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第118話〜雷神と再び相まみえました〜

 金ピカことアーネスト君を捕縛……いや、保護……? とりあえず、クローバーに置いてから三日が過ぎた。俺自身は彼にあまり接触しないようにしているが、報告によるとよく働き、クローバーの人々と触れ合って日々健やかに過ごしているようである。

 最初は俺とその家族以外の人間ということで警戒されていたようだが、彼は有能で、善良で、ミスクロニア王国民なので亜人に対する差別感情が無く、そしてイケメンであった。瞬く間にクローバーの人々に受け容れられたようだ。イケメンは得だな。


「で、今日は狩人達と一緒に魔物退治か」

「そう聞いてる。おう、蟻蜜酒くれよ」

「あいよ」


 ソーンのタンブラーに蟻蜜酒を注いでやる。甘く、爽やかで俺としては非常に飲みやすい。苦酸っぱいエールとか香りは良いけど酸っぱくてエグいワインなんかよりずっと好きだね、俺は。マウントバス産のドワーフの蒸留酒かアンティール族の蟻蜜から醸造したこいつが最近のお気に入りである。


「あの、他所でやってくれませんかね?」


 見張りの任務を遂行している警備兵がうんざりとした様子で文句を言ってくる。


「やだよ、ここ景色いいし」

「いいじゃねぇか、非番の時くらいどこで酒のんだってよ。ほら、フォレストリザードの燻製食うか?」

「……もらいますけど」


 俺とソーンが酒盛りをしているのは西門の上、クローバーの西側を一望できる絶景ポイントである。無論、絶景ポイントということは遠くまで見渡せるというわけで、魔物の襲撃を早期に発見するための歩哨が配置されている。

 今日の歩哨は兎獣人のようだ。見るからに草食っぽい彼が肉をモリモリ食う絵はなんとなく違和感があるな。


「大体なんでここなんです? 大将もソーン隊長なんかとつるんでないで、家にいる綺麗な嫁さん達と酒盛りすればいいじゃないですか。酒池肉林でしょう?」

「いやぁ、それもそうなんだがたまにこういうのと気楽に飲むのも良いもんなんだよ。嫁達だっていっつも俺と一緒じゃ息が詰まるだろうしな」

「なんかとかこういうのとかお前ら俺の扱い酷くね?」


 不満げな声で抗議をしてくるソーンを無視し、クローバーの最近の様子や私兵部隊による俺探索行を聞く。


「カレンディル王国を抜けて大森林に入るまでが結構大変だったな。カレンディル王国のゴロツキどもにとって俺達は金貨の詰まった袋か何かに見えるらしい」

「あー、まぁそういう文化らしいからな」

「文化で片付けられてたまるかっての。街で宿を取るよりも野営の方が安らげるとか洒落にならん」


 ソーンは憤懣やるかたなしといった様子である。そりゃまぁ、出会う人間が尽く自分達のことを奴隷という商品として見てくるようではそういう気持ちになるのも致し方なしだな。


「でまぁ、大森林でのことはもういいよな? お前を探した。元気に現地妻とよろしくやってたようだけど見つからなかった。生きてるなら大丈夫だろってことで大森林を後にした」

「雑ぅ! そういやピルルはどうしたんだ? 帰ってきてるのは分かってるが」

「ああ、あの娘な。ハーピィの集落で無事家族と再開したよ。でも自分の居場所はクローバーだからって言ってたぜ」

「そっか」


 故郷の家族と無事に再会して、それでもなおクローバーの生活を選んでくれたっていうならそれはそれで少し嬉しいな。クローバーが末永く彼女の居場所であれたら良いと、心からそう思う。


「んで、帰り道だな。アーネストと出会ったのはカレンディル王国北東部の街で……あー、なんだっけな、街の名前は忘れたわ」

「忘れたか。まぁ街の名前はいいや。どうやって出会ったんだ?」

「一泊して次の日、街を出ようとしたところで呼び止められたんだよ。勇魔連邦の戦士達ってのはお前らかってな。隠すこともねぇからそうだよって言ったら、私はミスクロニア王国の勇者だ、勇魔連邦の魔王を倒しに行くなんて言うからそいつはちょうどいい、俺らもぶん殴る予定だから一緒に行こうぜってことになってな」

「おい」


 やっぱり今からでも毛を刈ってやろうか、この駄犬。


「あの坊っちゃんがお前に勝つなんて万に一つもありえんと思ったからな。お前はカミさんを放置して出先で浮気をする最低のスケコマシ野郎だが強さだけは本物だ」

「その言い方はやめろ、自分がモテないからって嫉妬は醜いぞ」

「はっ、俺がモテないだと? お前が思ってる以上に俺はモテるぞ」

「えー? ホントにござるかぁ?」


 胸を張ってドヤ顔をするソーンと歩哨の兎獣人に疑惑の視線を送る。


「ソーン私兵部隊長はモテますよ。女の子に」

「ほらな?」

「マジか」

「十歳くらいまでの女の子には大層モテますよね」

「ワロス」

「ちっげーよ! 俺の良さは純粋な子供にしかわっかんねーんだよ!」


 ガーッ、とソーンが吠えるが確かにこいつ、子供達に纏わりつかれてるイメージはあるけど年頃の女性と一緒にいる姿を見たことがないな。俺にモフモフ獣人男の男前さとかそういうのはわからんが、こいつは実力もあるし俺の私兵部隊長を勤めているのでそれなりに高給取りだ。人気が出そうなもんなんだが。


「ソーン私兵部隊長は硬派を装った草食系ウブ男子ですからね。子供ならともかく、ある程度以上の年齢の女の子が相手になるともうガッチガチになっちゃうんですよ」

「ぶほっwwwwwww純情wwwww」

「うるせぇ! 笑うな! てめぇも適当なこと言うんじゃねぇ!」

「あー、良いんですかソーン隊長そんなこと僕に言って。大将聞いてくださいよ、僕の妹、メリーヌって名前なんですけど」

「ワオォーーーーン!? ワオォーーーーン!! ウオォーーーーン!!!」

「やめて、許して、笑い過ぎて腹痛い」


 そこで遠吠えで誤魔化すのはズルいだろう。兎獣人君も腹抱えてケラケラ笑ってるし。


「ん?」

「うぉっ?」

「お?」


 俺とソーンと兎獣人君が反応したのはほぼ同時だった。俺が反応したのは向こうの森の方でなんかデカい魔力反応をビンビン感じたからなんだが、二人は耳をピンと立てて鼻をピスピス言わせてるな。

 見ている方向は全員同じだ。西門の先、真っ直ぐ西に伸びる街道の少し北側だ。そちらから強烈な魔力を感じる。見れば上空に黒く立ち込めるような雲が集まっているようだ。


「なんかヤバそうだな。見に行ってくるわ」

「おう、俺達も後を追う」

「念のため一番良い装備で来い。なんか嫌な感じだ」


 そう言い捨てて城壁の上から風魔法で飛び立つ。黒雲から樹海に向かって何条もの雷が降り注いでいる。どう考えても自然の落雷では無さそうだし、十中八九魔法か何かだと思うんだが……雷魔法なんてあったっけ? スキルリストの中で見た覚えがないんだが。


 首を傾げながら現場に到着すると、そこには悲惨な光景が広がっていた。消し炭になった大樹海の植物達、同じく消し炭になった魔物らしきものの残骸、なんかやたらデカいのもいるな。で、倒れているクローバーの狩人達――というか魔物駆除班。彼らは消し炭になってないな。


『……来たか』


 そして、手に雷の槍を携えたアーネスト。いや、この気配は……!


「……ヴォールト?」

『いかにも。久方ぶりだな、愚かなる者よ』


 アーネストの姿で、声で、ヴォールトが言葉を放つ。一体全体こいつはどういうことだ? 何が起こってる? 周りのこの状況はなんだ? いや待てよ、アーネストはヴォールト神殿の勇者だったな。神聖魔法的なスキルがあるとすれば、自らの信奉している神をその身に降ろす魔法があってもおかしくない。


「アーネストはどうなっている」

『この肉体の持ち主は自らの魂を対価に我をその身に降ろした』

「……どうにかならんのか」

『どうにもならぬ。既に対価は払われた』

「クソが!」


 ヴォールトの無慈悲な言葉に思わず地面を蹴る。クソッ! なんて馬鹿なことを!


『思い上がるな、だから貴様は愚かだと言うのだ。神ですらない貴様が全てを救うなど土台無理なこと。貴様がそこで己の無力さを悔やんでいる今、この瞬間にも世界には数え切れぬほどの不幸で満ちている』

「うるせぇバァカ! んなこたぁ言われなくても知ってんだよ! 畜生め!」


 超然とした、人間味の薄い瞳でヴォールトが俺を見据えている。何もかもを見透かすかのような気に食わない目だ。


「アーネストは何を願った」

『この男は脅威からこの場にいる者を救うことを願った』


 たった三日、たった三日共に過ごした人達の為に命を投げ出すなんて。畜生、アーネスト、お前は馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。


「……クソッ、俺がいれば」

『この場にお前は居なかったのだから無理な話だ。この男が対価を払い、私を降ろさなければこの男を含めてこの場に居た者は全て死んだだろう。この男は犠牲を払うことで、つまり小を殺すことで大を生かすことを望み、それを実行したのだ』

「当て擦るような言い方だな。それで、お前は何か? 大氾濫による人口統制も、亜人差別も大を生かすための小さな犠牲だと、そう言いたいわけか? えぇ?」

『そうだ』


 ヴォールトは決然とそう言い切った。大のために小を殺すのだと。より多くの命を救うために命を奪うのだと。確かに、その考えは間違いじゃないんだろう。大を生かすために小を殺すなんてことは日常的に行われている行為だ。

 老いて身動きが取れなくなる前に村をそっと去る老人、飢えた親兄弟を救うために身売りする娘、我が子を守るために自らの身を盾にする母、家族を、戦友を守るために死地に飛び込む男――アーネストのような大馬鹿野郎。

 そんな大を生かすための小さな犠牲にこの世は彩られている。そんなことは知っている。だから、俺は自分の手が届く範囲でできることをやってきたんだ。この世の理不尽を、不幸を、少しでも減らしたいと思ったから、今の俺ならそれができると思ったからできる限りでやってきたんだ。


「駄目だ、お前の考えには賛同できない。どんなに小さな犠牲でも誰かに強いられるのは間違っている」

『全てを救うことなどできはしない。犠牲は必要なのだ。犠牲を厭い、全てを失うわけにはいかぬ』

「お前との話し合いはどこまでも平行線だな。定期的に大氾濫を起こして人類を家畜のように管理するだなんてのは、俺には認められない。亜人差別だって容認できんよ」

『……ならば貴様はどのような世界を望む? 一切の不幸が存在しない世の中など、夢物語だ』


 俺の理想とする世界か。この世界は俺の理想とする世界に限りなく近いと思うけどな。


「この世界、エリアルドは理想郷に近いと思ってる。お前みたいな過保護な神がもう少し寛容になれば尚良いな」

『馬鹿な。我々の管理がなくては人は人同士で争うようになる。その先にあるのは、地獄のような殺し合いと世の破滅のみだ』


 ヴォールトは論外だとでも言うように首を振り、俺の言葉を否定する。


「それだ、それだよ。そこがおかしい。人間同士の殺し合いが発生するのは、避けられないだろう。人間が三人いれば派閥が生まれるなんて言葉が俺の世界にもあったしな。普通の人間だって生きる上で利害が衝突すれば争いになるんだ。国同士の利害が衝突すれば戦争だって起こるだろう。だが、それがなんだって言うんだ? 当たり前のことじゃないか」

『何だと……? 貴様はどんなに小さな犠牲も間違っていると言ったその口で、そのような言葉を吐くのか?』


 んー、それはそうなんだが……それとこれとは話が別だと思うんだよな。意外とこいつ、視野が狭いのか?


「俺はどんなに小さい犠牲でも強いられるのは間違ってるって言ったんだ。なんて言えばいいのかね、自由意志でやり合う分には『お馬鹿だねー、お前ら』って感じで見守ればいいと思うんだよな。子供だって兄弟や友達と喧嘩して、その上で色々学んでこれ以上はやったらマズいってラインを覚えたりするもんじゃないか? それが成長ってものだろ。定期的に痛めつけて喧嘩する気力も余力も無いように管理する、ってのはなんか違うんじゃないかと俺は思うんだよな」

『その結果、世界が滅びるとしてもか?』

「それもおかしいと思うんだよな。別に人間同士が争い始めたからって即刻全てが滅び去るわけじゃないだろ。お前が恐れているのは古代文明の滅亡みたいな、ああいう状況だろ? そんな一足飛びに神々を使い潰して世を破滅させるってとこまで行くわけないじゃないか。それこそ、そうなりそうならその段階で介入すれば良いだろ?」

『その時にはもう間に合わぬかもしれん。それならば、元からそうならぬように事前に手を打つべきだ。我の考えは変わらん』

「お前ホント頭堅いな……お前は――」


 と、言葉を続けようとしたところでアーノルドに宿るヴォールトの気配が急速に薄れ始める。何だ……? 効果時間が切れるのか!?


『どうやらここまでのようだな。さらばだ、人間よ』


 アーネストの身体から天に向かって雷撃が迸り、ヴォールトの放つ圧倒的な気配が消え失せた。素早く駆け寄ってアーネストの身体が崩れ落ちるのを支える。力を失ったアーネストの顔は、何かを成し遂げたかのように安らかだった。


「馬鹿野郎め……」


 その安らかな顔の頬を撫でてやると、まだ温かい。その温かさも次第に失われて――いかない?

 呼吸もしていないし、脈もないがアーネストの身体は温かいままだ。一体どういうことだ? 仮死状態ということなのか? わからん……わからんが、どうしたらいいんだ。考えが纏まらない。


「タイシ」


 どうしたものかと悩んでいると、後ろから声をかけられた。完全武装のソーンと私兵部隊、警備隊の面々である。


「倒れている奴らを回収してやってくれ、生きてる」

「坊っちゃんは……?」

「死んだ、らしい。自分の魂を犠牲にヴォールトをその身に降ろしたんだそうだ。ヴォールトがそう言っていた」

「なんてこった……くそっ」


 アーネストの遺体を地面に横たえ、消し炭になっている魔物の死体を回収し、倒れていた魔物駆除班に回復魔法をかける。


「転移門を開く、アーネストは俺が運ぶ」

「ああ」


 俺ではアーネストがどういう状態なのかわからないので、マール達の知恵を借りようと思った。頭が回らないな……いつもはもう少し冷静で、もう少し頭が回ると思うんだが。周りの声もなんだか上手く聞き取れないし、見ている景色もなんだかはっきりしない。全てがフワフワとしていて現実味がない。


「タイシさん? タイシさん! しっかりしてください!」

「ああ、マール」


 気がついたら俺はアーネストの遺体を胸に抱いたまま屋敷のホールにうずくまっていた。そんな俺の顔をマールが覗き込んでいる。なんだか必死な表情だ。どうしたんだ?


「どうしたんだ? そんなに怖い顔をして」

「どうしたって……タイシさん、一体何が……エルミナさん、事情を知ってそうな人を探してきてください」

「わかったわ。ここは任せるわね」


 マールに指示を出されて、誰かが館から出ていく。


「この人はアーネストさんですね? どうしたんですか? 何があったんですか?」

「アーネストは死んだ。魔物から皆を守るために、自分の魂を犠牲にしてヴォールトを自分の身体に降ろしたんだ」

「自分の魂を犠牲に……コールゴッドですか。流石はヴォールト神殿の勇者ですね」

「何が流石なもんか、こいつは馬鹿だ。死んじまったら何もかも終わりなのに」


 アーネストの満足げな顔を見る。まるで何も思い残すことはないと言わんばかりの表情だ。


「タイシさん。タイシさんはとても大きな力を持っていますが、全ての人を救えるほど万能ではないんですよ。神ならぬ人の身なんですから」

「ああ、ヴォールトにもそう言われたよ。頭ではわかってる。でも納得出来ないんだ」

「いくら嘆いても死んだ人は帰ってきません。嘆くよりも先に、すべきことが、できることがあるはずです。それを探しましょう。私も、皆も協力しますから」

「……うん、わかった」

「そもそもウジウジ悩むのはタイシさんらしくありませんよ。ここは怒り狂って大樹海の魔物を一掃しに行くところです」

「……ははは、そうだな。ああ、本当にそうだ」


 マールの言うとおりだ。うじうじ悩むなんて俺らしくない。本当にその通りだ。


「アーネストのことは任せた。ミスクロニア王国に連絡して、良いように計らってくれ」

「はい、お任せください」

「ああ、任せた」


 アーネストの身体を横たえ、極光剣をストレージから取り出して踵を返す。屋敷の外に出たところでエルミナさん達と遭遇した。ソーンや魔物駆除班の面々も一緒にいる。


「どうしたの? 剣なんて持ち出して」

「ウジウジ悩むのは俺らしくないってマールに言われたんです。ちょっと無心に魔物を狩ってきます」

「そう……いってらっしゃい、気をつけてね」

「はい」


 返事をしてすぐに風魔法で空中へと飛び上がる。目標はない。取り敢えず、クローバー周辺から魔物を一掃する。ただ、無心に剣を振るう。そう決めた。

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