70 昼休憩
「アリズーーー! よぐやっだーーー! よぐ頑張っだなーーー! 良い勝負だったぞ!」
試合が終了した瞬間、他の連中を置き去りに神速のダッシュで観客席を飛び出した私は、アリスのいるであろう医務室に突撃を掛けた。
そして今、私は涙声で叫びながら、疲労困憊でベッドに寝ているアリスを全力で抱き締めている。
無論、アリスを絞め殺さないように気をつけてはいるが。
「あ、ありがとうございます。
でも、結局は負けちゃいましたし、剣聖さんに与えられたダメージも大した事ありませんでした。
それに、そのダメージを与えられたのも、試合という形式に付け込んだからでしかありません。
私なんて、まだまだですね」
アリスはそう言って力なく笑った。
ネガティブになるなぁ!
「そんな事はない! 誰が何と言おうとお前は立派だった! 胸を張れ!」
「ふふ、そうですね」
そう言って、アリスは朗らかに笑った。
……ん?
あれ?
これ、もしかして、そんなに落ち込んでない感じか?
なら、さっきの力ない笑いはなんだったんだ?
……ひょっとして、ただ疲労が顔に出ただけとか?
「あの剣聖さん相手にあそこまで戦えたんです。たしかに負けちゃったのは悔しいですし、決勝でリンネちゃんと戦えないのは残念ですけど、悔いはありませんよ」
「お、おう。そうか」
そう言うアリスの顔は、なんというか、とても清々しかった。
本人の言う通り、本当に落ち込んでいないし、ネガティブになってもいないのだろう。
少し前までなら、剣神の娘として情けないとか何とか言いそうなもんだが……なんか、思ったより孫のメンタルが成長してた。
喜ばしい事なんだが、ちょっとだけ複雑だ。
主に、その成長を感じ取ってやれなかったってところが。
「リンネちゃん。決勝戦、私の代わりに頑張ってくださいね!」
両手をグッとガッツポーズを取りながら、アリスが私を激励してくれた。
可愛い。
この可愛さの前では、私の些細な悩みなど吹き飛んでしまうわ!
ならば、私の言う事は決まっている。
「うむ! 任せておけ!」
私もまた片腕でガッツポーズを見せながら、自信満々に宣言する。
おじいちゃんがカッコいいところ見せてやろう!
期待しているがいい!
「そういえば、アリス。決勝戦は昼休憩の後だが、その頃には観客席に戻れそうか?」
「あ、はい。幸い怪我は殆どしてませんし、体力と魔力の回復薬もいただけたので、少し休めば普通に動けるようになると思います」
「そうか」
良かった。
体調的な意味でも、私の活躍を見せる事ができるという意味でも。
まあ、それはともかく。
「なら、屋台で何か食い物でも買ってきてやろう。リクエストはあるか?」
「そうですねー……じゃあ、おまかせします。リンネちゃんのおすすめをお願いしますね」
「よし! 任せろ!」
という事で、アリスの昼食を買いに行く事に決定した。
善は急げという事で早速医務室を飛び出せば、そこにはアリスの見舞いに来たらしいシオン達の姿が。
ちょうど良いので、首根っこ掴んで買い出しに強制連行した。
ちなみに、外へ出る廊下の途中でアレクとユーリの二人とすれ違った。
どうやら、私と同じでアリスの見舞い、兼、お疲れ様を言いに行くらしい。
シオン達の首根っこ掴んでダッシュしながら「よう!」と言っておいた。
向こうも、私が騒がしいのはいつもの事とでも思ったのか、何も言わずに軽く手を上げただけでスルー。
アレクは苦笑し、ユーリは呆れていたがな。
「……おい、嬢ちゃん。今の三剣士の二人じゃねぇか?」
「そうだぞ」
「三剣士ィ!?」
何故か硬直したドレイクの問いに軽く答えれば、ベルが驚愕の声を上げた。
振り向いてみれば、キラキラした目でアレク達の後ろ姿を見るベルの姿が。
英雄好きは相変わらずのようだな。
「ほぇ~、あれが王国最強の英雄様達っすか。意外と普通の人っすね」
「ど、どうしよう!? サインとか貰いに行った方がいいのかな!?」
「落ち着け、ラビ。ベルの馬鹿に毒されるな」
「誰が馬鹿だ! シオンこらぁ!」
「マジで嬢ちゃん何者だよ……プロミネンス家と交流あるからまさかと思ってたが……」
「ええい! 喧しいぞお前ら! そんな事より買い出しが最優先だ! 行くぞ!」
止まってた連中の首根っこを再度引っ掴み、連行を再開。
ベルがごねて暴れて喚いたが、殴って沈静化。
サインが欲しいなら後で会わせてやるから、今は親子水入らずの時間を邪魔しようとするんじゃない、この無粋者が。
そんなこんなでコロシアムの外へ。
途端に煩く聞こえてくる喧騒。
皆考える事は同じなのか、昼休憩の内に飯を買っておこうと、屋台に人が殺到していた。
単純に今が昼時というのもあるんだろうが。
それを尻目に、私は引き摺ってきた連中の方を振り返り、元気よく宣言した。
「よし、作戦会議だ! アリスをできうる限り満足させる昼飯を買いに行くぞ!」
「お、おー……」
「……無駄に元気だな、お前は」
「まあ、嬢ちゃんらしいっちゃらしいが」
ラビ、シオン、ドレイクの三人は、やる気こそあまり感じられないが、返事を返してきただけマシだろう。
だが、ベルとオスカー、こいつらはダメだ。
アリスより自分の飯を買いに行きたいとばかりに、視線が屋台へと釘付けになっている。
普段なら勝手にしろとばかりに放置するところだが、今だけはそうもいかない。
昨日、屋台を制覇する勢いで食いまくってたこいつらの味覚情報は役に立ちそうだからな。
という訳で、首を掴んで強制的にこっちを向かせた。
「「痛っ!?」」
「では、作戦会議を開始する。議題はアリスに買っていく昼飯についてだ。
まず、こってりしたのは却下だな。アリスは疲れてるんだから、胃にもたれるようなものはやめといた方がいい。
そして、アリスは少食だ。そんなに多くを買っていくのもダメだろう。
加えて、あいつは甘いものが好きだ。デザート代わりに買っていけば喜ぶかもしれない。
となれば、料理の方はデザートを付けても食べきれる軽めのものがいいだろう。
よって、必要なブツはあっさり系で軽めの料理が一つとデザートが一つという構成がベストだと考える。
異論はあるか?」
「り、リンネが頭を使ってるだと!?」
「明日は槍が降るっす!」
「やかましい! 今は建設的な意見を言え!」
馬鹿二人組を一喝!
真面目にやれい!
「う、うん。良いと思うよ」
「俺も異論はない。普段もこれくらい考えて動けよとは思うがな」
「アリスの嬢ちゃんの事好き過ぎだろ……あれか? そっち系ってやつか?」
真面目組の方からも反論は出なかった。
よし。とりあえず大雑把に何を買うべきかは決まったな。
だが、ドレイク、貴様の発言だけは訂正しろ。
私は女に興味はないし、ましてや孫に手を出すような狂人でもない!
私はシャロ一筋だ!
……む?
そういえば、シャロは女で、私も今は女だな。
という事は、私はそっち系という事になってしまうのだろうか?
まあ、どうでもいいか。
性別程度で揺らぐ私の愛ではない。
そんな事より、今はアリスの昼飯の方が大事だ。
「とにかく! これより買い出しを開始する! アリスはお腹を空かせているかもしれないんだ! できるだけ迅速に行くぞ!」
という感じで始まった買い出し、もとい屋台巡り。
あっちへふらふら、こっちへふらふらする馬鹿二人組を引き摺りながら探索を続ける事しばらく。
私達はある問題に直面した。
「あっさり系の料理って、意外と少ないな!」
たこ焼きだの、イカ焼きだの、焼きそばだの!
どこの屋台も、味覚へのインパクトを最優先してるのか、あっさり系が中々見つからん!
「ベル! オスカー! お前らが食った中にあっさり系はなかったのか!?」
「食ったもんなんて、一々覚えてねぇよ」
「同じくっす」
「役に立たねぇ!」
今回ばかりは期待していたというのに、その期待を見事に裏切りおって! この馬鹿二人組!
だが、馬鹿が使えずとも、まだ真面目組が残っている!
私はグリンッと首を回転させ、真面目組の方に振り向いた。
「え、えっと……私も王都に来たの初めてだから、屋台の場所とかわからないんだ……その、ごめんね……」
「俺も、この祭りに来たのは子供の頃以来だからな。屋台の場所も種類も覚えていない」
「悪ぃが、俺もだ。王都に来たのは十年ぶりくれぇだからなぁ。細かい事は覚えてないぜ」
「なんという!」
真面目組まで使えないとは!?
かくいう私も、王都の祭りに来たのは13年ぶりだ。
ちょっと屋台巡ってわかったが、13年前とは店主達の顔ぶれも屋台の位置も変わってて、記憶が役に立たん。
そもそも、昔だって、そんな記憶に残るような食べ歩きをしてた訳じゃない。
誠に遺憾だが、私も馬鹿二人組と同じく、食ったもんを一々覚えてないのだ。
まずい。
私を含めて、この場の全員が役立たずと化した。
誰か!
誰か、この状況を覆してくれる救世主はいないか!?
スカーレットとかオリビアとかが、都合良くこの辺りを彷徨いてたりしてないか!?
「む!?」
と、そこで私は、人混みの中に知ってる顔を見つけた。
役に立つかは不明だが、役に立つ可能性はある。
ならば、声を掛けない理由がない!
私は人混みの間をするりと駆け抜け、その人物の肩に勢いよく手を置いた。
「そこの剣聖、ちょっと待った!」
「うわっ!? き、君は昨日の……!」
私が声を掛けた相手は、結構背の高い藍髪の青年。
この昼休憩の後、すぐに戦う予定となっている、剣聖その人である。
ライバルではあるが、別に敵ではない奴だ。
ならば、馴れ合っても問題ないだろう。
「うげっ!? お前は!?」
私がそんな思考を巡らせた瞬間、後ろからなんとも嫌そうな声が聞こえてきた。
振り向いてみれば、露骨に顔をしかめるベルの姿が。
まあ、こいつは剣聖にボッコボコにされたからな。
こんな反応になるのも、むべなるかな。
そして、そんなベルの後ろから他の連中が現れ、突然駆け出した私と合流を果たす。
全員が、なんか驚いたような顔してた。
まあ、たしかに剣聖が屋台巡りしてるとか、ちょっとイメージと違うしな。
驚くのもわかる。
「えっと……とりあえず、そっちの人達ははじめまして。俺はランスロット。知っての通り、当代『剣聖』を拝命しています。以後よしなに」
「そんな事はどうでもいい! なんで、お前がこんな所にいるんだよ!」
いきなりベルが吠えた。
ので、その頭を即座に引っぱたく。
「痛ぇ!? 何しやがるリンネ!」
「やかましい! 貴重な情報提供者に噛みつくな!」
「そうっすよ、ベル~。いくらボコボコにされたからって、逆恨みしたらダメっすよ~」
「うぐぐ……!」
これにて、ベル沈黙。
真っ赤な顔で更に煽ったオスカーを睨み付けている。
ベルはオスカーと絡ませておけば安心だな。
だが、剣聖は律儀にも、ベルに対して説明を始めた。
「ベルくん、俺がここにいるのは見聞を深める為だ。俺は「経験を積んでこい」と言われ、一人で留学させられた。
故に、この国における様々な事を経験しようと……」
「いや、そういう話はどうでもいい」
私がバッサリ切り捨てると、剣聖は口元をひくつかせながら苦笑した。
気にせず質問を開始する。
「それより、どこかあっさり系の料理売ってる屋台知らないか?」
「それなら、向こうの角で冷やし中華が売っていたが……」
「冷やし中華か! うむ、確かにあっさり系だな! 情報提供感謝する!」
それだけ言い捨て、私は宙を舞う飛脚で冷やし中華の屋台へと直行する。
その後は、さっき目を付けておいたクレープを買って、アリスの下へ帰還だ!
待っていろ、アリス!
「……嵐のようだな」
『わかる』
なんぞ、背後でそんな会話が聞こえた気がしたが、無視しておいた。
尚、買っていった昼飯はアリスに好評であった。
特にクレープが。
そして、そういえばシャロもクレープ好きだったなーと思い、血こそ繋がっていないが、祖母と孫の繋がりを感じた気がしてほっこりした。




