第108話〜車上で嫁を慰めました〜
キリの良いところで切ると短くなってしまった_(:3」∠)_
カレンディル王国との交渉に関しては基本的にネーラの意見を採用する形で進み、以前までと比べるとだいぶ穏便に進むこととなった。カレンディル国王や重臣達のネーラを見る目がまるで救いの女神でも見るかのような目だったのが実に印象的だったな。
その後は具体的な食糧支援の内容や地方貴族の処分方法、新しい屋敷の建設に関してなど様々な案件についての話し合いを済ませた。
「主殿、やはり甘過ぎたのではないか?」
荷物を抱えて待っていたステラを回収した帰りの馬車でクスハが少し不満げに問いかけてきた。クスハとしてはもっと強硬な態勢で交渉に臨んで欲しかったのかね。ふむ。
「カレンディル王国には今までだいぶ冷たく接してきたからな。ネーラが俺に嫁いで、ちゃんとカレンディル王国との関係改善に力添えをしているって実績は必要だろ。それに、相手は身内だぞ? 身内に辛く当たってもしかたないじゃないか」
そう言ってネーラに視線を向けると、彼女は笑みを浮かべた。
「ちゃんと配慮してくれる旦那様に恵まれて、私は幸せ者ですわ」
「それに、離反した地方貴族を叩く時には俺も出るという方向で決まったし、俺の名が傷つくようなことにはならんさ。思う存分暴れてやるとも」
クローバー攻めに参加した地方貴族の領地を制圧する段取りはある程度つけてきた。作戦の流れとしては単純なものだ。
カレンディル王国が編成した精鋭の制圧部隊を俺の転移門を使って地方貴族の領地へと送り込み、防衛戦力や主だった防衛設備を俺が粉砕してから一気に拠点を制圧する。
俺一人でできることなんて精々何もかもぶっ壊して更地にするくらいのことなので、ちゃんと領地を制圧するにはカレンディル王国の兵力が不可欠なのだ。
「むぅ……主殿がそう言うのであればこれ以上は言うまい」
「ははは、クスハが俺の名誉を気にしてくれるのは嬉しいよ。でもまぁ、俺は名誉よりもお前たちとゆっくり静かに暮らせればそれでいいんだ。邪魔をしてくる奴が多いけど」
ゲッペルス王国の王太子もヴォールト達も今回クローバーに攻めてきたアホどもも……まったく、放っといてくれりゃ大樹海に引き篭もってるのにわざわざちょっかいかけてきやがってからに。
やられっぱなしじゃいられないから外に出て暴れなきゃならなくなるしな。面倒な。
「タイシ、次はミスクロニア王国に行くの?」
「そうだなぁ……んー」
リファナの問いかけに空を見上げる。そろそろ昼だな。メシ食って少し休憩してからミスクロニア王国に行くのが良いか。本当はクスハとリファナに王都アルフェンを見せて回りたいが……人間以外の種族に対する偏見はミスクロニア王国のほうが少ないからなぁ。わざわざカレンディル王国で嫌な思いをさせることもない。
「屋敷でメシを食って一休みしてからミスクロニア王国に向かおう」
「それが良いでしょうね……ああ、ステラ。そういえば首尾はどうでしたの?」
「はい、ネーラ様。過不足無く」
同意したネーラが問いかけると、ステラが結構年季の入った革製の鞄を掲げてみせた。そんなに大きな鞄ではない。ランドセルくらいの大きさだろうか? ピシッとしたメイド服を着ているステラにはちょっと似つかわしくない見た目の鞄だ。
俺の視線を感じたのか、ステラが革製の鞄を撫でながら口を開く。
「この鞄はトレジャーバッグなんですよ。馬車一台分くらいの荷物が入るんです」
「へぇ、ということは魔法道具か。トレジャーバッグって確か買うと結構良い値段するんだよな?」
「そうですわね。そのトレジャーバッグ一つで屋敷が立つくらいはしますわよ」
「ふーん、んじゃ今後の金策としてトレジャーバッグ作って売るなんてのもいいかもしれんな」
以前マール用に作ってやったことがあるし、作り方は覚えている。素材としてそこそこ強い魔物の革とか胃袋が必要になるが、大樹海なら素材には困らない。
「……作れるんですの?」
「ん? 作れるよ。前にマールに一個作ってプレゼントしてるし」
「……頭が痛くなってきましたわ」
ネーラがこめかみを抑えて揉み解す。ステラもなんか苦笑いしてるな。クスハとリファナはキョトンとした顔してるけど。
「どうした?」
「どうした? じゃありませんわよ。トレジャーバッグを自作できるなんて話、聞いたことがありませんわ。作り方が失われて久しく、遺跡などで極稀に見つかる貴重品ですわよ?」
「そうなのかー。まぁ普通の人には便利な品だよな」
大森林で体験した塩交易の旅を思い出しながら頷く。確かにあの時にトレジャーボックスが使えなかったら重い荷物を背負って運ぶところだったわけだ。移動速度が落ち、人数が増えればそれだけ消費する食料も多くなる。多くの荷物を小さく、軽くして持って歩けるトレジャーバッグは多くの人にとって垂涎の品なんだろう。
「ふむ……考えてみれば商売にも使えるし、時間がある時にいくつか作っておくか。街道警備隊や狩人達にも有用だろうし」
「……そうですわね」
何だその微妙な間は。というか何故そんな自己嫌悪でもするかのように眉間の皺を揉み解してるんだ、君は。今日何回目だよ、その仕草。
「どうした?」
「ちょっと自己嫌悪に陥っているだけですわ……うぅ」
「自己嫌悪?」
突然の物言いに首を傾げる。クスハとリファナも何故そんな発言が飛び出すのか理解ができないらしく、怪訝な表情をしている。
「あなたはマーリエルが……いえ、恐らく私でも。きっと、どうしてもと頼めばよほど倫理を逸脱しない限りは叶えてくださいますわよね?」
「えぇ? まぁ……お願いされてみないとわからんけど」
概ね肯定である。俺ができる範囲のことで、皆に危険が及ばないような願いであれば頑張るんじゃないかな。
「そうですわよね。はぁ……マーリエルには脱帽するしかありませんわ」
今度は完全に溜息を吐いたな。あ、両手で顔を覆った。どうしたんだ一体。
「のう、こやつは何を落ち込んでおるのじゃ?」
「わからん。マールがどうこう言ってるけど理解不能だ」
「うーん……? もしかして、タイシの力を利用することを考えちゃった?」
リファナの言葉にネーラが小さく頷き、クスハが納得したような顔で苦笑いした。
「どういうことだってばよ」
「つまりじゃな、主殿。主殿の力が強すぎるという話じゃ。主殿を上手く使えばこの世の全てを手に入れることも容易いであろ?」
「それはちょっと過大評価し過ぎと違うか?」
流石に俺一人にそこまでの力は無いだろう……無いよな?
「逆に主殿が自身を過小評価し過ぎだと思うがの。やろうと思えば国一つ滅ぼすのに一週間もかからんじゃろ?」
「そんなに容易いことではないと思うが……」
ちょっと考えてみるとしよう。
もし、国一つを滅ぼすとすれば一番最初にやるべきはトップを徹底的に潰すことだろう。これは俺が王城にでも殴り込んで念入りに更地にすればいい。地下通路を警戒するなら更地にした上に地魔法で念入りに耕せばいいな。
次に主要な都市のトップを同じように潰して回る。同時に主街道や穀倉地帯にも破壊工作を行えればベストだな。意思決定機関であるトップが軒並み潰れれば、後は放っておいても国というものは滅びる。行政サービスが滞り、治安が見る間に悪化し、あちこちに無法地帯ができあがって地域が分断され、国という体裁が保てなくなるだろう。
更に街道や穀倉地帯が壊滅すれば経済活動も大幅に縮小せざるを得なくなるし、食糧不足は治安の悪化や分断された地域間の対立を加速させる。食料を求めて人と人とが相争う地獄がこの世に現れるだろうな。
それに、この世界には魔物という脅威もある。本来、この世界の軍事力というものは同じ人間に向けるものではなく、魔物に向けるものためのものなのだ。各都市間の移動が比較的安全に行えるのは、軍が街道付近に跋扈する魔物達を定期的に間引いているからだからな。その軍が機能しなくなれば、食料生産を担う多くの村落が滅びることになるだろう。
当然、各国は俺が暴れまわるのを是としてそのまま傍観するわけもない。俺を討滅するために切り札――勇者を投入するだろうな。単独で万単位の魔物を皆殺しにできる俺に大軍を差し向けるのは愚策以外の何物でもないわけだし。
だが、各国の勇者が俺を捕捉するのは不可能に近い。俺は空間魔法で瞬時に遠隔地に移動できるし、なんなら超音速の飛行魔法なんてものもある。俺をおびき出した上で空間魔法や飛行魔法での逃走を封じ、その上でガチンコで倒すというのは神々でもないと無理なんじゃないかな?
クローバーに攻め込むという手も勿論あるだろうけど、事前に住人を他の場所に移してから暴れ始めればその弱点すらなくなる。
ふむ、避難所か。今度何処かに場所を見繕ってこっそり作っておこうかな?
「何かろくでもないことを思いついた顔をしておるな」
「ソンナコトナイヨー……まぁその、確かにやろうと思えば国の一つや二つは簡単に滅ぼせそうだという結論には達したな。事前に準備は要るけど」
「そうじゃろう? そんな主殿の寵愛を受けているとな、勘違いしてしまいそうになるのじゃよ。まるで自分が強大な力を持ったように感じてしまう。カリュネーラはそんな風になりかけた自分に気付いたわけじゃな」
「……なるほど?」
わかったようなわからんような。虎の威を借る狐になりかけて。それで自己嫌悪してるってことか。それとマールに何の関係が?
「主殿、マールのお嬢は傑物じゃぞ? そんな主殿とずっと一緒に過ごし、一番の寵愛を受けてなお全くブレずに驕ること無く主殿を支え続けているのじゃからな」
「そんな大げさな……いや、大げさでもないのか……?」
俺自身、政治的な話は基本的に苦手なのでマールに丸投げしていた部分がある。よく考えてみればマールの誘導次第ではカレンディル王国やゲッペルス王国を滅ぼしていたのかもしれない。
「というかだな、別にネーラが落ち込む必要なんてないんじゃないか? 自分で気づいてそんな風に思うなら何の心配もないだろ」
「いえ、でも私は……」
「あのね、俺だって何も考えてないお馬鹿さんじゃないんだぞ。俺には俺の考えがちゃんとある。何か思う所があればちゃんと言うさ。そもそもお前ら、さっきの話じゃまるで俺が簡単に掌の上でコロコロされるお馬鹿さんみたいじゃないか」
ジロリと三人を睨む。そうすると彼女達はキョトンとした表情をした後、互いに顔を見合わせて笑みを浮かべた。
「そうじゃな。主殿に対して失礼な物言いであった」
「そうね、タイシの言う通りだわ」
「そうだろうそうだろう」
どちらかと言えばお馬鹿さんなのは自覚しているし、実際のところマールとかティナとかクスハとかネーラ、あとはカレンとかエルミナさんあたりが俺を騙そうとしたらコロリと騙される自信があるけどな! 冷静に考えると嫁の半数にコロリと騙されるのか、俺。
ま、まぁ全員が一丸となって騙そうとするなら黙って騙されよう。そもそも皆が俺を騙すなんてことはないと思ってるけど。
「だから余計な心配しないで何か言いたいこととか頼みたいことがあるなら言ってくれ。無理なもんは無理って言うし、できることならやるから。だからあんまりしょんぼりした顔すんなよ」
「はい、あなた」
「おう」
顔を上げて微笑むネーラの笑顔はまるで宝石のように眩しくて……うん、カレンディル王国の宝石なんて大層な二つ名も伊達じゃないな、と納得する俺であった。
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