第九十八話〜謎の施設を探索しました〜
「……」
「(にこにこ)」
「ごほん……さて、というわけで目の前の遺跡を攻略するわけですが」
翌日の昼過ぎ、ハーピィさん達の集落から帰還した二人を前に咳払いをして見せるが、二人ともピクリとも動く気配がない。リファナはジト目で俺に抱きつくリアルを睨むばかりであるし、エルミナさんに至ってはにこにこと笑っているだけだ。目が笑ってないです。許して。
「というか待って。無限ループって怖くね? これ二人に構ってリアルが拗ねてリアルに構ったら二人が拗ねるの無限ループだよね? そろそろ矛を収めよう?」
「ちっ」
「もう一回くらい行けると思ったのにー」
「そこまでチョロくはなかったね」
「おいお前ら」
いつの間に結託してたんだよ。
「だってタイシくん、こうでもしないと休みもなしに突き進み続けそうなんだもの」
「生き急ぎ過ぎよ」
「そうは言ってもな……」
クローバーに残しているマール達の事を考えると心配でならない。俺がクローバーを離れてからなんだかんだでもう結構な時間が経っているのだ。こんなに長い期間嫁達と離れるのは初めてだからな。
「やっぱり触れられない、声も聞けない、顔を見ることもできないっていうのは辛いんだよ」
二人を前にしてこう言うのは自分でもどうかとは思うが、こればかりはな。早々滅多なことはないだろうとは思うが、心配だし寂しいのだ。
「そうよね。私もあんたとずっと離れ離れになったらそう思うだろうし」
「でも、だからこそよ。焦って無茶をしてはいけないわ。そういう時こそ一歩ずつ、着実にね」
「そうですね」
確かに、少し焦ってしまいがちかもしれない。俺が急いで帰りたいだけで、明確に急がなければならない理由があるわけではないからな。大氾濫の時にように、時間が経てば経つほど人命が失われるわけでもない。いや、そういう状況に陥っていないとも限らないから焦燥感に苛まれているんだけどな。
「とりあえず行きましょう、サクッと」
「いや、サクッとはいかないんじゃない? 機械兵士は強いわよ?」
「いや、サクッといきますよ。俺が突っ込むんで、下がっててください」
「一人で行くつもり? いくらなんでも……」
「大丈夫だ、問題ない」
セキュリティゲートのような建造物へと一人で歩を進め、三人と距離が空いたのを確認する。
「確かこうだったな」
おっさんから奪った剣に魔力を流しながら一振りする。その動作がキーとなり、極光が白い刀身を覆い尽くした。
急激に熱せられた空気が熱波と化し、足元の草を一瞬で灰にする。俺自身にはその熱波の影響はない。この剣に搭載された使用者保護機能が正常に働いているようだ。
「ひゅー、かっこいいぞこれ」
『Viiiiip!』
突如発生した膨大な熱量に警戒したのか、それとも単に近づいてくる俺に警戒したのかはわからないが、セキュリティゲートを守っていた二体の機械兵士が警告音のようなものを発する。
「――ふっ!」
息を吐き、一気に間合いを詰めて渾身の突きを放つ。魔闘術によって強化された蹴り足が地面を陥没させ、風景が一瞬で切り替わった。重い手応えと破壊音が攻撃の命中を知らせる。
『GUIGAAA!』
極光を放つ剣に貫かれた機械兵士がノイズを発して停止する。かなり固い手応えだったが、この剣であれば異常に硬い白い陶器のような素材も貫通することができるようだ。
もう一体の機械兵士は一瞬俺の姿を見失っていたようで、一拍遅れて俺の方へと向き直った。しかし、それでは遅い。
一体目の機械兵士から引き抜かれた極光剣をようやくこちらに向き直った機械兵士へと撃ち込む。全力の袈裟斬りが機械兵士の身体を両断した。爆発とかされると困るので速攻で両方ともストレージに収容する。
いやぁ、長銃型の魔法銃を鈍器代わりにして一生懸命叩いた時と比べると滅茶苦茶楽だな。この剣もまさか機械兵士を貫いたり斬ったりできるとは思わなかったし。これは大幅な戦力増強ですな。
『ViiiiiiP!!』
警報音が鳴り響き奥の白いドームからワラワラと機械兵士達が出てくる。ふむ、やっぱりもっと沢山いるよな。出てきた機械兵士達はどれも一様に同じ姿をしており、こちらを捕捉次第武器腕を向けてくる。
「ダメよタイシくん! 退きなさい!」
「早く!」
後ろでエルミナさんとリファナが慌てた声で騒いでいる。しかし、俺は二人を振り返らずに魔力を集中しながら前へと足を踏み出した。先程と同じ爆発的な加速で一気に間合いを詰め、先頭の機械兵士を撫で斬りにする。
『Voooom!』
一部の機械兵士達が腕部を鈍器のように変形させて殴りかかってきた。そして他の機体は誤射も気にせず射撃を続ける。どうやら機械兵士達の放つ魔法弾は彼ら自身の装甲を貫通できないため、誤射を気にせず制圧を優先するらしい。
誤射を恐れて機械兵士側の手数が減るのではないかと思っていたのだが、あてが外れてしまったな。光魔法の光盾を展開し、機械兵士達の集団に飛び込む。
「オラオラオラオラオラオラァ!」
機械兵士達は確かに硬く、攻撃は正確だ。だが、それだけといえばそれだけだ。強固な装甲さえ極光剣で貫けるようになれば、ただ攻撃が正確なだけの木偶である。速さも技巧も無いのでは俺の相手にはならない。
殴りかかってきた機械兵士を殴られるよりも早く両断し、その上半身を蹴り飛ばして発砲しようとした機械兵士を破壊する。魔力を集中しながら横合いから殴りかかってきた機械兵士の拳をしゃがんで避け、逆袈裟に両断。掴み上げた機械兵士の下半身を振り回して三体まとめての機械兵士を打ち倒し、ボロボロになった下半身を全力で投擲して更に複数の機械兵士を破壊する。
そうすると突然機械兵士達が連携し、俺から一斉に間合いを取った。一斉射撃が俺へと殺到してくるが、次の瞬間視界が切り替わる。短距離転移で移動した先には一斉に射撃をしている機械兵士達の背中、背中、背中。
「ッ!」
短く息を吐き、背後から機械兵士達へと襲いかかる。
そうやって戦うこと数分ほどで白いドームからの増援も打ち止めとなり、結果として俺の周りには白い機械兵士達の残骸が無数に散乱することになった。中にはまだ微妙に動いてるのもいるな。完全に破壊してストレージに収納する。
俺以外に動くモノの居なくなったドーム前の広場に三人が歩いてきた。
「ちょっと信じられないわね。機械兵士が紙屑同然じゃない」
残骸の散らばる広場を見回し、エルミナさんが苦笑いする。うん、肩慣らしの相手にはまぁまぁ良かったかな。
周りの残骸を全てストレージに回収する。分解すれば何千年単位で動き続けるこいつらの動力をゲットできるかもしれないしな。恒常的に何らかのエネルギーを取り出せるなら何かと使い道はあるだろう。
「突入しましょうか」
「ええ。それにしても本当に、随分強くなったわね」
「そうね。流石に今のタイシくんには勝てる気がしないわ」
「別に勝つ必要は無いでしょう」
思わず苦笑いが込み上げてくる。エルミナさんはガチの武闘派だからな、割と本気で悔しそうな顔だ。リファナはちょっと嬉しそうというか、見直したような顔してるけど。
「じゃあ、ボクはまたタイシに潜ってるねー」
リアルは興味なさげな感じでフッと消え失せる。何かが入ってきた感覚はないが、言う通りまた俺の中に戻ってきたんだろう。リアルにしてみればこれくらいできて当然って感じなんだろうな。
「それじゃあお邪魔するとしますか」
「ええ」
「わかったわ。慎重に行きましょう」
俺達は頷き合い、白いドーム状の建造物へと足を向けた。
☆★☆
「うーん……なんだろう、ここは」
ロックされていた出入り口をリアルに解除してもらい、内部を探索しながら俺は首を傾げる。
入ってすぐの広間はエントランスホールだったんだろうということはわかった。来客カウンターみたいなものがあったし。エントランスは結構広く、休憩用のソファらしきものもあった。枯れ果てた巨大な観葉植物らしきものが植えてある植木鉢みたいなものもあった。
問題はその後だ。研究室のようなものがあったかと思えば、トレーニングルームみたいな部屋もある。かと思えばやたら厳重にロックされていたのに灰のようなものしか残っていない部屋とかもあった。食堂のような場所があったかと思えばオフィスのような場所もある。医務室、というよりは診察室のような部屋や病室らしきものもあった。
「何の施設なのかサッパリわからん」
「私達もサッパリね」
「今のところ危険なものが無いのはいいけどね」
「大した収穫も無いけどなぁ」
リアルが擬神格の波動を感知していた以上、どこかに擬神格があるのは間違いないんだろうけどな。今のところ気の利いたアイテムは何も手に入っていない。武器とか防具とかお役立ちアイテムとかね。
そういえば食堂みたいなとこにはまた食料の保管庫があって、中身の大丈夫そうな食料は頂いた。数はそんなに無かったけど種類は豊富だったな。缶詰だけじゃなくレトルト食品っぽいものもあったから楽しみだ。
暫く探索していると、また妙に強固なセキュリティに守られているポイントを見つけた。嘆きの牢獄塔でも見た自動機銃のようなものが多数設置されたセキュリティステーションのような場所だ。
「ここが目的の場所かしら?」
「警備が厳重ですね」
物陰に隠れて様子を窺いながら対処方法を相談する。とは言っても、この中で旧世界の機械兵器に対抗できるのは俺だけだ。すぐに対処法は決まった。
「そぉいっ!」
外で破壊した機械兵士の残骸を全力で投げつけて自動機銃を破壊する。
「この手に限る」
「脳みそまで筋肉詰まってそうなアレねぇ……」
「実際に呆れるほど有効だから仕方ないね」
白い陶器のような謎素材は滅茶苦茶硬い。だが不思議なことに同じ素材でできたもの同士が衝突すると割と簡単に壊れるのだ。しかも、衝突時には勢いの強い方が静止物を一方的に破壊するような節がある。物理学については正直よくわからんが、なんというかデタラメな物質だということはよくわかるな。
『ちなみにその物質、クロノミクスって言うんだよ』
クロノミクスねえ。まぁいいや、進むとしよう。
『まぁいいで流された!?』
なんか俺の頭の中で愕然としているリアルを無視しつつ、セキュリティステーションの奥へと歩を進める。ちなみにステーションも探索してみたが何もなかった。死体の一つでも転がってないものかとも思ったのだが、考えてみれば旧世界が滅びたのは遥か昔。恐らく骨も遺さず風化してしまったのだろう。警棒のようなものは見つかったが、今更なぁ。まぁ一本だけ回収しておこうか。
「なんだか雰囲気が変わったわね」
「そうねぇ。光ってるのが多くなったわ」
「ですね。この辺の機械は生きてるのかな」
セキュリティステーションを超えた先では研究室のような部屋がかなり多くなってきた。
全体的な感じからしてこのドーム状の施設は超大型の研究施設なのかもしれない。警備の剣呑さから考えると、もしかしたら軍か或いは軍需産業か何かの研究施設か?
「どうするの? 探索する?」
「ゲームなら全部屋探索するんですけどね……とりあえず奥を目指しましょう」
「げーむ?」
リファナが俺の言葉に首を傾げていたが、スルーしてさっさと奥に向かう。今俺達が探しているのはちょっとした便利グッズや武器の類ではなく、擬神格だ。いや、あるに越したことはないのだが、あくまでも見つかればついでにという程度である。施錠もされていないような部屋はスルーし、厳重にロックされているような部屋を中心に探索を進める。
「タイシくん、なんだか物々しい雰囲気の場所よ」
「なんですかね。武器庫かな?」
見つけたのは大型のカウンターといかにも頑丈そうな扉である。リアルに頑丈そうな扉のロックを解除させて中に入ってみると、そこには多くの棚と、棚に整然と並べられた武器らしきものがあった。
何故一目見て武器だと思ったのかというと、どれもがだいたい銃のような形をしていたからである。やはり使う者の姿形が同じであれば、武器の形状というのはそんなに変わらないものであるらしい。
「回収していきますか」
「大丈夫なの?」
「まぁ、とりあえず確保だけしておいて使えそうなら使えばいいですし。あまりにもヤバそうなら俺が死蔵してもいいし、地下深くに埋めてもいいです」
心配するエルミナさんにそう返して棚の中の武器らしき物体を根こそぎストレージに回収していく。全てが白い陶器のようなクロノミクスで作られたもので、朽ち果てているものは無かった。軍用らしき武器にも使われているところを見ると、よほど普及していたのだろうなと思う。
「回収したブツの検証は脱出した後ですね」
「そうね、ぶっつけ本番で使うのは危ないわ」
リファナが同意して頷く。いくら原型を保っているとはいえ、何千年単位で放置されていた武器だ。その間メンテナンスも一切されていないわけだし、ぶっつけ本番で使って爆発四散とかしたら危険すぎる。広い場所で俺一人で動作確認をするべきだろうな。
そうして更に進むこと数十分。収穫らしい収穫はない。
生きている機械が多いから調べれば何か有用な情報があるのかもしれないが、使われている文字が読めない。リアルなら読めるんだろうが、そうしてまで欲しい情報も今のところ無いのだ。というか、それぞれの研究室が何を研究していたのかがわからないし、よしんばわかったとしても俺がその内容を理解できるとも思えない。
軍事系の施設で、かつセキュリティの厳しいエリアとなるとどんなものを研究しているのか想像もつかない。軍が欲しがるものといえばいつの時代も武器、防具、メシだろうしそのどれかだとは思うけどな。単に武器、防具、メシと言っても研究分野は無数と言えるほどに多岐に渡るんだろうけど。
ただ、うっかり生物兵器やら化学兵器やらの類を引き当てて暴露してしまったら目も当てられない。触らぬ神に祟りなしとも言うし、スルー安定である。
『今からまさにその神を触りに行くんだけどね』
「誰が上手いこと言えと」
「タイシくん?」
「いえ、心の中で邪神が囁いただけです。気にしないでください」
「それ、聞き方によっては凄い言葉よね」
『くっ、封印された右腕が疼く……ッ!』
「やめろォッ!?」
若き日の過ちを正確に穿たれて思わず頭を抱えて叫ぶ。男の子だったら一度はかかる病気なんだよ! 大人になってからほじくり返されると死んじゃうからやめて!
『またまたぁ~、今でも好きなんでしょ?』
大人の男は秘めるものなんだよ! 若いエネルギーと共にダダ漏れで放出していたときとは違うんだ、内に秘めて溜め込んで熟成させて愉しむんだ! だからそこに正確に打ち込むのはやめろ、爆発して死ぬ。
「だ、大丈夫?」
「ふふふ……次出てきたらとりあえず拳骨落としてやりますよ」
労ってくれるエルミナさんに無理やり笑顔を作ってみせる。別に精神汚染されてるとか侵食されてるとかそういう物騒なことでは無いので気にしないでいただきたい。
「ならいいけど……本当に大丈夫なの?」
「昔の恥ずかしい記憶を刺激されたんですよ……悶絶ものの」
「そ、それはご愁傷様ね」
事情を察してくれたのかエルミナさんが苦笑する。うん、放っておいてください。お願いします。
『今度キミの恥ずかしい記憶の暴露大会をしようか』
よかろう、おまえはできるだけむざんにころしてやる。
『本当に冗談だからやめてね。というか許して』
頭の中で駄神をどうしてやろうかということを具体的にイメージしていたら本気で謝ってきた。次にこいつが悪ふざけをシたらこの手でいじめるとしよう。




