73 剣聖の告白
「ぐっ……! まあ、それはそうだろう。俺達はまだ知り合って間もない。断られるのは覚悟の上だ」
「なら、何故に告白してきた?」
「まずは気持ちを伝える事が大事だと思ってな。愛しているというのは、言わなければ伝わらないだろう」
『キャーーー!』
何故かクラスメイト達から歓声が上がった。
特に女子。
「カッコいい!」だの「男らしい!」だのと歓声を上げている。
まるで野次馬のようだ。
逆に、そうじゃない生徒(特に男子)は「こいつ、もしやロリコン……!?」という感じで、警戒の視線を剣聖に向けていた。
ちなみに、私が剣聖に向ける視線は、後者の連中とほぼ同じである。
「さて、断られたからには引き下がろう。今日のところは」
「完全に脈なしだから、二度と来なくていいぞ」
「そうはいかない。俺のこの想いは本気だ。君が誰かと結ばれて幸せになるその瞬間まで、諦めずにアタックを続けさせてもらおう」
『キャーーー!』
またも女子から歓声が上がった。
その、あまりにストレートな愛の言葉に外野ですら照れたのか、野次馬女子達は思いっきり顔を赤らめている。
隣を見れば、アリスですら顔が赤い。
そして、シオンは相変わらず狂人を見る目をしている。
しかし、意外な事に、今度はそのシオンが口を挟んできた。
「あー、その、ちょっといいですか先輩?」
「なんだい、シオンくん?」
シオンが珍しく敬語で剣聖に話しかける。
一応は先輩にして教国の要人という事で、スカーレットと同じように敬語で接する事にしたらしい。
「ぶっちゃけ、こいつのどこを好きになったんですか?」
「ああ、その事か。そうだな……最初のきっかけは大会予選の夜、不甲斐ないと自分を責めていた俺を、リンネくんが慰めてくれた事だった」
「……お前、そんな事してたのか」
「いや、ウジウジしてたから、尻を蹴っ飛ばしてやっただけなんだが」
シオンが呆れたような目で私を見てきた。
なんだ、その目は!
別にいいだろう、それくらい!
酔った勢いというやつだ!
「その時の慰めの言葉は話半分くらいに聞いていたのだがな。しかし、決勝の舞台で再び同じ事を言われて諭された。
剣聖の重圧に負けるなと、肩の力を抜けと、言葉だけではなく、行動で俺を諭してくれた。認識を変えてくれた。それでスッと心が軽くなったんだ。
どれだけ感謝してもし足りない」
「あ、それはわかります。凄くわかります」
おい!?
今度はアリスが心から同意すると言わんばかりに深々と頷いているぞ!
そして、剣聖と硬い握手を交わしおった!
なんだ!? 準決勝で戦って友情が芽生えたのか!?
お前はどっちの味方だ、アリス!?
おじいちゃんが、こんな若造に盗られちゃってもいいのか!?
「そして、その感謝の気持ちが恋心に変換された感じだ。あの衝撃的な抱擁が頭から離れなかったというのもある。
それに、俺は元々、隣に立って支えてくれるような女性がタイプだったからな」
「な、なるほど。それなら、確かにリンネちゃんはどストライクかもしれませんね」
「アリス!?」
追い討ちはやめてくれ!
「……だそうだが、どうする、リンネ?」
「どうするもこうするもない! 断ると言っているだろうが! そもそも!」
そこで一度言葉を切り、私は力の限り大声で宣言した。
「私は男に興味はない!」
教室が静寂に包まれた。
剣聖も唖然としている。
そこへ叩き込むように、私はトドメの一撃を撃ち込んだ。
「それに、私には好きな奴がいる! 嫁候補なら他を当たれ!」
「あの、リンネちゃん!? どうしてそこで私に抱き着くんですか!? これだと、あらぬ誤解が……!」
くくく、もう手遅れだ!
何故なら!
「百合!?」
「美少女と美幼女……尊い……」
「リン×アリだと……!?」
「しょっちゅう抱き着いてるから、まさかとは思ったが……!?」
「三角関係とか燃える! むしろ、萌える!」
等という声が教室中から聞こえてくるからな!
それに、私は嘘は一言も言っていないぞ。
確かに、私には好きな奴がいるし、アリスの事だって親愛的な意味では大好きだ。
目に入れても痛くない!
私はなんと誠実な女なのだろうか!
一方、そんな私の宣言を聞いた剣聖は、思いの外ダメージを受けていた。
「ぐはっ!? まさかのライバル登場だな……! だが、相手に取って不足なし! 負けるつもりはない!」
「え、えぇ……」
訂正。
ダメージを受けた直後に復活し、逆に燃え上がっていた。
あれか?
恋は障害が多い程燃えるというやつか?
迷惑この上ない!
他所でやれ!
私は剣聖を睨み付け、全力で威嚇した。
「……なんだ、このカオスは?」
シオンがポツリと呟く。
恋に燃える剣聖。
それを威嚇する私。
困惑するアリス。
色めき立つクラスメイト。
教室はまさに混沌の坩堝と化していた。
そして、次の瞬間、休み時間の終了を告げる鐘が鳴り、何一つとして問題が解決しないまま解散となった。
◆◆◆
「なるほど。それで、こんな事になっているのですわね」
そして、昼休み。
いつもの如く食堂で再会し、軽い説明を受けたスカーレットが、疲れたようにそう言った。
そんな私達を囲むのは、食堂中からの好奇の視線。
王女とその護衛、剣神の娘、A級冒険者、そしてS級冒険者という豪華な面子のせいで、こういう視線を浴びるのは、普段から割と慣れっこではある。
が、今回はそれに輪をかけて酷い。
しかも、視線の種類がいつもと違って、何やら熱いのだ。
今朝のクラスメイト達と同種の視線。
どうやら、もう既に今朝のスキャンダルが学校中に広まったようだな。
鬱陶しい事この上ない。
「リンネくん、隣に座ってもいいだろうか?」
「失せろ」
その元凶こと、剣聖が図々しくも宣った。
のでバッサリと切れば、肩を落として他の席に行こうとする。
諦めがいいのやら悪いのやら。
「あの、剣聖さん。私の隣で良ければどうぞ」
「おい、アリス!?」
「む、そうか。感謝するアリスくん」
剣聖はアリスに深々と一礼してから、アリスの隣に座った。
ちなみに、アリスは当然の如く私の隣なので、奴は私の隣の隣に座った事になる。
なんという事を!
私はアリスに密着しながら、小声で問いかけた。
「(アリス、どういうつもりだ!)」
「(いえ、その、仲間外れは可哀想かなって思いまして……)」
くっ!?
アリスが優しくて尊い!
だが、その優しさと尊さは別の機会で発揮してほしかったと、おじいちゃん思う!
「(そもそも! アリスは私があんな奴に盗られちゃってもいいのか!?)」
「(えっと、リンネちゃんを幸せにしてくれる方なら良いかなって思ってます。剣聖さんは良い人そうですし)」
「(誰目線!?)」
アリスよ!
お前は私の保護者か!?
むしろ、私がお前の保護者なんだが!?
「(というか、あれと結婚しても私は幸せにはならんぞ! 私は今でもシャロ一筋だ! ましてや、男と寝るなんて考えたくもない!)」
「(あ、そうですよね……でも、それならどうしましょう? あの嬉しそうな剣聖さんの顔見ると、今から他の席に移ってくださいなんて言えないんですけど……)」
「(知るか!)」
アリス、こういうのは変な期待持たせるのが一番ダメなんだぞ!
脈がないなら、バッサリと切って、キッパリと振る!
そうじゃないと変に拗れるからな!
そんな感じの話を誰かから聞いた事がある!
「という訳で、お前は出て行け!」
「ぐっ……! そうか……すまない……嫌がらせるつもりはなかったんだ」
傷ついた感じで、剣聖は席を立とうとする。
ふう、これでやっと嵐が去って……
「まあまあ、リンネさん、落ち着いてくださいませ。ランスロットさん、あなたはここに居て構いませんわ。わたくしが許可します」
「スカーレット!?」
貴様もか!?
何の真似だ!
そう思って憤慨していると、スカーレットがチョイチョイと私に向かって手招きしてきた。
なので、渋々アリスの隣を離れて、反対側の席に座るスカーレットの横へと移動した。
そして、またも小声で内緒話を始める。
「(で、どういうつもりだ?)」
「(簡単な事ですわ。剣聖であるランスロットさんをあまりに邪険に扱えば、下手をすると教国との国際問題になりかねませんので。
リンネさんも、恋仲になれとまでは言いませんが、フォルテの如く嫌って遠ざけようとするのはやめていただけると助かりますわ)」
「(うぐっ!?)」
それを言われると弱い。
剣聖の母国である聖アルカディア教国は、このグラディウス王国の貴重な同盟国。
また侵略戦争みたいな事が起こった時の為の、頼れる味方だ。
こんな馬鹿馬鹿しい理由で教国と喧嘩したいなんて、さすがの私でも思わない。
くっ……!
致し方ないか。
私は大人だ。
普段はともかく、こういう時は大人な対応をしなければ。
「(はぁ……仕方ない)」
「(では、よろしいですわね?)」
「(ああ)」
「良かったですわね、ランスロットさん。リンネさんの許可が取れましたわよ」
「感謝します、スカーレット王女……! そして、ありがとう、リンネさん」
「……ああ。だが、相変わらず脈はないからな? それだけは忘れるなよ」
「わかっている。君に脈を持たせられるかどうかは、これからの俺の努力次第という事だな。
必ずや、俺は君に釣り合う男になってみせる」
「……はぁ」
私はため息を吐きながら、もうそれでいいやとばかりに、諦めて反論しなかった。
こういう時、シャロが生きてれば「エドはボクのだからね!」とか何とか言って牽制してくれたんだがなぁ。
未亡人とは、ままならんものだ。
今だけでいいから、生き返って何とかしてくれないだろうか?
『いや、無理だから! 自分で何とかしてよね! 信じてるからね!』
おっと、墓の前でもないのに、変な電波を受信したぞ。
そうだな。
男に迫られるなんて苦行でしかないが、私は何とか頑張ってみるわ。
草葉の陰から応援してくれ、愛する妻よ。
そんな事を考えながら、私はアリスの隣へと戻った。
その直後。
「まあ、なんというか……頑張れよ」
「……ああ」
シオンにまで同情されて慰められてしまった。
なんという悲劇。
「では、改めて。俺は聖アルカディア教国の騎士『剣聖』ランスロットだ。気軽にランスロットと呼んでほしい。
これから、よろしく頼む」
私達を見回しながら、剣聖ことランスロットは、そう言って控えめに笑った。
こうして、私の愉快な学友が一人増えたのだった。




