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引きこもりのエース  作者: 立花薔薇(ローズ)
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 「行って来ま~す!」


「行ってらっしゃ~い、気をつけてね~!」


「大丈夫よ~、蒼がいてくれるもん!じゃあ行って来るね~!」


私がお母さんにそう言って勢いよく玄関を飛び出ると、いつものように蒼が門柱のところで待っていてくれた。


「おはよう、向日葵」


「おはよう!蒼!」


「よし、行くよ!」


そうして私の出発の言葉を合図に、今日も蒼は空高く舞い上がった、美しい漆黒の羽根を広げて……。



◇◇◇◇


 あれから5年。


あの日巣から落ちてずっと震えていたあんなに小さかった蒼はあっという間に大きくなって、すぐに見た目は成鳥と全く変わらなくなった(正直私には成鳥の大きさも、いつから大人なのかも全然分からなかったけど……)。


そしてすっかり元気になった蒼は、今や私の生活にすっかり溶け込んでいて、何をするのもどこに行くのもいつも一緒。もう蒼のいない毎日なんて考えられない。そう……、今では蒼は私の大切な相棒であり、私達家族の大切な一員なのだった。


「向日葵~!」


「佳菜!おはよう!」


「おっはよ!蒼も、おはよう!」


佳菜が上空に向かって声を掛けると、


「カァ!」


蒼も元気よく返事(挨拶?)をした。



◇◇◇◇


 改めまして、皆さん初めまして。私は本編主人公の立花向日葵。そして今私の横を歩いているのが、友達の春野佳菜。


佳菜と私は地元・草加市にある、男女共学校・私立若葉学園高校1年。小学校からあるエスカレーター式のこの学園では生徒はほぼみんな小学校からだから、私達はこの学園に入学して以来の友達同士。そして、中学からは一緒に女子野球部に所属していて私はピッチャー、佳菜はキャッチャーのバッテリーコンビでもあるの。


当然蒼の事は、蒼を拾った時から佳菜も知っているの。何せ蒼は私と一緒に毎日部活にも参加していて、一緒にランニングに行ったり、練習で飛ばしたボールを蒼が捜してくれたりして、今や蒼は大切なチームの一員でもあるの。



◇◇◇◇


 「向日葵、聞いた?」


佳菜の言っている事がまるっきり分からなかった私は、当然聞き返した。


「何を?」


「噂、神崎先輩の……」


「神崎……先輩?」


「うん……、そっかぁ、やっぱあんたガラケーだから話行ってないか……」


私にはスマホにしなきゃならない理由がさっぱり解らない。


家の家族は私もお兄ちゃんもお父さんもお母さんもみ~んな未だにガラケーを使っているけれど、それで特に不自由を感じた事なんて一度もないし。


「神崎先輩がどうしたの?」


「あんたマジ早くスマホに変えた方がいいよ、このままガラケー使ってると話題から置いていかれるよ!」


「えっ、なんで?」


「SNSの方がリアルで速いし、みんなで一緒に話せるから楽だし盛り上がれるって」


「ふーん、そうなの?」


「はぁ~、まあいいや。で……ね、昨日から皆がめっちゃ騒いでいるんだけど……、約束だからあんたに話すんだけど……ね……」


「あのね……、」


佳菜が何か言いにくそうにしている。これは珍しい事だった。


私達は小学校で初めて出会った時に友達の誓いを立てたの。


・一つ、何事でも、例えお互いにとってよくない事であったとしても、見知った事、聞いた事は全て互いに 報告する事

・二つ、嘘は絶対につかない事、例えそれが互いを思いやる優しい嘘でも


これ迄、その誓いが破られた事は一度もない。


「大丈夫だから教えて……。神崎先輩が……どうかしたの?」


「うん、分かってる。あのね、神崎先輩……、全然大学に来てないんだって。摩季先輩達が心配してた」


「えっ?全然って……、」


私は佳菜の言葉が理解出来ずに思わず聞き返していた。


「全然は全然だよ」


「一度も?」


「そう、入学してから一度も……」


(信じられない!)


「嘘、そんな事あるわけない!あの先輩が入学した大学に一度も行かないなんて!」


「向日葵……」


「信じたくない気持ち解るよ。でも誰も大学入ってから先輩の姿、見てないんだって。摩季先輩達も電話やらSNSやらメールやら、あらゆる手段で連絡してるらしいんだけど、電源切ってるのか、全然音沙汰ないんだって……」


「じゃあ卒業式から……ずっと……?」


「うん、らしいよ……」



(私のせいだ!!!)



◇◇◇◇


 神崎先輩……。


ずっと憧れてた若葉学園高校・野球部のエースでキャプテン。


今年高校に上がった私とはすれ違いで卒業してしまった雲の上の人……。


185cmの長身から投げ下ろす150キロを超える落差のあるストレートとキレのあるフォークが武器で、2年の頃から若葉学園高校のエースとしてチームを牽引していた。甲子園にも2度チームを導いた若葉学園のヒーローであり、高校球界では名の知れた超高校級ピッチャーだった。


そう……、【だった】、過去形なのだ。


神崎先輩は、最後の夏の甲子園を目指した県予選で、あろうことかデッドボールで親指を骨折。甲子園どころか、2度とあの、目の覚めるようなストレートを投げる事すら出来なくなってしまったのだった。


本当だったら去年のドラフト会議の注目選手の一人だった筈の先輩は、野球を諦めてそのまま付属の若葉学園大学に進学したと聞いていた。


でもあの明るく爽やかだった若葉学園全女生徒憧れの神崎先輩は、卒業式にも姿を見せなくて皆の前から忽然とその姿を消してしまっていた。


だけどまさか入学した大学にも一度も行っていなかったなんて……。


あれからずっと?


いったいどこえ……。


今はゴールデンウィークが終わったばかりだから、ほぼふた月になる。


先輩は今……、


「家にはいるのかも……」


私の考えている事を読んだように佳菜は続けた。


「えっ?家にいるって、何で?」


「さあ?よくは分からないんだけど、その話をね、昨日晩ご飯食べてる時に話したら、そしたら、そういえばちょっと前にスーパーに買い物に行った時、先輩に似た人見たってお母さんが……。そしたら、きょうも塾の帰りにコンビニで似た人見掛けたって言いだして……」


きょうというのは佳菜の弟で中2の梗君の事だ。


「あのさ……、」


「な……に?まだ……何かあるの?」


「聞きたい?」


そう言う佳菜の顔は明らかに話したくて仕方ありませんとウズウズしている。


「別に~、どうせ学校行けば分かりそうだし」


だから私がちょっと意地悪してそう答えると、


「蒼!向日葵の携帯没収して!」


突然頭上を飛ぶ蒼に指令(?)を出した。


そしたら驚いた事に、佳菜の指令を聞いた途端、蒼は私の手を目がけて急降下して来たの!


「ちょ、蒼!あんた誰の味方よ!誰があんたを助けてやった?私でしょ?」


私が携帯を必死に隠しながら怒って喚くと、


「ざぁ~んねんでした!蒼は私が引き抜かせて頂きました。蒼!後であんたが好きな購買部の赤スパ、またご馳走してあげるからね!」


佳菜がニヤニヤと笑いながら蒼に向かってそう叫ぶ。


「アカスパ♪アカスパ♪」


それを聞いた蒼は羽をバタバタさせながら私達の頭上を興奮気味に旋回している。


謎が簡単に解けました!


「佳菜!あんた蒼を赤スパで餌付けしたね!」


「ホホホホ、私に逆らわない方がよくってよ!蒼ちゃんはホ~ントお利口さんね~!」


(う~!!!)


「な、何よ?仕方ない。もれなく今なら聞いてあげてもいいけど!」


私かあさっての方向に視線を彷徨わせて渋々そう尋ねると、


「蒼ちゃ~ん」


再び蒼をけしかける素振りを見せて私を脅す性悪な親友。


「ああもう、分かりました!センパイガドウシタノカ、オシエテイタダケマスデショウカ?カナサン」


「超棒読みなんですけど……」


「まぁ、いっかぁ。そんなに知りたいんなら教えてしんぜよう!」


(言・い・た・い・ん・で・しょうが!!!)


「何?先輩がどうしたの?」


「うん……、それがお母さんも梗もおんなじ事言ってたんだけどさ……」


「凄かったんだって、カッコが……」


「カッコ?」


「そう、無精髭はやして髪もボサボサで……、しかもジャージの上下姿……、ねっ?とても神崎先輩とは思えないでしょ?だから2人共先輩とは思わなかったって……」


私はその場に立ちすくんでしまった。


(あの先輩が?無精髭で髪ボサボサ?)


(嘘、絶対有り得ない!学園1爽やかで、学園1カッコ良かった神崎先輩が、そんな引きこもり……みた……い……な……?)


「引き……こも……り?」


思わず口をついて出てしまった私の呟きを佳菜はしっかり拾っていたようで、


「やっぱそう思う?何もかも嫌になっておかしくなっちゃったのかも……」


引きこもり……。


あの神崎先輩が……。


佳菜からもたらされた衝撃的な噂話は、高1になったばかりの私が受け止めるには重すぎて、月曜の朝から私の頭を混乱に陥れていた……。


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