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第八十三話~物資の調達に同行することになりました~

ぞうりょうちう_(:3」∠)_

「ちがうよー、こうだよ」

「こうか?」

「ちがーう。でかいのにへたくそー」

「あはははは」

「ぐぬぬ」


 俺よりもよほど上手に風魔法を使ってぴょんぴょんとそこらを跳ね回るエルフの子供達にからかわれながら風魔法の練習をする。

 ここは樹上村の一角、落下防止用のネットが張られたエルフの子供用のアスレチックである。アスレチックと言うか訓練施設? いや、ほぼ遊び場と化しているようだしアスレチックで良いか。

 巨木から張り出した自然の枝と、木材で作られた人工の足場が幾つか空中に張り出しており、その下には何かの植物で編まれたらしい丈夫そうなネットが広く張られている。この枝と足場の間にはロープが渡されていたり、あるいはずっと上の枝からロープが垂らされていたりしており、子供達は風魔法を併用して枝から枝に飛び移ったりロープからロープに飛び移ったり張られたロープの上を渡ったりして遊んでいた。

 俺もそれに混ぜて貰ったのだが。


「あーッ!? ちょっ、待て、落ちる落ちるって!」


 割と必死な俺に子供達は容赦なく練習用の弓矢で矢を放ってくる。子供の練習用なので弓もごく弱いものだし、矢も木の矢の先端に布を巻いたもの当たってもたいして痛くはないのだが、不安定な足場の上でビシビシ射たれるとバランスを崩して落下しそうになる。

 ネットは張られているが、足場からネットまではそこそこの距離があるし何よりネット越しに見える地面は遥か数十メートル先だ。ケツがむず痒くなる高さなのである。


「容赦ないなお前ら!?」


 高レベル故の身体能力をフルに活用すれば子供達を捕らえるのはわけもないのだが、それでは修練の意味もない。よって俺は子供達に翻弄されつつ、慣れない風魔法を操って足場から足場へと飛び移って彼らを追いかけている。

 身体を動かしながら魔法の行使も並行するというのは意外と難しい。しかし子供達の動きを見ているうちに矢を見切ることはできるようになってきた。


「よっ、ほっ、このっ」


 足場の上で上手くバランスを取りながら四方から飛んでくる矢を掴み取ったり手で払ったりする。そうすると子供達は新しい遊びだとでも思ったのか矢の数がどんどん増えてきた。

 というかおい、少し離れたとこで弓の練習してた子まで射ってくるのはやめろ。いくら俺でも迎撃能力の限界というものがある。


「痛っ!? 子供はともかく大人が混ざるのはやめろ!」


 やたらと鋭い一矢が飛んできたと思ったら子供達の指導役だった大人のエルフまで射ってきやがった! おでこにヒットした。

 そして俺にヒットした一矢を見て何か学んだのか次々と命中弾が増える。


「あっあっ、痛っ、あっ、ちょっ、落ちっ、アーーーー!?」




「酷い目に遭った」


 見事にネットに受け止められた俺はネット上に落ちた練習用の矢を回収し、アスレチックに併設された射撃練習場へと這い上がった。エルフの子供が落ちた落ちたーとか指差しながらキャッキャと笑っている。


『悔しいのう、悔しいのう』


 別に悔しくねーし。遊んでやっただけだし。


『それで、こういう方法で力を取り戻していくの? このやり方だと元の力を取り戻すのに数十年かかると思うけど』


 んなこと言ったってなぁ。俺は結局のところスキルポイントシステムでしか力を得たことがないんだ。そりゃ魔闘術に関しては俺自身の修練で手に入れたものなのかもしれんが、結局のところ他の魔法スキルのサポートがあってこその習得だったしな。

 急速に力を取り戻せる方策があるなら是非ご教授願いたいね。


『対価を請求させてもらうよ?』


 超やだ。


『そう嫌わずに。優しくするから』


 死ぬほどやだ。


『ネタバレすると、そうする以外に方法はないよ?』


 マジかよ最悪だな。なら仕方ないか。


『あれ? 意外とあっさり』


 他に手っ取り早い方法がないなら仕方ない。俺が死ぬほど嫌な思いをするのは我慢すれば良いだけだし、今のマール達と離れ離れの状態の方が俺にとっては苦痛だ。


『……そんなに嫌?』


 自分でもどうにもならないレベルで嫌って感情が迸るな。これはもう俺の意思を超えた超越的存在の関与が疑われるレベルだね。意外とお前に何か問題があるんじゃね?

 見た目とか性格そのものは冷静に考えれば好ましいような気がせんでもないんだがな。例えるなら共食いに通ずるような忌避感がある。


『えぇ……? おっかしいなぁ、なんか初期設定でミスったのかなぁ』


 駄神がそう言って意識の底に沈み込んでいく。大人しくなったのはいいけど初期設定ってなんだよ。不穏な言葉を残していきやがって。

 トレジャーボックスに回収した練習用の矢を全て返し、子供達と指導役に別れを告げてエルフの樹上集落を歩き始める。この後どうするにせよ、とりあえずの拠点となるこの樹上集落に自由にできるようにはしなければならない。

 子供達とエクストリームなアスレチックで遊んだおかげでなんとなく風魔法を使っての移動のコツは掴めた気がするので、あとは実践だ。

 元々風魔法で空すら飛んでいた俺である。レベル補正によって魔力も十分にあるし、感覚を思い出しさえすれば意外と簡単に魔法を使えるようになるのではないかと思っている。


「問題は魔力の制御と精度だよな」


 なんとなく使えるようになった風魔法を駆使してなんとかかんとか樹上村から地面に降り立ち、ちょっと全力で走って村を見失わない程度の距離まで離れた。


「今まで感覚で使ってたからなぁ……」


 魔法を使うという感覚を言葉で表すのは難しい。

 身体の中に魔力を集中し、体内で魔力を魔法として練り上げ、そして体外に放出するというのが基本的なプロセスだ。それこそ単純な魔法であるウィンドバレットとかファイアアローなんかは正にそんな感じで、コツさえ覚えれば連射もできる。弾頭の形状や飛翔する軌道の変更なんかはイメージで簡単に変更できるので、同じ魔法でも人によってかなり形状が異なったりするらしい。

 今使える範囲の魔法を何度も連続して放ち、その扱いを習熟する。何でもかんでも一足飛びにできるはずもないので、まずは足元をしっかり固めることにしよう。

 まず、今使える魔法の確認だ。

 地魔法レベル2、水魔法、火魔法、風魔法レベル1、純粋魔法レベル2、回復魔法と空間魔法はレベル1といったところだ。

 地水火風の四属性魔法に関してはレベル1で初歩的な単射の攻撃魔法、レベル2で発展型の攻撃魔法と防御魔法って感じだったはず。

 感覚的に使ってたしスキル欄からいつでも確認できたから意識してどんな魔法だったのか覚えてなかったのが痛いなぁ……メニューとかの基本機能が一切使えなくなる事態ってのはまったく想像してなかったと言えばそんなこともないのだが、危機感が足りなかった。

 純粋魔法はレベル1でマジックアロー、レベル2でマジックミサイルとマジックバリアだったかな? 純粋魔法は四属性魔法と違って対象をロックオンして発射する感じだから使いやすいんだよな。弾速速い上にめっちゃ曲がるから遮蔽物でもないと殆ど躱されない。

 回復魔法のレベル1は負傷の回復、レベル2で確か解毒だったはず。酒で酔った時にも効いた覚えがある。空間魔法はレベル1でトレジャーボックス、レベル2で短距離転移だった気がする。

 掘り起こした記憶を頼りに魔法を使っていく……が。


「全然捗らねぇなこれ!」


 試しにウィンドカッターを使おうとしているのだが、全然上手く行かない。

 この世界に来て最初に取ったのが確か風魔法レベル2で、ウィンドバレットとウィンドカッターを色々試し撃ちしたはずだ。あの時は割と自由自在にウィンドカッターも扱えたはずなのだが、まずもって発動すらしない。確かに戦闘では純粋魔法ばっかり使ってたけども、こんなにも使えないものか。スキルアシストの凄さが身に沁みるな。

 落ち着け、イメージだ。イメージが大切だ。風の刃を飛ばすなんてゲームでも漫画でもアニメでもサンプルに事欠かないじゃないか。魔力を集中しろ! イメージだ!

 何度も何度も不発を繰り返しているうちに気持ちも萎えてくる。それに不発でも魔力をちゃんと消費しているようで、心なしか疲れてきたような気もする。


「うーむ」


 唸りながら座り込み、掌の上にウィンドバレットを作り出す。

 無色透明な空気の塊であるからして、目で見ることはできない。陽炎のように微かに景色が歪んで見える程度である。ちょっとした思いつきでウィンドバレットを圧縮し、球形の弾頭を円盤状に薄くしていく。

 極限まで薄く、圧縮した状態で放ってみる。しかし、放った瞬間に円盤は球状に戻って霧散してしまった。なんとか飛ばした後も圧力を維持できるように試行錯誤しているうちに放った後も円盤状の形を維持できるようになってきた。

 その時、不意に頭の中でカチリ、と抜けていたパーツが嵌ったかのような感覚があった。

 そうするとどうしたことか、今まであんなに苦戦していたウィンドカッターが簡単に放つことができるようになった。今のがスキルレベルが上がった感覚か? でもこんな話聞いたこともないな。常識的な話だからだろうか? それとも俺特有の感覚なのかもしれん。

 繰り返しウィンドカッターを使い、慣熟訓練をする。ふと閃いてウィンドシールドを使ってみると、以前と同じ感覚で発動することができた。これは恐らく風魔法がレベル2になったということなのだろう。

 ウィンドシールドの応用で身体に風を纏わせ、そこら辺を跳ね回ってみる。うむ、これなら子供達に馬鹿にされることも無さそうだ。恐らくこの感覚を拡大して飛翔の魔法に繋げていくんだろうな。はて、レベル3魔法はなんだっただろうかと思い出しつつ樹上村へと戻る。

 風魔法レベル2になった今の俺なら自分ひとりで樹上村にも上がれるはず。


「とぅっ!」


 身体を押し上げるように風を纏いながら思い切りジャンプする……届かなかった。偶然樹上村からこちらを見ていたアレス君と目が合う。

 ちゃうねん。今のはな、ちゃうねん。本気じゃなかったから。ちょっと事故を恐れて魔力控えめにしてたから。本気出せばこんなの一発だから。見とけよ見とけよー。


「とぁっ!」


 さっきより多めの魔力を篭め、自分の身体を風で押し上げながらジャンプする。

 ドォン! と足元で凄い音がした気がするけど気にしない。よし届いた。指先だけでも届けば這い上がるのは簡単だぜ。どうだ見たか。


「無駄が多すぎる。子供以下だな」

「うっせ、すぐにカンを取り戻してやる」


 まったくダメダメな状態からほんの少し練習しただけでウィンドカッターとウィンドシールドを使えるようになったんだし、意外とすぐに元の力を取り戻せるんじゃなかろうか。


 そんな希望的観測を抱いて修練すること一週間と少し。


「なんでや! レベル2相当まではすぐ使えるようになったやないか!」


 遥か頭上にある巨木の枝葉を見上げながら叫ぶ。うん、三日で上達が止まったんだ。

 地水火風の基本属性魔法と回復魔法はすぐにレベル2相当の魔法が使えるようになったのだが、純粋魔法はレベル2相当のままで空間魔法にいたってはレベル2魔法である短距離転移ですらまったく使えるようにならない。

 地水火風の基本属性魔法もレベル3相当の魔法が使えない。

 レベル3魔法は印象が薄いんだよなぁ。確か火魔法は範囲内を火柱が蹂躙するような魔法だった気がする。風魔法は範囲内を風の刃が切り裂きまくるやつだったか? 水魔法は容易に人体を貫くレベルのウォータージェットで、地魔法はなんだったか。地面から石でできた槍が突き出してくるやつだっけか。

 その辺がよくわからなくて駄神に聞こうかとも思ったんだが、あの役立たず意識の底に沈み込んだまま出てきやしねぇ。静かなのはいいんだけど肝心なところで役に立たないのはいかがなものか。

 基本属性魔法はレベル3からが所謂中級魔法と呼ばれる領域なので、今の俺は見事に中級の壁というやつにぶち当たってしまっているというわけだ。どうしたもんかと座り込んで考えていると、樹上集落の方向から誰かが近づいてきた。


「随分とまたすごい魔力の無駄遣いね。魔力溜まりになってるじゃない」

「練習、練習です。無駄遣いチガウ」


 辺りを見回して呆れたような表情を浮かべるエルミナさんに俺は断固として抗弁する。

 NOUKIN理論に従って初級の魔法に大量の魔力をぶっこんでみたりと色々と試した結果、俺が練習場にしているこの広場はちょっとした魔力溜まりになってしまっていた。

 魔力溜まりというのは呼んで字の如く魔力のたまり場である。通常空間よりも濃い魔力が漂う空間のことを指し、環境に様々な影響を与えるらしい。どんな魔力が溜まるかによって与える影響も様々なのだが、俺の魔力が溜まった結果この広場は謎の燐光が漂い、何故か植物がふさふさと育ってきている。

 樹上村のある巨木地帯の地面は赤茶けていて巨木以外の植物はあまり育たないのだが、ここ数日ほどでこの魔力溜まりの周辺だけやたらと植物が生えてきているのだ。まぁ数日のことなので殆ど生えかけの新芽というか弱々しい植物達なのだが。


「魔力の無駄遣いをするくらい暇ならちょっと塩の買い出しに付き合ってもらえるかしら? 北の岸壁に住んでる鳥人族のところまで」

「そりゃまぁかまいませんが」


 一宿一飯どころじゃない恩があるのでそれくらいお安い御用だ。早く皆のもとに戻りたいという焦りはあるが、焦ってばかりいても仕方がないというのは自分でも理解している。そもそも今の状態でクローバーに戻ったとしてもすぐに奴らに見つかって袋叩きにされるのがオチだろう。そして次に負けたら生き残れる保証はない。

 今の俺には力が、そしてそれを取り戻すための時間が必要だ。しかし根を詰め過ぎても効率が落ちるだろうし、エルミナさんに付き合って鳥人族の住んでいる場所に行くというのは良い気分転換になるかもしれない。

 しかし鳥人族ってどんな姿なんだろうな? 鳥の獣人はそういやあまり見かけたことがない気がする。岸壁に住んでるって言ってたしやっぱワシみたいな奴らなんだろうか。海だからカモメか?

 まぁ楽しみにしておこう。


「ベヘモスの肉の塩漬けが出来上がったから、それと交換で塩を買い付けに行くの」


 骨や爪も海水の腐食に強いらしく、需要があるらしい。それらを加工した武具や道具、そして未加工の素材そのものも大変価値があり、人気商品となるそうだ。


「タイシくんがいればいっぱい荷物を運べるからね」

「荷物持ちなら任せてください」


 トレジャーボックスがあるのでいくらでも荷物持ちはできる。水も食料も道具も商品も全部運べるので実際すごく便利だろう。問題は全物資を抱えた俺が万が一死んだりした場合とても大変なことになってしまうというところだろうか。まずありえないとは思うが。

 エルミナさんの後に続いて樹上村へと戻る。ここ数日で俺も修練を積んだからな、樹上村に上がるのにエルミナさんの手を煩わせる必要はない。

 魔力を集中しながら地を蹴り、強い風をその身に纏って一気に飛び上がる。


「乱暴な風ねぇ」

「精進します」


 俺の風魔法の余波を間近で受けた筈なのにエルミナさんはその髪にも服にもまったくその影響が見られない。エルミナさんに風魔法教えてもらおうかな。駄神に教わるより良いかもしれん。

 樹上村の広場に行くと俺が運ぶことになるのであろう荷物達が並べられていた。大半が塩漬けのベヘモス肉で、他にはベヘモスの皮革や骨、牙や爪などを加工した武器や道具であるらしい。果実や樹液のようなものが入った樽もあるようだ。

 先日俺に矢を射掛けてくれた子供達も興味津々といった様子で荷物を見物しているようだ。


「いつ出発ですか?」

「今からよ?」

「今から」


 思わず聞き返した。まだ夕暮れまでには時間があるが、昼も過ぎてそこそこ時間が経っている。今から出たところで野営の準備とかも考えると三時間も進めないと思うんだが。


「まぁ、わかりました。んじゃ荷物を収納していきますよ」


 内心首を傾げつつ運び出されてくる物資を次々とトレジャーボックスに収納していく。道中の食料などもこの中に含まれているらしい。エルミナさんに譲ってもらった着替えや杖に加工した例の枝などといった俺の持ち物は元よりトレジャーボックスに収めてあるので、俺の準備はいつでも大丈夫と言えば大丈夫だ。


「しかしなんでこんな中途半端な時間に?」

「背負う荷物が無ければ宿泊予定の集落に十分間に合うからね。今の時間から出ても」


 どちらにせよその集落に下ろす荷物もあるからその集落をすっ飛ばして次の宿営地に向かうわけにもいかない。あまりに早い時間に向こうに着いて先方に気を遣わせても悪いので、荷物を負っている時と同じくらいの時間に着くように出発を遅らせたのだそうだ。


「明日以降は荷物が少ない分野営の数は減らせそうだけどね」


 そう言ってからエルミナさんが旅の行程を簡単に説明してくれた。

 まずは最寄りにある獣人の集落に向かい、そこで一泊する。荷物無しで走れば日暮れ前には着けるそうなので、今晩と翌午前中にかけて獣人の村で物々交換。それから次の集落に移動して同じ行程を繰り返し、徐々に北上していく。大体一週間程で鳥人族の住む断崖に辿り着く予定であるらしい。


「今回は私とタイシくんとリファナ、ブリーダの四人で行くわ」


 リファナと呼ばれた彼女は先日のベヘモス騒動の際に最初にエルミナさんと一緒に行動していた褐色エルフ娘さん。全力で走った反動で土まみれにしちゃった子だ。

 ブリーダさんは俺にトレジャーボックスのことを熱心に問いかけてきたエルフのお兄さんだな。二人とも狩人の役目を果たしているのだからきっと優秀なエルフなのだろう。

 二人ともすっごい若く見えるというか、今の俺とさして変わらない年齢に見える。でもエルフだからきっとずっと歳上なんだろうな。


「よろしく」

「ええ」

「ああ」


 物凄く素っ気ないというか、淡白なやり取りだ。いや、いきなりハイテンションで自己紹介されても困るけど。これから二週間くらいは共に行動する仲だ、少しずつ仲良くなっていくとしよう。

 暫くして全ての物資の収容が終わり、エルミナさんが何か目録のようなものを受け取っている。


「この集落から持ち出すモノのリストと、交換希望の物品リストね。持ち出す物を全部塩にするわけじゃないから」


 少し見せてもらったが、この集落では手に入らない香辛料や調味料、保存食や雑貨、嗜好品や布地など様々な品と交換するつもりであるらしい。お使いメモみたいなものか。色々な品物が書いてあって見ているだけで結構面白い。


「物々交換なら俺も何かしてみたいな」

「するなら帰りが良いかもね。交換する塩はタイシくんの取り分もあるし」

「塩が通貨代わりになるのか」


 そういえば前の世界でも貨幣経済が発達する前は塩が通貨として使われていたなんて話を聞いたことがあった。サラリーマンのサラリー(給料)の語源が塩だなんていうのは割と有名な話だろう。

 しかし、俺は一体この前の一件でどれくらいの塩を得ることができたのだろうか? あまりその辺はエルミナさんに聞いていない。居候の身なので衣食住が与えられるだけでも上等だと思っていたし。


「俺の取り分とかよくわからないんで、どうしても欲しいものがあったら相談します」


 そう言うとエルミナさんはなんとも言えない表情をした。眉根を寄せて、どこか困ったような、或いは悲しそうな表情だった。しかしそんな表情を見せたのは一瞬で、すぐに俺から視線を外してフイッと俺に背を向けてしまう。

 何か変なことを言っただろうか?


「うん、わかった。それじゃ行くわよ」


 そう言ってスタスタと歩いていってしまう。あるぇ? おかしいなぁ。なんだろうこの感じ。なんか知らぬ間に地雷を踏んだ感が半端ないんですけど。

 聞くわけにもいかないのであまり気にしないことにしてエルミナさんの後を負う。村に残るエルフの皆さんが見送りしてくれる中、俺達は樹上村を出発した。

 大樹の足場から飛び降りて風魔法で落下速度を減衰させる。それにしてもエルフの皆さんは風の使い方に無駄がないなぁ。俺なんて降りるのにも結構な暴風を撒き散らしてしまうのだが。

 エルミナさん以外のエルフ二人にちらりと見られたが、特に気にすること無くエルミナさんを追って走り出す。ポーンポーンと木々の間を跳ねるように駆けていくエルフを後ろから追うのは結構楽しい。見目麗しい女性の尻を追いかけ放題である。

 男エルフ? そんなのはどうでもええねん。

 一時間近くぴょんぴょんしていると植生が変わってきた。見上げるような大樹は徐々に少なくなり、代わりに普通サイズの杉の木のようなものが多くなってくる。地面も赤茶けたようなものではなくなり、黒っぽい普通の土に枯れた枝葉が降り積もったような感じになってきた。その他の植物も多くなって視界が悪くなってきた。

 こうなると流石にダイナミックにぴょんぴょんと跳ねることもできないので、エルフ達も普通に走り始めた。それでも身体に風を纏って走るエルフ達の足は速い。ウィンドシールドを張っているのか下草やちょっとした枝に引っかかるようなこともなく進んでいく。

 ちなみにここまで会話は一切ない。ただ黙々とぴょんぴょん跳ねて走っているだけである。無駄口を叩く暇があったらさっさと進むというスタンスらしい。交流に関しては集落に辿り着いた時にでも期待するしかなさそうだ。

 そうして走ること更に一時間ほど。視界が急に開けた。


「ここが目的地の集落?」

「そうだ。獣人の集落だ」


 足を止めたので聞いてみると男エルフのブリーダが答えてくれた。なるほど、獣人の村ね。こうして見るとなかなか立派な村である。村の周囲は丸太で作られた防壁に囲まれており、その防壁よりも高い物見櫓が三つ建っている。集落の規模はそんなに大きくはないようだが、空堀も掘ってあるしなかなかの防備だ。


「向こうもこっちに気づいたみたい。行くわよ」


 エルミナさんに促されて防壁をぐるっと回り、頑丈そうな門へと辿り着く。


「姐さんじゃないですか。今日はどうしたんで?」

「少し前にベヘモスを仕留めたの。今日は交換よ、あと一晩泊めて頂戴」

「泊めるのは勿論構いませんが、ブツはどこに……ってそいつはこの前の人間じゃないですか」


 門番をしていた見覚えのあるトラ男が俺に視線を向けてくる。俺はそれに片手を挙げて応えた。


「タイシくんって言うのよ。彼は荷物持ち。魔法で荷物を持ってるの」

「魔法で? そんな便利なもんがあるんですかい」


 トラ男が門の中に合図をすると木製の頑丈そうな門が軋むような音を立てて開かれた。開いた門から中を覗いてみると、どこか懐かしいような光景が広がっていた。ああ、クローバーに移る前の獣人村と雰囲気が似てるな。こっちの方がかなり立派だが。


「ようこそ、俺らの村へ。とりあえず歓迎するぜ、人間もな」

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