブーム。多くのプレイヤーが表通りから路地裏まで隅々調べているような状況だ。
そんな中、レンヴァイツ西通りにある評判のいい喫茶店のオープンテラスで、二人の男が顔を突き合わせて話していた。
「...にしても、マリはんも人が悪いなぁ。そんな情報持ってるなら、先に僕らに相談してくれてもええんちゃうかと思うんですがねぇ」
「仮に僕らに相談されたとしても、きっと掲示板に流してたとは思うけどね。ま、それでも面白そうだと思ってこうして見に来たのは事実だけど」
僕は目の前の胡散臭いエセ関西弁のおっさん、[商人]の難波に返事をする。実際僕らにこの情報を持ちかけられたところで、影響度に差はあれど、今と状況はさほど変わっていないだろう。彼女が掲示板に現れたということが一番ホットな話題であって、レンヴァイツ云々は付属の情報みたいなものだし。
「そんなこと言うても、あんさんまで一人でレンヴァイツに来るとはなぁ...なぁ? ショーイチはん?」
「それは君も同じだろう?」
「そらぁ面白そうですし」
僕はマリの書き込みを見て、すぐにレンヴァイツ東の川沿いでのレベル上げを切り上げて街に戻った。
結構急いで戻ってきたはずなんだけど、レンヴァイツ東門の前でこの男に出待ちされていた。なんでも行商の途中にちょうど良く通りかかったそうだ。
行商ならまずこんなところになんて来るはずがないんだけど、それを指摘する前に丸め込まれた。「マリさんの書き込み見ました? 面白そうなんで協力しませんか?」と。
それから数時間。一旦別行動をとり、情報を集めて共有しようということになった。今はその情報共有のためにカフェで一杯分の休憩中だ。
「早速本題に入ろう。どうだった?」
「そう聞くっちゅうことは、ショーイチはん...成果ゼロやな?」
「...不本意ですが、おっしゃるとおりで」
「いやー...僕の方は、ものごっつ高い買い物でしたわぁ...いやーお財布が厳しいのなんの」
彼は[商人]という情報のやり取りが盛んな職業についている上に、さらにどこから手に入れたのか<交渉>なんていうスキルまで持っている。
情報を引き出しやすくなるそのスキルに合わせて、彼はセルを上乗せすることで狙った情報を引き出すのだ。そりゃ情報集めはお手の物だろうね...
「...仕方ない。役に立つ内容なら...ほんの少しは負担するよ。で、その高い買い物とやらに価値はあるのかい?」
「言質取りましたわ。んじゃ早速一つ目、これは掲示板にもあったんやけど、最近ここレンヴァイツの領主の娘はんの様子がおかしいっちゅう話。これの裏が取れましたわ」
「裏...ってことは、実際に見てきたってことかい?」
「いやいや、流石にそこまでは出来ませんって! 最近領主館に物を納めた[商人]NPCからの情報ですわ」
話を聞くと、その[商人]NPCは以前からレンヴァイツの領主館に物を納める大店の1人らしいのだが、最近は注文の品に怪しいものが混ざるようになったらしい。日常生活には間違いなく使わないであろうものだ。
具体的に何を注文されたのか教えてはくれなかったらしいが、そこは商売。信用を失ってはやっていけない。それでも注文内容に不信感があったのだろうか、以上の情報を快く教えてくれたとのことだ。
「怪しい品物、か...」
「注文票が領主館の部署ごとに分かれてるらしいんですけどね、怪しい品の注文はすべて娘さんからのものだそうで...そんな品物の注文が始まったのも最近、おかしくなったのも最近。情報の裏取りとして十分やと思うんやけどね」
「...とりあえず置いておこう。他には?」
「なんでも、ちょっとアレな意味で有名な人物がレンヴァイツ付近で目撃されているっちゅう話ですわ。何で有名かって...「悪魔崇拝」だそうで。でもおかしなことに、レンヴァイツの街中での目撃情報は一切ない...怪しないです? いやー、高い情報でしたわ!」
もしかしてこの人、僕に多めにお金出させようと出費盛ってるんじゃ...
...そんなことより悪魔。そう聞いて思い出すのは、ダンジョン奥でマリが討伐したアレだ。僕は序盤で戦線離脱してしまったけど、あの悪魔は強かった。
この世界には実際に悪魔が存在する。となると、あるかどうか分からないようなものを信仰するのとはわけが違ってくる。
(娘の注文内容、怪しげな品物、悪魔崇拝...捧げものか?)
悪魔崇拝で有名な人物と出会ったことで娘はおかしくなり、怪しげなものを捧げている...と考えれば、難波のもたらした情報は1つのまとまりのように思えてくる。
「一応、繋がってはいそうだけど...」
「全く別の問題が上手い事かみ合ってる可能性も無いわけやないですし、可能性がある...っちゅうとこですわ」
「他には何かあったかい?」
「僕の方からはこれくらい...あぁいや、街から何人かいなくなってるっちゅう話もあったんですけどね、いつの間にか帰ってきてるとかなんとか...。ゆーてこの話は結構有名ですわな」
「それは僕も聞いたね」
僕が住民に聞いた情報は二つ。住民がいなくなったと思ったらいつの間にか戻ってきているという話と、地下なんて知らないという話だけ。何ともうまくいかないものだ...
ちなみにこの二つは掲示板でも共有されていた。
「ちゅーことは、この街に地下なんて聞いたことないっちゅう話も耳タコでっしゃろ?」
「うん、嫌になるほど聞いた。とりあえず...次は足で捜査しようか」
僕はウィンドウを目の前に出現させると、持っていたセルを結構な額、難波に飛ばす。難波にっこり。自分の聞き込みでは「地下なんて聞いたことがない」程度の耳タコな情報しか得られなかったし、彼の情報にはそれだけの価値があったようにも思う。
仮にどこかの民家から地下に続いているとしたら、捜索はほぼ不可能。領主の娘がかかわっている以上、領主館からは十中八九地下への道が伸びている気がするけど...領主館なんて忍び込めようはずもない。
というか...難波の集めてきた情報からして、調べてほしいところなんて一か所くらいじゃないかな?
「悪魔崇拝で有名な人物なんて、明らかに怪しいよね」
「流石の目の付け所ですなぁ。このタイミングでこの情報、何かしらの関わりがあるとみて間違いないでしょうなぁ...」
「レンヴァイツ付近にいる。なのに街中では一切見ない...ということは、普通に考えてレンヴァイツの外に入り口があるとかじゃないかな?」
「ベッタベタのベタ、推理も何もあったもんやないけど...探してみる価値はありそうやね」
「...難波、さっきから煽ってない?」
「そんなわけないやん? 穿った目で見過ぎやって」
「ならいいけど」
僕はさっき大金を支払ったし、ここは難波におごってもらおう。些細な仕返しだ。
立ち上がり喫茶店を出て、斜めに照り付ける太陽をちらと見ると、僕らはここから一番近い西門を目指した。
※
「いましたなぁ...」
「普通にいたね...」
レンヴァイツ付近のエリアで怪しげな人物を探し回って数時間。ぐるりと1周するや否やというところ、ついにレンヴァイツ北西の森付近でそれらしい人物を発見した。真っ黒なローブで肌を隠し、まるで日の光を避けるかのように森に紛れ込んだNPC...マリが見たら「吸血鬼!?吸血鬼なの!?」なんていいながら突っ込んでいきそうな怪しさだ。
「我らがマリはんが見たら、きゃっきゃ言いそうな見た目してんなぁ...」
「奇遇だね。全く同じことを考えてたよ」
「それにしてもあの黒ローブ、やたら人の目を気にしちょるね」
「尾行はイケる? ...っていうかそれ関西弁じゃないでしょ」
「...尾行なら可能ですわ」
尾行が出来る[商人]ってなんだ?と疑問に思ったが、彼のことだし問題ないだろう。
僕は最近手に入れた森人専用の便利系スキル、森の中で自身の気配を希薄にする<森林同化>を使用し、森に紛れる。難波は[商人]らしく何らかのアイテムを使って気配を薄くしていた。
音をたてないように、極力会話もせずに黒ローブを尾行していると、森の中でいきなり魔術を使い始めた。土属性に見えたけど、黒ずんで見える。あれは...
「<邪術>...?」
「その話、後で詳しくお願いしますわ」
ダンジョン奥の悪魔が使っていた黒い風の魔法。<邪術>という分類の悪魔の魔法だと後日マリが教えてくれた。きっと今見えているあの魔法も、それに類する何かだろう。
黒ローブは地面に向けて榴弾のような黒い土の魔法を使うと、地面の一か所がどんどんえぐれていく。そこから現れたのは地下への入り口。黒ローブはそこへ迷いなくスッと入っていくと、中から何かを使ったのか地面がいきなりずしりと動き始め、そこに空いていた入り口は地面に覆い隠された。
「見つけたましたなぁ...」
「思ってたより、手の込んだクエストだね」
◇◆◇ 新登場スキル ◇◆◇
▼便利系スキル
▽交渉【レア】
何らかのアクションを起こすことで、より良い交渉結果を得られやすくなるスキル。
何らかのアクション例:尋問する、揺さぶりをかける、対価を多めに支払う等
▽森林同化【種族】
現在のエリアが森、林に分類されるとき、自身の気配を薄くし敵から見つかりづらくなる。




